第4話 熱砂の熱戦

1 赤の三銃士


「また惑星ナヴァロンに来ることになるとはね」

 ルジェは操縦桿を握りながら、誰にともなくつぶやいた。

 画面の中のヘルプウィザードのナイフは、聞こえていてわざと無視している。彼女は長い黒髪をすっとかき上げ、紫色の瞳で冷たい一瞥を返しただけでひと言も発さない。


「ほんとだよねー」

 きんきん響くうるさい声で、三番機のカシスが答えてくる。

「このだだっ広い砂漠にはもううんざりだよ」


「カシス、あんたのところのチームには初心者が混じってるけど、だいじょうぶかい?」

 唐突に心配になって確認してみた。

「え? 別にあたしが面倒みる必要はないんでしょ? 勝手にやってもらうわよ。戦場に到着したら、たよりになるのは所詮自分の腕のみよーん」


 この特殊ミッションがスタートして、ルジェたち「赤の三銃士」はすぐに「銀色のトカゲ」を捕らえるべく出撃する予定だったが、カシスがぐずぐずしていたせいで発進が遅れ、結局この時間だ。だが結果的に悪くはなかったかもしれない。十四番艦の掲示板で戦場に関する詳細な情報を仕入れることができた。


 最初簡単なミッションかと思われたが、どうやら「銀色のトカゲ」が潜んでいる要塞セスカは、これまでの惑星ナヴァロンの他の要塞とはひと味ちがうようで、峻険な山地に建造されて守るに堅く攻めるに難い上、幾重にも張り巡らされた重火器による弾幕の防壁、それらを越えて攻め込んだとしても、その奥に立ち塞がる強力なウォール・シールド、そして防衛線最奥部には、さらに正体不明の強力な謎の兵器による洗礼が待っているという。


 昨晩から400機ちかいカーニヴァル・エンジンがいちどきに攻め込んでも、たったの1機すら、要塞外壁まで到達できていないという。そしてもうひとつ……。


 らしい。


 噂にだけは何度もきいたことがある。

 回覧板サーキュラの動画で、何回も何回もその機動を見た。しかし一度も出会ったことはない。まるで千年も恋焦がれた恋人のようだ。


 惑星カトゥーンでは南半球にいたため出会わなかった。苺野芙海がゲリラライブを行った夜は、交戦履歴を見るとすぐ近くにいたらしい。映像盤のデータを巻き戻して再生したら、バックモニターに奴の姿が映っていた。

 しかしあの時ルジェは、やつが大きな荷物を抱えてよたよた飛行しているとは予想だにしなかったし、サーバに過負荷がかかっていて戦術リンクが混乱していたために見落としてしまったのだ。さらに敵味方識別にもエラーが出ていた。見落としたのは仕方ないかもしれない。

 が、それでも猛烈に悔しかった。


 バーサーカー。捏造機体ベルゼバブに乗っているという、悪質なハッカーにしてプレイヤーキラー。改造コードで違法なデータ改竄を行うことにより可能にした高速機動をもって、多数のプレイヤーを屠ったという犯罪者。


 本当だろうか? ハッカーならばなぜ「銀色のトカゲ」を守って要塞ナヴァロンに姿を現す? プレイヤーキラーではなく、実はオフィシャル側が用意した、敵に味方する裏切り者キャラなのではないかという噂すら立ち始めている。


 ──どうでもいい。


 ハッカーだろうが、作られた犯罪者だろうが、ルジェには関係なかった。

 動画で見た奴の機動。あれは、確信できないが、ルジェの推測では、バグでもデータ改竄でもない。


 機体の向きと噴射の方向。かかるモーメントと重心位置。バグやデータ改竄なら、そこには明らかな不自然さが残るはずだ。しかし、ルジェは何度バーサーカーの機動を見ても、そこに不自然さを感じることができなかった。

 逆に、鳥肌が立つような凄絶さ、それだけが感じられた。ルジェには、あれがどうしても、インチキな機動であるとは思えない。

 いやいっそ、逆ではないのか?


 もしかしてあのバーサーカーの旋回機動こそが、以前カシオペイアが言っていた、「おそらく可能だと思うがまだ自分はモノにしていない」というコメットターンなのではあるまいか?


 いまルジェは、バーサーカーはもとより、無性にカシオペイアに会いたかった。あいつは今、あのとき語っていたコメットターンをマスターしたのか? そしてバーサーカーが使ったあの旋回方法が、そのコメットターンなのか?


 悶もんとした思いがルジェの心を満たす。どうも気分がすっきりしない。通信マイクをはね上げ、ヘッドセットを外して髪をかきあげると、ふたたびヘッドセットをかぶって髪をおさえる。

 めんどくさい。ルジェは実生活では髪を短くしている。手入れが大変だからだ。だがせめてゲームの中くらいは、長い髪を靡かせているのも悪くないと思い、お尻までつくような黒髪のデータを有料でプラグキャラに読み込ませた。自分自身の固くてごわごわした髪質ではなく、風にさらさら揺れるような、シャンプーのCMに出てくる女優の髪みたいな美髪をカスタマイズした。


 おかげで、Gがかかればモズクのように流れて邪魔だし、歩けば後ろにながれて頭を引っぱるし、はっと横を振り向くだけで顔にかかるという、もの凄く邪魔なものをプラグキャラの頭部に装備する結果となった。


 だがまあ、全く無駄というわけでもない。いままでコンプレックスを感じていた自分の髪が、結構実用的であるということが分かった。男のように短い髪型も、利便性を考えれば決して悪くないことがこれで証明されたわけだ。


「そろそろ」とだけナイフが発した。

 そろそろ要塞だという意味だろう。ルジェはうなずいて、カシスとクレイムに声をかける。

「そろそろだよ。準備はいいかい?」

「もっちろーん!」カシスが元気よく敬礼する。

「ああ」とクレイムはうなずくが、目線はあわせない。


 ルジェはベルクター・シータの手に持たせた長銃アルトロンの装弾数を確認した。


 カシスとクレイムとは、脳波誘導のころの名作「F・S・U」のころからの付き合いだ。

 なんとなくつるんで遊びつづけ、共闘が可能なネットゲームを選んではいつも一緒に戦ってきた。

 当然『スター・カーニヴァル』もベータテストのころからやっている。

 ぎゃーぎゃーうるさいカシスと、いつも冷静なクレイム。喧嘩をしたこともあったけど、それでも仲良く戦ってきて、いつのころからか『赤の三銃士』としてこの空間で有名になっていた。今回も出撃にあたって援護してくれる仲間を募ったところ、あっという間に20人以上のプレイヤーがパーティーに参加してきてくれた。


 ありがたいことだとは思うし、うれしくもある。

 ただ誤解してもらって困ることは、『赤の三銃士』は特別に優秀なプレイヤーではないということ。パーティーに参加したとしても、確実に他のプレイヤーを勝利に導いてあげられるかというと、そうでもない。あたしたちはどちらかというと、自由気ままに戦うタイプのチームなのだ。


「正面から行くのか?」クレイムが一応といった感じで確認してくる。


 要塞の正面は開けた地形で、敵の対空砲火にもろにさらされる。攻略サイトでは要塞の後背にある地溝をつかって進撃するのがいいだろうという意見が多く書き込まれていた。


「正面からいく。だだっ広いところで、奴の機動を見てみたい」

「ベルゼバブか?」クレイムは興味なさそうにつぶやく。「もしかして、こいつらは」と顎で彼女たちの後方に付き従う即席のチームメイトたちを指す。「ベルゼバブの機動を拝見するための、エサか?」

「露骨な言い方だね」

 カシスがけらけら笑う。ルジェは三人の会話がチーム全体に流れていないか通信リンクを確認した。

「申し訳ないけど囮に使わせてもらうつもりよ」ルジェは忌憚なく腹のうちを明かした。「奴が出てくるとすると、戦力比は25対1。これだけの敵を相手に奴がどういう動きをするのか、この目でどうしても確認したいの。ただし仇はとってあげるつもり。あたしが必ず仕留めるわ」


 ルジェはベルクター・シータの親指で長銃アルトロンの安全装置を外す。


 この長銃アルトロンを手に入れるまで、ルジェは大剣つかいだった。『ドラゴンハンター』のときもそうだったし、『ファンタジー・ナイト』のときももちろん、『ドラッグ・マジシャン』ですら、大剣を好んで使ってきた。この『スター・カーニヴァル』でも最初は大剣を振り回して遊んでいたのだが、超レアといわれる長銃アルトロンを手に入れ、こいつを使いこなそうと悪戦苦闘しているうちに、ルジェは狙撃の魅力にとりつかれていった。


 最初は弾がなかなか的に当たらなかった。構えたアルトロンがどうにも納まらない。銃口がぶれてスコープのクロスゲージが揺れてしまう。しばらく悩み、原因を考えて、銃を持つ手の位置がおかしいことに気づいた。


 右手でまっすぐグリップをつかむ。まずこれだけで弾がまっすぐ飛ぶようになった。

 指先は引き金に触れるだけ。握りこんではだめ。それだけで、弾が面白いように的に当たりだした。


 左手は最初思っていた位置よりもずっと先端に近いところを握る。よく見るとその位置にカーニヴァル・エンジンの指に合う形状の溝が切ってあった。手の位置が決まると構えた角度が必然的に決まる。ルジェはアルトロンが要求する体勢より、かなり標的に正対した構えをベルクター・シータに取らせていた。


 射撃のときは、もっと機体を一重身にするのだ。そうすると機体の重心位置とアルトロンの射線が合致し、宇宙空間で射撃しても反動で機体が回転力を受けることがなくなった。さらに、首を曲げずとも、カーニヴァル・エンジンのカメラアイの真ん前に、スコープが自然に来る。


 すごい銃だと思った。ルジェはアルトロンに導かれるように引き金を引いた。


 この体勢を見つけてからの射撃は楽しかった。嘘のように的に当たった。

 スコープをのぞいてクロスゲージの中心に苦労してターゲットを捉えるのではない。ターゲットに向かって構えていれば、必然的に射線はターゲットに向くし、スコープの中のクロスゲージの中心は、のぞいて確認するまでもなくターゲットの真上に合わさっていた。


 たしかに距離のある的や、動いている標的にはなかなか命中させることができない。だが、基本は同じだ。遠かろうと動いていようと、真っ直ぐ見つめて真っ直ぐ身体を向けていれば、自然と弾は的に吸い込まれていく。いつのまにか彼女は、あのカシオペイアにすら一目置かれる射手になっていた。


 ベルクター・シータに乗って長銃アルトロンを持つ名狙撃手ルジェ。

 そして彼女の仲間、ベルクター・イオタに乗るクレイムとベルクター・デルタに乗るカシス。

 その三人を称していつのころからか、『赤の三銃士』と呼ばれるまでになっていた。


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