最終章 オタクが告られたので悩んでみた


「はぁ……………」


俺は大きなため息をついた。

朝起きると昨日のことが思い出されて頭が痛い。


「ごめんな、香澄」


最愛の彼女への謝罪を呟き、イヤホンで耳を塞いだ。

何度も聞いたボカロPの曲に聞き落ちる。


もういやだな。

俺は香澄を愛してるのに、昨日は萌香のことを好きになりかけてた。


いや、萌香のことを好きなのは何も昨日が初めてじゃないか。

俺はチョロいな。

イヤホンから流れでるドラムの音が心臓の音と重なる。


「はぁ……………」


もう一度ため息を吐く。

布団を首もとまでかきあげ、瞼を下ろす。

もう一度寝よう。

直ぐに意識は消える。そうすれば少しだけ何も考えないでいい時間が手に入るから。


俺は馬鹿だ。

馬鹿だからこそ不器用に1人の少女を愛そう。1人少女の思いをかなぐり捨てて。

それが幸せだ。


「どうしてそれが幸せなんだよ」


腹ただしい。

嘆かわしい。


◇◆◇


俺が再び意識を戻したとき、布団の中にはもう一人いた。


「香澄………」

「うん。私だよ」

「伝えたいことがあるんだ」

「なにかな?」


香澄はニコニコしながら、俺の指に自分の指を絡めてきた。


「好きだよ、香澄」


今更緊張こそしないが、少しだけ怖かった。

香澄の反応が不思議なものを見るようだったから。


「急に素直になると怖いよ。どうしたの?」

「なんにもないよ。ただ、やっぱり香澄が好きだなぁって思って」


俺は香澄を抱きしめて寝返りをうち、自分の上に香澄を乗せた。


「なにー?」

「くっつきたいんだ」

「もう、甘えん坊め」

「思えだって好きなくせに」

「そうだね。もう君がいないと生きてけないもん。君は犯罪者だね。執行猶予は私と添い遂げることってのはどう?」

「随分と軽い罰だな」

「余裕?」

「朝飯前だ」

「じゃあ、証明してね」

「ああ。約束だ」


香澄は俺の唇に自分の唇を重ねた。

柔らかいな。


「ねぇ。もっとしない? 今日は大丈夫だから」

「……えっと、じゃあ」

「優しくしてよ」

「善処はします……」


◇◆◇


「あーあ。振られちゃった」


萌香はスマホのメッセージを見ながら呟いた。そこには拓哉からのメッセージが映されている。


「ま、わかってたけどさ」


強がりを呟いて布団に身を投げた。

太陽の匂いがする。


「誠実だもん、たくちゃんは」


言い訳を独り言で吐き出す。

静かな部屋に飲み込まれていく。


「もう嫌いになろっかな?」


涙をこらえながら冗談を吐く。

もう限界になっている涙を流した。


「そんな無理………だなぁ」


晴れた日。

カーテンを開けると差し込む光を嫌がる姿。

雨の日。

少しだけワクワクしている姿。

雪の日。

子供のように目を輝かせる姿。


全部知ってる。全部覚えてる。

好きだから。

心の底から大好きだから。


好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きでたまらないから。

愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるのに。

答えてくれないから。



「あ、そうだ。たくちゃんを私のものにしちゃおう! 足とか切っちゃえば動けないし私の物になるよね!」


萌香は狂気に満ちた声で笑う。

心が闇に落ちた。


「たくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃんたくちゃん!」


狂った。

饗宴の果実のように。


「あはははは!!! 」


歯車が。

感情が。

萌香は拓哉を殺してしまうだろう。

その愛故に。

その狂愛故に。


◇◆◇


「なぁ、香澄」

「んー?」

「寒気がする」

「風邪かなぁ?」

「多分ちがうけど」

「まぁ、わたしとくっつけば大丈夫でしょ」


香澄は拓哉の体に抱きついた。

肌と肌が直接触れ合い、温もりが共有される。

この少女を一生をかけて幸せにしよう。

何度か分からないほどに確信した。


大好きなんだな、と。

守りたい。守られたい。

包みたい。包まれたい。

そういうものなんだろう。

恋なんて証明できない。

愛なんてただのバグだ。


だからこそ幸せになるのだろう。

不幸を定められいる人間だからこそ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オタクでシスコン の兄はモテるが自覚がない 米 八矢 @Senna8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ