5 速度より正確さ


 ルルの銃を構えたモーツァルトは、スコープから目を離さず、ミニサイズの望遠鏡に似た照準器の横についているツマミを調整する。

 モーツァルトが引き金を引くと、今度は見事に石ころに命中して、弾丸に弾かれた石がぴーんと宙に舞い上がった。


 モーツァルトは満足そうにヨリトモの方へ笑顔を送ると、弾丸が残っているにもかかわらず、次の弾倉に入れ替え、再びスコープをのぞきこんで、もう一度石ころを狙う。


 呼吸を整えて引き金を引くと、ふたたび命中してぴーんと石ころが宙に舞う。

 その石ころが空中にあるうちに、モーツァルトはコンピュータに制御された最新式の工業ロボットみたいに正確な動きで、目をスコープにあてたまま、ボルトを引いて排莢し次弾を装填し終えると、2発目を発射した。

 石ころは空中にあるうちにふたたび弾丸をくらって、宙に舞い上がり、さらにモーツァルトは神がかり的な早業で排莢装填を行い3発目を撃ち込む。

 さらに神速の射撃を5連続で行ったモーツァルトの放った弾丸は、すべて石ころを正確に宙に打ち上げ、ぽーんぽーんと蹴り上げられた石ころは、最終的には地上十数メートルまで上昇してから地面にやっと帰って来た。


「どうだオガサワラ」モーツァルトはむふふふふーんと自慢げに鼻腔をふくらませて、ヨリトモを振り返る。「リフティングっていうんだが、うまいもんだろう」

「すみません、すごすぎて、今ひとつ感動が伝わらないです」

「ねえ、モーツァルト。あたしもリフティングできるようになる?」

「なるよ」モーツァルトはやさしくルルの頭をなでる。「速く撃つことより、正確に撃つことを練習するんだ。速く撃とうとすると人間は正確さを欠く。だが、正確さを極めれば、速さは結果としてついてくる。射撃に必要なのは、正確さなんだ」


 モーツァルトはルルにライフルを返した。ルルはおおきなライフル銃に手を焼きながら、なんとか構える。


「重いよぉ」

「最初はだれでも重い。そのうち重さは感じなくなる。ふだん自分の手や足を重いと感じるか? でも死体は重いだろ? 手だけや足だけだって結構重い。銃も同じだ。いつも持っていれば重さはそのうち感じなくなるんだ」


 死体って重いんだとヨリトモが思っていると、ルルにライフルを預けたモーツァルトがヨリトモの隣に立ってたずねる。

「オガサワラ、ところでおまえ、なんで銃を使わない?」

「ぼくの故郷は、ここから1万光年以上離れた惑星なんだ」

 ヨリトモはゆるく笑った。

「こことは随分文化がちがう。惑星自体、銃のない星ではないんだけれど、ぼくの国には基本的に銃はない。ぼくは銃を撃ったことがないし、本物を見たこともない。テレビや映画やゲームにはよく出てくるし、殺傷能力のないオモチャの銃もいっぱいある。でも一般の人は、鉄砲なんて撃ったこともないし、本物を見ることもまずない」

「銃のない国なんてあるのか?」モーツァルトの声が裏返った。「じゃあ、獲物を狩ったり、人を殺したりするときは何を使うんだ? やはり弓矢や吹き矢か?」

「銃はあるんだけど、厳しく規制されている。人も殺しちゃいけない。獲物というか、えーと肉は、……肉屋で買えばいい」

「想像がつかないな。どんな惑星なんだろう?」

 モーツァルトは目をきらきらさせてヨリトモを見つめる。

「しかし、ここは戦場だ。おまえは、ちょっと見ただけではわからないが、その身体、テロートマトンだな。実体は、われわれホモ・タイプの人類とは似ても似つかない怪奇なエイリアンなのか? まあそれはいいとして、戦場に来ている以上はシンクロル接続だろうと、実際にその場に実在だろうと関係ないだろう。銃を持たねばならない。事実、ほかのカーニヴァル・エンジンは銃器を装備している。お前のベルゼバブはなぜ、刀しか持っていない?」

「あれはぼくのスタイルだ」

「銃がなければ戦いに不利だろう? 刃のとどく距離まで近づかなければならない」

「ベルゼバブは近接戦闘用のカーニヴァル・エンジンだ。遠くから離れて射撃するのは苦手なんだ」

「射撃で牽制して間を詰めれば、もっと有利に戦える。なぜそれをしない?」

「うーん」

 ヨリトモは考え込んだ。たしかに絶対に自分が銃器を装備しないというポリシーがあるわけではない。持ってもかまわない。なんで持たないんだろう?

「よくわからない。自分でもよく分からないな。なんとなく、だね」


 ヨリトモは肩をすくめた。

 モーツァルトがやさしげに微笑む。二人の頭上で突然ナヴァロン砲が火を噴いた。黒い闇の塊が赤く染まりかけた空を駆けてゆく。モーツァルトはその弾道をちらっと確認して口をひらいた。

「よし、わたしがお前のために、一丁こさえてやろう。おまえに合った銃を地下の工房で作ってあげるよ」

「え、いいよ」ヨリトモはちょっと照れた。「実は射撃はまったく自信がないんだ。銃を持ってたとして、さらに撃ったとして、たぶん当たらない、と思う」

「安心しろ、オガサワラ」モーツァルトはにっこりと笑った。「あたしの作る銃は最高だ。下手な射手が撃ってもかなり当たるようにできてる。第一、弾ってものはそもそも真っ直ぐ飛ぶようにできているのだ。真っ直ぐ狙えば大抵は当たる」


 びーびーと音がして、モーツァルトはガンベルトに吊るした携帯通信機をとりあげた。スピーカーからワルツの声が響く。


「姫さま、敵襲です。赤の三銃士がきます」


 モーツァルトの口元がきっと引き締まった。

「あいつらか」吐き捨てるように口走る。「3機だけか?」

「いえ、ほかの部隊と連携しているようですね。正面から二十数機、ゆっくり進撃してきます。姫さまはいまどちらに? アリシア殿に要請してオガサワラ殿を出撃させますか?」


 モーツァルトは広場を横切って、石の手すりのところまで走った。ヨリトモはついてゆく。要塞の前面に広がる岩砂漠を見下ろし、土煙をあげて前進してくるカーニヴァル・エンジン部隊を視認する。


「アリシアに反乱軍の出撃要請をだせ」

 モーツァルトは携帯通信機に向かって命令した。

「梟眼シュバルツを左のナヴァロン砲にあげろ。右はコッホのままでいい。ザイデルに後方監視を徹底させろ。そして指揮はおまえがとれ」

「またですか」ワルツがすこし不満げな声で返す。「姫さまはどうされるおつもりですか?」

「あたしは、いつもの場所だよ」当然だろうという声で返すモーツァルト。「お腹が空いたから、カポーラを用意しといてよ。羊の肉がいい」

「姫さま、ダイエットは?」

「だからそれは明日からっ!」

「明日には、食料が尽きますしね。そうするしかないですね。ま、われわれが生きていれば、の話ですが」

 モーツァルトはへちゃむくれた顔を作った。

「生きているさ」

 ヨリトモは地平線の土煙を見下ろしていう。すでに空が夕焼けに赤く染まっている。血のような赤だ。

「あれくらいの機数なら、恐れるに足らない」

「気をつけろ、オガサワラ」

 モーツァルトはふいに真顔にもどって告げる。

「油断は禁物だ。それに赤の三銃士はてごわい。あいつら3人は、3人ともあたしの作った銃をもっている。分子分解砲、長銃アルトロン、ビームバズーカ。どれも人形館の技術者に改良されコピーされて違うものにされてしまったが、基本設計はオリジナルのままだ。分子分解砲は名前の通りだ。着弾した標的の分子を分解してしまう。こいつは銃器としての破壊に対するコンセプトが独特だが、優秀な武器でもある。そして長銃アルトロン。アルトロンはシリーズ化され、マシンガンやショットガンが作られたが、あたしが設計した本物のアルトロンは実は長銃のみだ。あれは狙撃の楽しさを射手に知ってもらうために作った狙撃銃で、初心者には扱いやすく、上級者になればなるほどその性能を天井知らずに引き出すことができる名銃だ。そしてビームバズーカ。クラシックな火器だが、プラズマ・アートという考えを初めて導入したのは、実はあたしだ。通常のプラズマ弾を撃ちだす粒子砲ではなく、プラズマ・ミサイルランチャーなんだ。薬室内で作ったプラズマ・ミサイルを発射する。電磁場で剣や楯を作るのは昔からあるが、あたしはそれを応用して、プラズマで電子回路を作り出しそれを内蔵したプラズマのミサイルを発射することを考案した。プラズマでできた制御システムとプラズマでできた推進エンジンを持ち、プラズマでできたコンピューターが敵を追尾して破壊する。すべてプラズマ製で、薬室内で生成される。これにより、敵をホーミングする粒子兵器が生まれた」


 ヨリトモは目を見開いた。

 ゲーム中では粒子砲の弾丸が敵をホーミングするのをなんとなく眺めていたが、実際のビームが敵を追跡することは有り得ない。実はそこには、ここにいるモーツァルトの考案したアイディアが生きていたのか。いまでは、敵に着弾するとネットに変形するビーム弾や、ビームで構成された鞭まで作られている。そしてそれらの技術は、もとをたどればこのモーツァルトに行き着くということだ。


 なるほど、「銀色のトカゲ」捕獲作戦。人形館が彼女を欲しがるはずだ。


 ヨリトモのクロノグラフがぶるぶると振動した。文字盤を開くとアリシアの顔が映る。


「ヨリトモ、出撃依頼がワルツ司令から来たわ。緊急出撃よ。今回はちゃんと手順を守ってくれたみたいね。あの我がままお姫さまもさすがにちょっと反省したのかしら」


 双方向画面なので横によけてアリシアに気づかれない位置に立ったモーツァルトは、にやにやしている。

 ヨリトモは「了解だ」と答えてクロノグラフを閉じた。



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