第30話

 瓢一郎たちはこってり警察に絞られたが、けっきょく陽子をさらったのは礼子で、カイやライと名乗った男たちがその一味であることが明白であり、瓢一郎たちがカイを傷つけたのも正当防衛だったと判断されたため、帰された。もっとも吉田の疑惑は完全には晴れていないようだが、とりあえず、すぐにどうこうする気はないらしい。

 今は例によって花鳥院家の地下会議室で反省会というか、集まってあれこれ文句のいい合いをしているところだ。

「今回は殺されるかと思ったわ。特殊スーツも防弾ジャンパーもあんまり役に立たなかったしね」

 葉桜が不満げな顔でいう。さほど重症ではなかったらしい。

「なにをいうか。役に立ったやつもいるじゃないか?」

 四谷が怒り出す。

「まあ、たしかに役に立ったよ」

 照れくさそうに答えたのは佐久間だった。佐久間はちゃっかり自分の分として防弾仕様の燕尾服を作らせ、それを着ていたらしい。だから礼子の放った銃弾を受けても死なずに、たんに気を失っていただけですんだのだ。病院からすぐに帰された。

「ひ~っひっひっひ。ほうら、見ろ。私の力を侮ってもらっちゃ困る」

「だったら早いところ、わたくしの体を治して欲しいものですわ。いったいいつまでわたくし猫をやってればよろしいの? この男にわたくしの身代わりを演じさせておけば、とんでもない誤解が浸透してしまいますわ。化け物のように強く、豹のように身が軽い。しかもレズ。それもあの理恵子に知られてしまったんですのよ。学園のデータベースに」

「まあまあ、姫華様。姫華様がほんとうは猫で、姫華様を演じているのが瓢一郎くんなんていうほどスキャンダラスでもないですよ」

 葉桜がけらけら笑う。

「っていうか、俺はいつまでこの格好をしてなきゃないんだ? もう陽子が襲われる心配もたぶんないだろう? 礼子の正体はばれたわけだし。そもそも姫華は失踪したことにでもして、逆に俺は家出から帰ってきたことにすれば、それでやつらは目的を果たしたことになるじゃないか」

「まあまあ、乗りかかった船ってことですし」

「そうだ、男なら一度引き受けたことは最後までやるものだ。だいいち姫華様が行方不明になったら、連中はまた陽子嬢をさらって行方を聞こうとするに違いないぞ」

「ひ~っひっひっひ。私が手術しなければ人工声帯はそのままだよ。顔だって微妙に違うし、戻して欲しくないのかな?」

「わたくしのせいで助かったくせに、わたくしを見捨てようというのかしら、この男」

 みな口々に瓢一郎をなじる。

「わかった、わかった。もうしばらくだけ演じてやるよ、わがままお嬢様を。だけど一回家に電話させてくれ、俺の声で。さすがに心配してるだろうが」

「あら、『修行の旅に出る』っていうワープロで作った書き置きを部屋においたんだけど、だめかしら?」

 だめに決まってるだろう、そんなこと。

 葉桜のとぼけた顔面に思い切りつっこみを入れてやりたかった。

「たしかに電話くらい入れないとまずいだろうな。おい四谷博士。それってできるのか?」

「ひ~っひっひっひ、簡単だよそんなこと。リモコンスイッチで人工声帯をオフにできる。そうすれば自分の声が戻るよ」

 四谷はそういうと、ポケットから取り出した装置をなにやら操作した。

「電話したけりゃすればいい。もう自分の声だ」

「ほんとか?」

 その声はたしかに瓢一郎自身の声だった。瓢一郎はスマホを取り出すと家に掛ける。

『はい、柳ですが』

「瓢一郎だけど……」

『瓢一郎か? おまえいったいどこでなにをやってる? 警察が来て誘拐されたんじゃないかって大騒ぎになったんだぞ』

 父親が怒鳴りつける。

「書き置きしたろう? 修行だよ修行。フィオリーナといっしょにな。ついでに全国の猛者を倒してから帰るよ。そんときは親父を倒してみせる」

『むう、そこまでいうなら好きにするがいい』

 それで納得するのかよ、この親父は。と思ったら、電話を奪われる音がした。

『馬鹿いってないでさっさと帰ってきなさい、瓢一郎』

「母さん。……だめだ、帰れないよ」

『どうして? やっぱり悪いやつらに誘拐されたんじゃないの?』

「そうじゃない。俺の助けを必要としている人がいるんだ。わがままなお嬢様だけどね。しかもそいつに借りができた。返さなきゃならない。だからもう少しだけ待ってくれよ」 ため息が聞こえた。なにをいってるんだ、この馬鹿息子は、とでも思っているんだろう。

『わかったわ。困っている人がいるんじゃ助けてあげないとね。なるべく早く帰ってくるんですよ』

 おいおい、母さんまでそれで納得するのかよ。ひょっとして俺って大事にされてないのか?

 いや、まあ、信頼されてるってことだろう。強引にそう思うことにした。

「わかったよ。無事に帰るって約束するから。じゃあ、母さんたちも体に気をつけて」

 そういって、切った。

「理解のありそうな家族でいいわねぇ」

 葉桜がのほほん笑顔でのんびりという。佐久間がうんうんとうなずき、四谷が不気味な笑い声を上げた。

「ついでにもう一件」

 瓢一郎は陽子のスマホに掛けた。

「陽子? 瓢一郎だけど」

『ひょ、瓢一郎くん? どこにいるの? みんな心配してるんだよ』

「ごめん。だけど俺は無事だよ。誘拐なんかされてない。だから俺を捜そうと危ないことはしないでくれ」

『だ、だけど……』

「もうちょっとだけ待ってくれ。理由はなにも聞かずに。近いうちにかならず帰るから」

『……ん、わかった。待ってる。でも約束だよ。必ず無事帰ってくるって』

「ああ、約束するよ。それともう陽子を危ない目には合わせたりしないから。俺が必ず守るから」

『……うん。信じてるよ。あ、待って、切らないで。最後にひと言だけ』

 瓢一郎が切ろうとしたのをとっさに察知したらしい。

『好きだよ、瓢一郎君』

「……俺もだ」

 瓢一郎は電話を切った。

「ちょ、ちょっとなんですの、その意味深な会話は? なにが俺もなんですの?」

 なぜか姫華が突っかかってきた。

「あははは。姫華様、妬かない、妬かない」

「な? なにをいいだすんですの、このへぼ教師は?」

 姫華は二本足で前足を振り上げながら踊り出した。いや、どうやら怒っているらしい。

「ひ~っひっひひひ」

「か~っ、ばっかばかしいわい」

「いっておくが、ほんとうにあとちょっとだけだからな。さっさと姫華の体を治すんだぞ」

 連中に怒鳴りつけた。

 まあ、これでしばらく怪しい組織の連中に狙われることになるかもしれないが仕方がない。こっちにも怪しい味方がいることだしなんとかなるだろう。

 警察がいうには礼子とカイはなんとか命を取り留めそうだ。だがなんにしろ拘束されるのは間違いない。次に襲って来るとすれば別のやつだろうが、構うものか。

 瓢一郎はそう思った。

 今度の事件を通して、謎はほとんど解明されたと思うが、ただひとつわからないことがある。

 佐藤理恵子とはいったい何者だ?


   *


 警視庁捜査三課に封書が届けられていた。宛名は「怪盗『ねこ』捜査班の皆さんへ」。

 怪盗「ねこ」は宇宙人を呼び出す石だの、宇宙語を刻まれた金属版など怪しいものばかり狙う窃盗犯、あるいは窃盗団だが誰もその姿を見たものはいなかった。しかし担当の沢渡警部はつい先日、犯人の特徴を掴んだばかりだ。

 犯人の目撃者が現れたのだ。

 証言によると、後ろ姿だったが、どう見ても子供のように小さな女。しかも逃げる様子はけっこう鈍くさく、映画に出てくる華麗なる怪盗という感じではないらしい。その目撃者はその姿を見たとき、どうして警察はこんな鈍そうなやつを捕まえられないんだろうと、本気で思ったそうだ。

「いったいなんだっていうんだ?」

 沢渡は興奮しつつ、封書を開ける。中に入っていた便箋にはこんなことが書かれてあった。

『お騒がせしてすいません。だけどほんものの宇宙人(猫系統で、レズ傾向あり)に出会ったので、宇宙人アイテムはもういいです。引退します。探さないでください』

「ふざけんじゃねえ。ぜったい捕まえてやるからな」

 沢渡は腹の底から叫んだ。


 了

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ねこねこお嬢様【新装版】 南野海 @minaminoumi

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