第三章 配偶者ビザ申請の元勇者

第21話 スキル再検査の結果

「えーと、今月は何月だっけ……」


 ここはフロルディア王国の首都フィエルテにあるオリヴィエ大聖堂の一角。

 異世界からの召喚が乱発したために、増え過ぎた勇者などの在留資格申請や不法滞在の摘発を行う役所「召喚管理局」が入っている。


 マコトが異世界こちらに飛ばされて三ヵ月近くが経過した。こちらの暦は元の世界となんだかいろいろと違い、未だに馴染めずに周りに尋ねてばかりいた。


「今月は霜月フリメール、もう少しで雪月ニヴォーズだ。いい加減に覚えろ、マコト」


 言葉は何らかの術式で翻訳されるものの、こういった呼び名までは理解するのはすぐには難しい。


「えーと、つまり霜月フリメールは十一月で、もうすぐ冬と。そっかクリスマスだな」


 マコトは手帳に書き込みながら、元の世界を思い出していた。彼女はいないものの、街が華やかになりセールも始まり、なんとなくウキウキしたものだ。


「くりすます? なんだそれは?」


「ああ、えーと、俺の世界の神様の誕生日を祝う行事だ。雪月ニヴォーズの二五日に行われる。俺の世界で一番大きい宗教的なお祝いだな」


「そう、あたしの国ではクリスマスまでにシュトーレンというお菓子を少しずつ食べてクリスマスを待ったり、家族でお祝いしたり、楽しかったな」


 チヒロは懐かし気につぶやく。そっか、海外は家族でクリスマスを祝う。それなのに、日本では恋人と過ごすために、いろいろと涙ぐましい努力をしていたものだ。そういえば、元の世界で同期達は奔走しているのだろうか。ふと懐かしくなる。アイツも一喜一憂していたなと思い出した。


「ふうむ、こちらで言う女神フロルディアの生誕祭か。神を敬い、誕生を祝うのは世界が違っても共通なのだな」



 ブルーノが感慨深げに言う。ついでだ、この際に以前から気になっていたことを聞こうとマコトは尋ねることにした。


「ブルーノ、そう言えば女神フロルディアってこの大聖堂でも祭られているけど、何の神様?」


 マコトがそう聞いた途端、ブルーノは盛大に椅子からずっこけ、書類が散らばった。


「お、お前、そんなことを今の今まで知らなかったのか?!」


「だって誰も教えてくれないし。まあ、この国で一番信仰されているかな、くらいの認識だけど」


「い、一番、信仰……まあ、当たってはいるが」


 書類を拾いながら、ブルーノは頭を抱えた。


「じゃあ、その空っぽそうな頭でもわかるように説明してやる。花と豊穣、繁栄を司る女神でこの国の者はほとんどが信者で国教となっている。生誕祭は花月フロレアール二十六日リラだ」


「えっと、花月フロレアールって何月?」


 ブルーノは拾いかけていた書類を再び盛大にぶちまけて、しゃがみこんでしまった。


「ブルーノ様、お気を確かに。花月フロレアールは四月に当たるわよ。だから、クリスマス的な生誕祭はまだまだ先よ、マコト。ホント、いい加減に覚えなさいよ」


 チヒロが助け舟を出しているとも、蹴り落しているともつかない発言をする。


「だってよぉ。呼び名は違うわ、日付も数字じゃなくて呼び名が毎日なんかの植物だか何だかだしよぉ、めんどくせえっつーの」


「はあ、本当になんでこんなのが勇者摘発では活躍しているんだろ。ほら、見て。カルムとヴィオレット支部からの応援要請が来ているわ」


 チヒロが頭を抱えながら書類を作成していく。ここのところの不法滞在の勇者摘発にはマコトの摘発率が高いということで、各支部から応援要請が増えつつあった。


「そうだ、アレク様からのスキル再検査の結果は来たのか、マコト」


「いや、でも、そろそろ来てもいいはずだな」


「しかし、簡易検査では全て陰性、魔力はゼロ、腕力はまあ、喧嘩慣れしているが、チートというほどでも無し。なぜ、わざわざ再検査をしたのだろうな」


「さあな、こないだよりもめんどくさいこと沢山やらされたな。沢山の魔石に触れたり、勇者と組手をさせられたり」


「不思議だな」


「ああ、俺も不思議に思う……。って噂をすれば、だ。あの足音はアレクだ」


 ドアがカチリという解錠の音がして、アレクが入ってきた。


「よし、全員そろっているな。マコトのスキル再検査の結果だ。これは全員が共有すべきことだと思うので、ここで知らせる」


 なんとなく、緊張が走る。別に試験受けたわけでもない、健康診断受けたわけでもないのに、こういう発表は心臓に悪い。


「再検査の結果は、魔力はゼロというかマイナスだ。どの属性の検査用魔石も反応はしなかった」


 何か魔法が使えたらと思ったのだが、今回も魔力ゼロと言われてしまった。マコトはがっかりとした。


「腕力は成人男性の平均的なものよりやや強い。これは元の世界での過ごし方の影響だろう。しかし、チートではない」


 これもペケ。よく聞く俺TUEEEはこれで無くなった。


「そして、何人かの正式な在留資格のある勇者達に協力してもらって、武道をしてもらったり、魔法攻撃もしてもらった。これもほぼ互角だった」


 結局平凡から脱しきれなかった。そう思ったが、ブルーノが異議を唱えた。


「お待ちください。アレクサンドル様。勇者と互角に戦えるとは、勇者側が手加減をしたのですか?」


 そういえば、そうだとマコトは考え直した。本来なら勇者はチートだ。本気を出されたら、ひとたまりもないはずだ。


「いや、途中からは全力で取り組んでもらった」


 それはおかしい。そんな手強い記憶は無かったはずだ。それはブルーノ達も同じように首を傾げている。


「しかし、勇者達は口々に『何故かチートが効かない』と言っていたのだ。これらのことを踏まえると、マコトはスキルが無いのではなく、『チート無効化』スキルを持っていると思われる」


 アレクサンドルは聞き慣れない言葉を出してきた。

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