2 地上での旋回は苦手です


 コックピットにがこんという衝撃がきてベルゼバブの機体が揺れた。

「各システム異常なし。操縦モード空戦選択。高度2万2000。雲なし敵あり味方なし。滅点ダッシュの稼動時間は29秒。高度1万までは我慢してください。ではヨリトモさま、いきますよ」


 ふわっという浮遊感がおそって、ふいにベルゼバブの手足が軽くなった。神経接続されていたが、ボルト・イン状態でロックのかかっていた四肢のコントロールがヨリトモにもどってくる。ドリル・ガンガーが機首上げ状態で降下していたため、ずっと外部モニターに見えていた夜空が動き、カメラ・アイの視界に切り替わったため眼下の惑星の空の青が目を焼く。下は晴れ。ここは空。


「よし」

 ヨリトモはベルゼバブの特徴的なスポイラーを開き、操縦桿をじわりと押して頭を下に向ける。

 正面パネルのピッチスケールの数値90が中央にくる。自由落下状態からスラスターを徐々に開いて加速。ライトニング・アーマーのゲージが、惑星ナヴァロンの大気にあたってたちまちレッドに飛び込む。


「くそっ」

 ちいさく毒づいてヨリトモはベルゼバブに、カスール・ザ・ザウルスを抜刀させた。

 身の丈ほどもある長刀を両手で構えると、拝むような正眼の構えにとって切っ先を進行方向へ向ける。獣刀の切っ先が空気を裂き、ベルゼバブのライトニング・アーマーに襲いかかる大気の壁が左右に割れた。獣刀の切っ先は赤熱したが、ライトニングアーマーのゲージはイエローのあたりで上がったり下がったりして安定している。


「さすがヨリトモさま」

 言いながらビュートは、ベルゼバブと同じように降下している敵機の位置をシミュレートする。アリシアの言うとおりぎりぎりの展開だ。

「もうしばらくで敵と接触します。そういえばヨリトモさま。忘れてましたけど、偽造プロフィールはどうします?」

「偽造プロフィール? なにそれ」

「ほら、ヨリトモって名前で地球人プレイヤーを薙ぎ倒すのは問題あるじゃないですか。惑星カトゥーンのときは普通にマスクかけて非表示にしてたんですけど、ここは一発、なにかカッコいい名前を敵の画面に表示して、ビビらせてあげましょう」

「お、それいいね。なんかネット上でバーサーカーとか勝手に呼ばれてて、ちょっと不本意な気分だったんだ。ファントムで行こうよ」

「じゃあ、通信時の顔はどうします? ラプンツェルみたいにモザイクかけますか? あるいは未成年犯罪者みたいに目のところに黒い線でもいれます?」

「どっちもやだなぁ。ああ、こういうのはどう? 全体を黒いシルエットにして目だけ光ってるの」

「あ、じゃあ、そうしましょう」

 ビュートはすかさずウインドウを開いてサンプルを表示してみせた。

 黒い影の中で目だけが赤あかと光を放っている。

「うわっ、なんか怖いですね」

 自分でつくって自分で怖がっていれば世話はない。

「おお、いいね」

 しかしヨリトモは気に入った。たしかに怖いがいかにもファントムという雰囲気だ。

「きっとこれを見たやつら、げえっおまえはっ!とか叫んでくれそう」

「声も声紋がばれないようにいじって低くしておきますね」

「そっちは任せるよ」


 しばしビュートが黙り、コックピットに沈黙がおとずれる。

 ベルゼバブは雲の上で水平飛行にうつり、要塞セスカをめざす。


「ヨリトモさま、人形館軍のカーニヴァル・エンジン、最初の3機、着陸します。先頭部隊の全機数22。要塞セスカに向けて進撃中。一気に滅点ダッシュを使用して襲い掛かりましょう」


 ヨリトモは左の操縦桿に装着されたトリガー・シフターをたたたたたんと連続で引いてシフトを『滅』に叩き込んだ。ベロシティー・ベクトルを確認しながら、じわりとスロットル・ペダルを踏み込む。正面パネルの中で白い雲が一瞬スローモーションのように流れ、次の瞬間掻き消えた。

 正面に赤茶けた大地と天を切り裂くような峨峨たる峻険が見え、それらが猛烈な勢いで迫ってくる。ターゲット・コンテナが動き、敵を意味する赤い表示が点滅する。


 先頭3機、そのうしろに4機。

 すかさず判断したヨリトモは地表ぎりぎりでベルゼバブを引き起こし、一気に4機を斬り伏せた。シフトを滅から3に落とし、急旋回を行って残りの3機を片付ける。


「くっ」

 ヨリトモは小さくうめく。

 サイドスラスターを使っての旋回は遅い。そもそもベルゼバブは旋回の得意な機体ではないが、上下のない宇宙空間とちがって、地表では必然的にターボ・ユニットで機体をホバーさせ、サイド・スラスター噴射で左右に回避運動をとる動きが基本となる。しかし、宇宙空間でのメイン・スラスターによる噴射に慣れたヨリトモには、ベルゼバブの貧相なサイド・スラスター噴射はなんとも遅く感じられるのだ。


 が、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 すかさずメイン・スラスターを亜水平に維持して低い弾道で跳躍。そのまま目の前に迫った敵を5機、撃墜。さらにサイド・スラスターでマッハ0・7で400メートルの円を描いて旋回。つづけざまに3機斬り伏せた。


 くそっ、やはり遅い気がする。以前は限界だと思えたこの極小円ですら、今はずいぶんな大回りをゆっくりやっている気がしてしようがない。ベルゼバブといえども地上ではこんなもんなのか? ヨリトモは口には出さず、心の中で舌打ちする。


 低く跳躍して、後衛に襲い掛かる。左右にカスール・ザ・ザウルスを薙ぎ払って敵を切り刻み、はっと振り仰ぐと、惑星ナヴァロンの青い空を覆うように、無数の機影が降下してくるのが見える。

 まさに空一面、敵敵敵。

「これは大変なことになったな」

 ヨリトモは奥歯を噛みしめた。



「おいワルツ」

 モーツァルトが口をひらいた。

 呆気にとられてカーニヴァル・エンジン同士の戦闘を眺めていた一同がわれにかえったようにモーツァルトの方を振り向く。

「そろそろ下におりよう。あいつを援護してやらねばなるまい。おそらくあれが、キャピタル・ガードの間抜けどもが言っていた援軍だろう。どう思う?」

「はい、姫さま。まちがいないでしょう」

 ワルツ・クエイサーはメガネをなおしてうなずく。そして戦略指揮官として周囲の者に命令をくだす。

「全員中央管制室に移動。あのカーニヴァル・エンジンを援護、および敵の迎撃を開始する」


 モーツァルトをのぞく全員がびしりと立ち上がってブーツの踵を打ち付け、胸前に拳を置くナヴァロン独自の敬礼『パンツァー・ファウスト』をとる。


 ワルツを先頭に各員がきびきびと動き、高速リフトに乗り込む。

 モーツァルトとワルツの他に砲撃担当のザイデルは中央管制室まで降りるが、梟眼シュバルツ・マイザーは右のナヴァロン砲を担当するため砲塔の操作室へ、また偵察次官のヘックラーはツインピークスにのぼるため途中の階でリフトを乗り換える。


 中央管制室は、ズブロフの岩山をくり抜いて造られた要塞セスカの基部にあり、地下300メートルの岩盤の中。たとえ要塞セスカが核攻撃を受けて吹き飛ばされても、この基部までは破壊できない。

 すべての砲塔を指揮し、各部署に発令する中央管制室は、周囲を300枚以上の各種映像盤で埋め尽くされたドーム状の司令室で、床は中央に向けて、ひな壇状に高くなっており、オペレーターは同心円状に配置されたコンソールについて、一番高くなった中央の指揮台を見上げる形になる。

 この指揮台は本来モーツァルトが立って各員に指令を発する場所なのだが、かの狙撃姫はいっこうにこの最高指揮官が立つべき場所にいこうとはしないで、管制室のかなり外縁にちかい低い位置にお気に入りの場所をみつけて、いつもそこに陣取っていた。


 指揮台よりひとつ低い戦略シートについたワルツは口をへの字に曲げてモーツァルトを睨むが、相手はどこ吹く風で、そのお気に入りの場所、つまり立食用スナックバーのすぐそばを離れようとしない。いったいさっきのダイエットするという宣言はどうなったのだろう?


 生き残りの人員でまばらに埋まったコンソールから情報がつぎつぎとあがってくる。壁を覆う300枚以上の映像盤が外部映像や衛星からの俯瞰映像を表示し、いくつかのガンカメラが敵のカーニヴァル・エンジンを追っている。

 コンソールについて情報を収集している人員もほとんどが軍人ではない。年老いた者やまだ学校にもあがらない子供も多い。

 ワルツは自分を見上げて指示を待つそれらの者たちをゆっくりと見回し、ひとつ大きくうなずいてから、声を上げた。


「これより戦闘を開始する。地上で孤軍奮闘しているカーニヴァル・エンジンを味方であると仮定し、これを援護する。各砲座はウォール・シールドを越えようと接近する敵機を任意に補足し攻撃。速射砲はおもに敵の放つミサイルの迎撃につとめよ。全員、戦闘開始!」


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