第2話 ベルゼバブ、惑星ナヴァロンに立つ

1 ガンガーのガンコ


 ヨリトモが午前零時の30分前にふたたび接続したとき、ソニック号のコックピットはけたたましく鳴り響くアラームといくつもの画面で点滅する警告アラートの赤い光で満たされていた。


「あら、早かったじゃない? あと30分休んでればよかったのに」

 天地もひっくりかえるような警報の中で、アリシアはソニック号の操縦桿をにぎりながら、普通の調子で口をひらいた。

「いや、あの、これだいじょうぶなの?」

「敵に捕捉されているわ。ロックオンも受けてる。ゲルハルト級だからなかなかの長射程砲座をもっているはずだけど、撃ってこないと思うわ。むこうも静止衛星軌道に乗るのに忙しいから、これは単なる威嚇よ。で、こっちは惑星を半周して要塞の裏側にソニック号を隠すから、ヨリトモ、あんたは高高度でベルゼバブにて出撃、ひと足さきに要塞セスカに行っててちょうだい。あたしもソニック号を隠したらすぐに合流するから」

「ロジャー」

 ヨリトモは肩をすくめた。

「ベルゼバブのコックピットにいる。発進準備してまってるよ」

「なんとか人形館の先をこして要塞セスカに到達したいけど、ぎりぎりのタイミングだわ。かといってこちらもソニック号を危険にさらしたくないしね」

 アリシアは不適に笑った。敵の砲火をくぐってきたリアルな戦士の笑いだ。ヨリトモにはちょっとできない笑い方。


 だまってヨリトモがシューターに入ろうとするとアリシアが慌てて止めた。

「あ、ごめん。ベルゼバブはいまハンガーにないわ。下部発射口でドリル・ガンガーと合体してアイドリングしてるから、そっちに行って」

「ドリル・ガンガー?」

 ヨリトモは変な顔をした。

「なにそれ?」

「カーニヴァル・エンジン輸送用の機体で、あたしもまだ試したことないんだけど、ツインのドリルがついていてカタログ性能だと地中に潜れるらしいのよね。一応コックピットの様子から大気圏内飛行と1000メートルまでの潜水は確実に可能みたいよ」

「いや、なにそれってのは、ネーミングのことなんだけど、もしかしてケメコさん、おれのいないときに来た?」

「うん、この前来てたわね。で、格納庫をあさって彼女がドリル・ガンガーを発見したの」

「で、ついでにドリル・ガンガーって名前までつけてったと……」

「よくわかったわね」

「まあね」

 ヨリトモ下部発射口へ向かうため、コックピットから出ていく。

「スペースでもアストロでもいいけどさ、ドリルってつけるかよ」



 下部発射口の手前にある簡易デッキにドリル・ガンガーは固定されていた。

 エイを思わせる三角形の機体。二対の反物質エンジンを装備し、固定武装は機銃があるだけ。前部に二基の巨大複合ドリルがにょっきり突き出していて、なるほどこれならもしかすると本当に地中に潜ることが出来るかもしれない。


 機体後部にカーニヴァル・エンジンの挿入口があり、いまはそこにベルゼバブが収納されている。

 大型銃器を手に持ったままカーニヴァル・エンジンを収納できるようにするために、胸部と腕部が一部露出しているが、そのほかは足先をのこして機体内部にきっちり格納されており、閉じた装甲扉の中で巨大なアームによってベルゼバブの機体は固定されていた。


 ヨリトモがドリル・ガンガーの搭乗口から、潜水艦内部みたいに狭い搭乗管を通ってベルゼバブのコックピットに乗り込むと、ビュートがいつもの調子で元気よくあいさつしてくる。

「おっはようございまーす!」

 このテンションの高さはどこからくるのだろう? 本日のビュートは黒いベルベット地のスーツに、白いレースのブラウス。真紅の蝶ネクタイをしめて頭には紺のカチューシャをつけていた。めずらしく髪を触覚みたいに二本に縛っていない。

「あれ?」

 ヨリトモはビュートがいつもいる画面の隣に映っているもう一人の少女に気づいて声をあげた。

「だれ、これ?」

「こんばんは」

 ぼそぼそとしゃべる少女は、黒い髪を肩の上に流し、頭には猫ミミの被り物、赤い軍服に黒いマントを羽織っている。そばかすのある顔はレンズが渦をまくようなでっかいメガネをかけているため、ほとんど隠れている。

「わたくし、……ガンコと申します」

「はじめまして」

 ヨリトモは肩をすくめた。

「みなまで言うな。ケメコさんの命名だろ?」

「ご明察、いたみいります」

 ガンコが一礼する。

「ドリル・ガンガーのヘルプウィザードか?」

「ガンコちゃんはね、ウィザードはウィザードなんだけど、ドリル・ガンガーの操縦権限を与えられているんですよ」

 ビュートが自慢げに伝えてくる。

「つまり、ガンコちゃんの操縦でドリル・ガンガーは飛行できるんです。すごくないですか?」

「すごいの?」

「すごいですよ。普通は人が乗らないと動かないんですから」

 ビュートは胸を張る。

「ケメコがアリシアに頼んで、プロテクトを外してくれたんですよ」

「ああ」

 なんとなくわかって、ヨリトモはうなずいた。


 なんのことはない。わがアリシア反乱軍のメンバーはアリシアとヨリトモとケメコしかいないから、パイロットが足らないのだ。ベルゼバブを運ぶためにこのドリル・ガンガーを誰かが操縦すれば、ソニック号が留守になったり、カオリンが出撃できなかったりという弊害がでてくる。だから、ただの輸送機なわけだからウィザードに操縦させておこうと、まあそんな魂胆だろう。


「ヨリトモ、そこにいる?」

 通信画面が開いてアリシアが顔を出した。

「緊急発進してちょうだい。人形館がカーニヴァル・エンジンを射出したわ。対するこちらは、軌道上でドリル・ガンガーを射出して螺旋降下。上空でベルゼバブ射出。要塞セスカを防衛。よろしいかしら? ぎりぎり間に合うかどうかの際どいタイミングだから、急いで行ってちょうだい。じゃあ、クリア・エーテル!」


 言い終わらないうちに機体がぶるぶると震えて、力場カタパルトが始動を開始する。

 あっというまに、ドリル・ガンガーはケツをハンマーで叩かれたみたいに加速して発射管内を駆け抜ける。画面の中でビュートとガンコが「うわぁ!」と悲鳴をあげながら後ろにのけぞっていた。

 彼女らはプログラムだし、カタパルトといっても力場による加速だからGのかかるわけもないから、これは二人のギャグなのだが、つーことは何か? ビュートのやつ、事前に二人で打ち合わしていたわけだ。


 苦笑しつつも頼朝は自室のデスクに腰をおろして、足元のコンビニの袋からコーラのペットボトルをあけて口をつけた。本棚の時計に目を移す。午前零時。いよいよか。いよいよ反乱軍としての初戦闘がはじまる。


 ベルゼバブを内蔵したドリル・ガンガーは軌道上から強引に大気圏に突入し、空力過熱を冷却ウェーブで力任せに抑え込みながら高度を下げた。ヨリトモはシンクロル・レーダーを睨みながら人形館のカーニヴァル・エンジンの到達領域を予測していたが、ビュートの計算結果と照らし合わせてひとつの結論を導き出した。


「このままじゃあ間に合わない。ガンコさん、ベルゼバブを射出してくれ」

「ですがヨリトモさん、大気圏突入能力はこのドリル・ガンガーの方が上でございます。このままドリル・ガンガーで高度を下げるのが得策かと」

「しかしベルゼバブの方が速度が出る。滅点ダッシュを織り交ぜて無理やり突入しよう」

「滅点ダッシュなら、フィールド内の大気も一緒に加速させます」

 ビュートがちらりとヨリトモの方を見る。

「でもあまり早い段階で反物質がすっからかんになっちゃうのは考え物ですよ」

「パーティーに遅刻しちまったら、誰とも踊れない。ステップの手順を確認するのはあとにしよう。射出だ、ビュート」

「了解しました、ヨリトモさま。ここは賭けにでましょう。ガンコちゃん、射出おねがいします」

「はい。では、ボトル・アウトいたします。注意してください」

「はい、それ、ボルト・アウトのいい間違いね」

 すかさずビュートが訂正。

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