異世界召喚管理局~勇者が腐るほどいるので在留資格を審査します!~

達見ゆう

エピソード0

「マコト、建物の主がいるのは間違いないか?」

 ある古びた建物の前に立つ、高級そうなローブを来た男が隣の若い男性に問いかける。


「ああ、早めに張り込みして、奴がデリバリー朝食を受け取ったところを確認したから。地下に脱出穴でも掘っていない限りはここにいる。そうだよな、チヒロ」


 現代日本のサラリーマンと似たスーツを着たマコトと呼ばれた若い男性は、自信ありげに言う。


「ええ、マコトの言う通りです。それに、この中には魔力反応はありません。元々、この“勇者”は武力タイプで魔法は使えませんし、協力者がいないのは張り込みで判明しています。それ故に転移して逃亡の恐れは無いかと考えます」


 チヒロと呼ばれた若いショートカットの女性が答える。ローブの男と似た服装だが、飾りが簡素であり、男性と違って膝丈のスカートで動きやすそうな服装であるから、役職は下の方だろう。


「よし、マコト。一応マナーとしてノックしてから令状を読み上げろ。読めなくても言うことは覚えてるよな?」


「へいへい。相変わらずブルーノはえらそうだな」


「何か言ったか?」


「いえ、何でもないです。では呼び掛けます。アークウェルさん、いますか?」


 マコトがノックをしながら建物のドアに向かって呼び掛けるが反応は無い。


「アークウェルさーん。いませんか? 召喚管理局です! あなたを不法滞在者として連行します!」


 何度呼び掛けても静寂が辺りを包む。予想していたという表情を作りながら、ブルーノは部下に命令を下した。


「どうやら居留守を使ってるな。チヒロ、解錠魔法を頼む」


「はっ。『女神フロルディアの名において、その封印を解き放て、アペーリオ!』」


 ドアがカチリという音するのと同時にマコトがドアを勢い良く開け、先陣を切って建物に侵入する。

 部屋の主は隅にうずくまって震えていた。見たところ、二十歳前後の男性であり、くたびれた部屋着を着用していた。部屋一面には食べ物のカスが散らかり、きわどい女性の絵が描かかれた本があちこちにだらしなく広げられており、その不摂生ぶりが伺える。


「アークウェルこと『タカシ・タナカ』!

 召喚管理法違反によりお前を収容所へ収容する!」


「お、俺は勇者だぞ! 魔王を倒した英雄だぞ!」


 アークウェルことタナカが狼狽しながらも抗おうとするが、ブルーノが事も無げにいい放つ。


「あいにく、“勇者”は腐るほどいるし、お前が喚ばれた理由の魔王は既に倒しているのは調べがついている。法改正により、目的を果たした勇者は元の世界へ送還されると、御触れは出しているのは知っているはずだ。こちらに残留を希望するなら、在留申請をしなくてはならないが、お前は再三の勧告にも関わらず呼び出しを無視した」


「そもそも、目的の魔王討伐も、“魔王”と呼ぶにはあまりにも弱かった」


 マコトが言葉を継ぐ。


「こちらの調査の結果、魔王と言うよりは単なる魔族のゴロツキだった。召喚主が大袈裟に騒いであんたを呼んだ訳だがな。どちらにしても、召喚そのものに正当性が欠けていたから不適格な召喚と認定され、不法召喚でもあった訳だ。

そして、“魔王”を倒した後もお前は報酬で食い繋ぐだけのニート状態を続け、就労もせず税金も納めていない。言わばこの世界のお荷物だ」


「う、うるさい! なんだよ、不法召喚って。召喚したフェルマン様はそんなこと一言も……」


「フェルマンは先ほど不法召喚罪で既に衛兵によって連行した。話は収容所にて聞く」


 ブルーノが無慈悲とも言える口調でタナカに告げる。


「この後、お前は然るべき審判を受け、元の世界へ強制送還される。なお、この処分に対する不服申し立ては二週間以内に管理局へ……」


「うおおお!」


 ブルーノが続きを告げようとした時、タナカが殴りかかってきたので、マコトは慌てて間に入り、片手で拳を掴む。


「はい、公務執行妨害も加わったね。収容中の懲役、キッツイものが加算されるか、即強制送還か、だな」


 拳を掴まれたタナカは驚愕の表情で叫ぶ。


「な、何故だ! 俺のパンチはチート補正で避けられる奴はいないはず! それにお前も異世界から来た奴だろ! なんでお前は収容されないんだよ!」


 拳を抑えられながらもタナカは興奮した声で抗議を続ける。


「チート云々は俺も知らん。元の世界でもこうしたガサ入れをしてたから、腕力だけは自信はあるがな。それから、あいにく俺はこの仕事をするために呼ばれたんでな、合法召喚なんだ。さ、諦めて大人しく来い」


 そのまま、マコトはタナカの手にツタのようなものを巻き付けた瞬間、ツタがぎゅっと締まり、縛りあげた。


「毎度思うが、捕縛ツタって、なかなかがっちりしてるなあ」


「嫌だあー! 帰りたくないー! またつまんない現実世界へ戻るなんてまっぴらだー! あっちじゃ、コミュ障ぼっちなのにぃ!」


「うるさくてかなわん。チヒロ、少しだけ沈黙魔法を頼む」


 ブルーノがうんざりしながらも、チヒロに頼むと彼女は杖を手前に掲げて詠唱を始めた。


「はい、ブルーノ様。『言の葉の精霊シレンティウスよ、その力を静めよ! シーレント!』」


 その途端、タナカの口が塞がれて声が出なくなった。


「さ、連行するぞ。マコト、しっかりタナカの身柄を抑えておけ」


「わかっていますって。しかし、アークウェルと名乗ったり、現実世界への嫌がりっぷりといい、こいつもかなり拗らせてるなあ。ま、この仕事のために呼ばれたというのはちょっと違うけどな」


 そう、ここは異世界。マコトと呼ばれた男性はこちらで不本意ながら働いている。なぜこうなったのか、話は一ヶ月前に遡る。

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