第2話 ば、ばあちゃん?? なんでこの人たちばあちゃんに頭下げてんの?

「も、申し訳ありません。アレクサンドル様。召喚石が、と、突然反応してしまいまして」


 先ほどまで真とやり取りをしていたショートカットの女性が伏して謝罪をしているが、金髪の男性は冷ややかに答える。


「チヒロ、言い訳は良い。お前の魔術の腕に疑問を持たざるを得ないな」


「はっ、申し訳ありません。チヒロの腕が上がってきたと思って任せたのが失敗とは。私の不徳と……」


「い、いえ、アレク様にブルーノ様。本当にわからないのです! 呪文も唱えていないのに、召喚石が光り出してしまって!」


 ショートカットの女性、黒髪短髪の魔導士風の男性、二人の上司風の金髪の男性。雰囲気からして、何やらこの事態は望まぬことらしい。


「あのさあ、お取り込み中悪いんだけど。この状況を説明してくれない?」


 三人が言い争いになりそうだから、慌てて真は口を挟んだ。こんなよくわからない所に来た上に、さらに訳のわからない喧嘩を見せられても困る。


「ああ、状況だけでも説明してやるか」


 アレクサンドルと呼ばれた金髪の男はうんざりしたような口調で話始めた。


「ここはフロルディア王国の首都フィエルテ。オリヴィエ大聖堂の中央部の召喚の間だ。お前たちの世界とは違う、いわば異世界だ」


 やはりか、と真は思った。ラノベにありがちな異世界召喚のシーンをまさか自分が体験するとは思わなかった。


「言い争いの内容からして、勇者を召喚しようとしたら間違って俺達が来たということか」


「まあ、そんなところだ。飲み込みが早いな」


「まあ、似たような話ならあちこちで聞いたことあるからな」


 ただ、真はそれがフィクションの話であることは伏せた。こっちは絵空事でも、こちらは召喚や魔術が本気なのは雰囲気からして伝わってくる。


「通常ならば、魔族討伐などのために少年や少女を召喚しているのだが、今回はあることを手伝ってもらうために異世界の官憲から職員を喚ぶことにしていたのだ。もっと年齢を重ねたベテランを呼ぶつもりだったのだが、お前のような若造では厳しいな」


「な……! 俺は二十八だ! 若造ではない!」


 さすがにバカにされたのでは真も黙ってはいない。


「そうですよ、二十八ならばもうすぐおっさんですから」


 環は援護とも背中からの射撃ともつかない毒舌を放つ。異世界という状況なのに、彼女はさらに冷静に話し続けた。


「異世界は高確率で日本からの召喚が多い。そして、日本人は若く見えるものです。召喚記録『フロルディア召喚便覧』の所見に載っていませんか?」


「な、ご婦人?! 便覧の存在を知っているのか?」


 アレクサンドルが驚愕の表情を浮かべながら環に尋ねる。


「ええ、昔読ませていただきました。相変わらず異世界から人を召喚をしているのですね」


「ば、ばあちゃん?」


 唐突に話に割り込み、なおかつこの来たばかりの世界を知っている口ぶりに真はもちろん、三人は驚きを隠せなかった。なおも環は続ける。


「ええ、五十五年前に召喚されました。だから前の方のページに私も載っているはずです。名前は小田環……いえ、あの時は嫁入り前でしたからタマキ・エトウと言えばわかるかしら」


「ば、ばあちゃん? 何を言って……」


真が事態を飲み込めず、祖母がトチ狂ったことを言うので止めようとしたが、帰ってきた

反応は予想外のものであった。


「おお、あなたはあの伝説のタマキ殿か! これは失礼いたしました。では、こちらがご令孫殿ですか。私はここの魔導師長を務めているラージ・アレクサンドル。こちらの男性が部下のブルーノ、それにチヒロです」


 アレクサンドル達は途端に跪き、うやうやしく頭を下げた。この態度の急変ぶりは一体なんだ。


「ええ、こちらは孫の真と言います。

 アレクサンドルというと確かエルヴィエ・アレクサンドル殿には世話になりました。妹君のマリエル様にも親しくさせていただきましたわ。もしかしたら血縁なのかしら」


「はい、エルヴィエは祖父、マリエルは大叔母に当たります。そうですか、祖父達と懇意でしたか」


「お二人はお元気ですか」


「残念ながら祖父は三年前に亡くなりました。大叔母はこの首都フィエルテからカルムへ静養にいっております」


「そう、残念だわ。亡くなったのね。でもマリエル様がお元気ならばお会いしたいわ」


「あ、あのう。俺にもわかる説明をしてくれない?」


 すっかり置いてけぼりとなった真が横から入る。どうやら祖母はこちらに来たことがあるらしいが、真には訳がわからない。


「ああ、済まない。この国では魔族の戦争などで異世界から人を召喚をすると先ほど説明したが、五十五年前の召喚の儀式では、タマキ殿が召喚されてきたのだ」


「ば、ばあちゃんは勇者だったのか?!」


「とぉんでもない。なーんにも特別な力なんて出てこなかったわ」


「で、でもこの人達が頭を下げるって相当だよね」


「まあ、異世界人らしい力と言えば、お煎餅と緑茶のお取り寄せができたくらいかしらね」


「お、お取り寄せ……って、それが極上のお菓子だったとしても、ここまでならないよね?」


 真はなおも納得いかない。それだけで、この有力者っぽい人たちがここまで低姿勢になるのはおかしい。


「まあ、それだけじゃ暮らせないし、十八の農家の小娘にできることは畑仕事くらいだから、こっちでもひたすら畑仕事をしていたわ」


「とんでもない! 祖父から聞いておりました。貧弱であったこの国の農業が劇的に収穫量が増え、猛威を振るっていた疫病も止んだと」


「って、ばあちゃん、何をやったの?」


「排泄物と生ごみを一か所に集めて堆肥を作って、畑に撒いただけよ。それまではトイレやごみ捨ての概念が無かったからねえ。あちこちが、そりゃもう汚くて。お城の中でも臭かったわ。あれじゃ病気が蔓延するわよ」


「あ、そう」


 なんだか異世界の現実を垣間見た気がする。

 ブルーノも感激したように環を見つめている。


「おお、この国の“農業の母”であるタマキ殿にお目にかかれるとは光栄でございます。おかげで民が飢えることは無くなったと……そうか! 今回の事故の原因がわかりました!」


 突如、ブルーノが驚嘆の声を上げた。

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