勇者レポート3. 組手の訓練


 1限目は組手の訓練だ。

 運動着に着替えた俺達は地下の訓練施設に集まっていた。


「今日こそはお前に勝ってやる……!

 俺は休みの間特訓してきたんだぜ」


「無理だジーク、お前じゃ僕には勝てない」


 組手は基本1対1で行う。

 ペアになって組みあう訓練だ


 ちなみに組手の成績トップはアルベルトだ。

 アルは組手に関しては断トツと言って良いほどに強い。

 2位はジークだが、ジークがアルに勝ったのは一度も見たことが無い。


 今も1位と2位の組手を見学しようと、男子生徒が周囲に集まっていた。


「やってみなきゃわかんねえだろ! うらあ!」


 ジークの方から仕掛けた。

 容赦の無い上段蹴り。


「フン、相変わらず軌道が単純だな」


 アルはそれを軽くいなしてジャージのえりを掴みにかかった。


「甘えっ!」

「む!」


 ジークはそれを見越していたかのように、右足の遠心力を使って回し蹴りを放って見せた。

 一見軸足が不安定に見えるがきちんと重心が乗っている。

 ――うまい。


「無駄だと言っているだろ」


 だが、アルは平然とその蹴りを片手で受け止めた。


「まだだぁ!!」

「何っ!」


 「おお!」と見物客から歓声が上がる。

 ジークは片足を掴まれているにも関わらず、もう片方の足で蹴りを放ってみせたのだ。

 地面に手を付けて、ぐるん!とねじるようにアルを蹴り上げる。

 アルは咄嗟に掴んでいた手を放して、それを受け止めようとする――が、受け止め切れずに衝撃を食らい数歩後退していた。


 見た事も無い変則的な身捌きだ。

 一歩目で蹴りと見せかけて前進、二歩目で攻撃。

 宙をかけ昇るような二連ハイキック

 ジークはそのまま、空中で脚を蹴りだしたフォロースルーに身を任せ、身をひねりながら着地した。

 それが三歩目。

 駆け抜けてゆく四歩目で間合いを離しながら、再び宙で舞うようにひらりと反転した。

 


「くっ!」


 珍しくアルが苦戦しているように見える。

 特訓してきたというのは本当みたいだな。


「おーっ! あのアルベルトがジークに押されてるぞ!」

「いいぞー! ジーク!」


 ジークに声援が飛ぶ。

 いつも負けている方を応援したくなるのが人情だが、それだけじゃないだろうな。

 アルはぶっちゃけ嫌われている。


「その動き、本で見たことがある。

 サバット……いや――カポエイラだな?」

「へえ、流石、よく知っているな」


「……なるほど、それが特訓の成果という訳か」


 アルが構えを変えた。

 半身を引き、拳を軽く握って顔の横に構えている。

 今まで見たことが無い構えだ。


「だが、分かったところで対応しようがねえのさ!」


 ブンっ!と風切り音が聞こえてきそうな勢いでジークが蹴りを放つ。

 しかし、アルは容易くそれを払った。


「ぅらあ!」


 息も吐かせぬ間にジークの追撃。

 この攻撃の連続性こそがこの戦法の強みなのだろう。

 動作に区切りが無い。

 ジークのステップは単純なルーティンワークみたいに規則正しく見えるのに、いざ手を出そうとすると、でたらめな即興演奏のように捉えどころがない。


 ――だが、


「フン!」


 二度同じ攻撃が通用する相手ではなかった。

 ジークの蹴りの衝撃をアルの拳で相殺される。

 

「痛ってえ!」


 アルの拳はジークの脛部分にもろに入っていた。

 あれは骨に響くだろう。


 そこからの攻防は一瞬で片が付いた。

 ジークの連続する攻撃を1手2手と冷静に対応したアル。

 間合いを詰めさせまいとするジークの蹴りを呆気なくいなして、わずかな隙をついて拳を腹部に叩きこんだ。


「ぐふっ……!」


 ――決まった。

 ジークはオフェンス主体であるが故に防御がおろそかになっていた。

 単純に冷静に受け切ったアルの技量が上回っていたのだ。

 ジークは膝をついた。

 勝負ありだ。


 それを見て「結局アルベルトが勝ったか……」と周りの生徒が白けていた。

 

「……やりますね、ブランシュさん」


 いつの間にか隣にいたクライヴが言った。

 ……こいつ、気配消してやがるな。


「まあ、あいつの家は武術の道場らしいからな」

「なるほど、それでですか。

 どうりで型がしっかりしてる訳だ」


 クライヴは感心したように頷いている。


「勇者のお前ならアルに勝てるんじゃないか?」

「……いやー、どうっすかねぇ。

オレは組合の中でも体術は苦手な方なんで」


 苦手、か。

 勝てないとは言わないところを見るに、それなりに自身はあるのだろうな。


 俺がクライヴと話していると――、


「ちょっとー、そんなところで突っ立ってないであたしと組みましょうよぅ、カイルちゃん」


 ――いきなり背後から抱きつかれた。


「あらやだ、意外と良い筋肉してるわ」


 そのまま胸筋のあたりをまさぐられる。

 

「やめろクロマティ」


 無理やり太い腕を引っぺがすと、そいつは「うふふ」と野太い声で笑っていた。


「もぅ、クロマティなんて素っ気ない呼び方ね。

 クロちゃんって呼んでいいのよ?」


 褐色の肌に筋骨隆々のこの男はCromartieクロマティ Barringtonバリントン

 体術ではジークに次ぐ実力を持つ男だ。

 口調は女っぽいが誰がどう見ても男だ。


「悪いな、俺はここにいるクライヴと組む約束をしている」

「ぇ……」


「あら、そうなの?

 あなたは……編入生の勇者ちゃんね。

 あたしのカイルちゃんを取るなんて、なかなかかわいいBOYじゃないの」


 そう言ってクロマティはクライヴの全身を見て舌なめずりをしている。


「……ぇー、あー……」


 その様子を見て流石の勇者も戦慄した様子だった。

 俺も最初に見たときは鳥肌が立ったからな。


「こいつはクロマティ、単純な腕力ならこいつに勝てる奴はいない。

 男の中の男だ」


「もぅ、やめてよカイルちゃんったら!

 あたしは女の中の女よ、失礼しちゃうわね」


 言いながらクネクネと気持ち悪い動きをするクロマティ。


「……ぁ、どうも。

 クライヴです、よろしくお願いします」


 目を合わせず挨拶するクライヴ。


「あら、意外とシャイな子ね!

 うふふ、あなたもかわいがってあげるわ」


 そう言ってクロマティは握手する腕を無理やり引き寄せ、クライヴを抱きしめた。

 耳元で「cute boy……」と囁いていた。


 うわあ……。


 そして、抱擁から逃れたクライヴはぶつぶつと何か喋っていた。


「クロマティ・バリントン――資料のイメージとは全く違う……。

これほどの絶望のオーラを纏う男とは……。

 まさか、こいつが魔王か……!」


 うん、俺もクロマティが魔王なら納得する。


「ふーむ、困っちゃったわぁ。

 いつもあたしの欲望を処理してくれるカイルちゃんが既に先約済みだなんて。

 もぅ、あたしというものがありながら浮気しちゃって!」

「おいオカマてめえ、勘違いされるような言い方やめろ殺すぞ」

「うふ、カイルちゃんったら照れちゃってもう。

 あたしの破壊衝動を受け止めてくれるのはカイルちゃんしかいないのよ♡」


 クロマティはこう見えて超が付くほどのサディストだ。

 ……ドSってやつだ。

 だから誰もこいつとは組みたがらない。

 こいつは、組手の訓練でも容赦なく急所を狙ってくるのだ。


 そして何故か、なし崩し的に俺がいつも相手をさせられる。

 体が頑丈だからという理由で、俺はこのオカマに気に入られてしまっているのだ。


「んもぅ、困ったわぁ。

 不思議なことに誰もあたしと組みたがらないのよねぇ……」


 クロマティは頬に手を添えて渋い顔をしている。

 周りの男子生徒の体つきを物色している様子だ。

 サッー!と周囲の生徒が離れていった。


「あ、クロマティさん、オレは見学してるんでカイルさんをどうぞ」


 クライヴが挙手と共に提案する。


「……おい」


Good jobグッジョォブ……!」


 振り返ったクロマティはbとサムズアップしてねっとりした声と視線で俺を見ていた。


 ――どうしてこうなった。


---


 ――ポキ、と骨が軋む音がする。

 クロマティが太い首を捻った音だ。

 

 目の前の褐色の筋肉オカマの背後から、ゴゴゴゴと効果音が聞こえてきそうだ。

 戦闘モードに入るとクロマティの目つきは、俺を獲物でも見るかのような視線に変わる。


「フー……、春休みの間リビドーがたっぷり溜まっちゃってたのよねぇ。

 会いたかったわ、カイルちゃん♡」

「何言ってるかわかんねえな……」


 俺はせめて骨が折れないことを祈りながら、適当に授業で習った構えを取った。


「不思議ねぇ。

こうしてカイルちゃんの前に立つとなんだかぞくぞくしちゃうの♡」

「……俺は違う意味でお前にぞくぞくするよ」


 すたすたとクロマティが距離を詰めてくる。

 俺は一歩も動かない。


「……」


 クライヴは俺達の組手を離れた場所から観察するように眺めていた。

 野郎、呑気にしやがって。

 ……そもそもあいつが俺を生贄に捧げるような真似をしなければ、俺はこんな奴とやりあう必要は無かったのに。


「Hey! なによそ見してるのよカイルちゃん!」


 ――クロマティが一気に間合いを詰めてきた。 

 太く長い脚は一歩が深い。

 しかし、突きこんできた右腕の軌道は馬鹿正直に真正面だ。


「……」


 俺は左足を軸に半身を引いた。

――ブオン!

 速く重い突きが空気を切ってかすめてゆく。

 コンマ1秒で通過する烈風をさらに細切れの世界に落とし込む――


――ここだ。

 クロマティの肘が伸び切るわずか一瞬前。

 そのタイミングにかち合わせて、俺はひねった上体を戻す反動に、右拳を乗せて走らせた。


Waoワオ!」


 重くは無いが緻密に絞ったフックがクロマティの腹部を捉えた。

 

――が、


「あら、今日のカイルちゃんは珍しくやる気みたいね!

 嬉しいわぁ!」


 クロマティの鍛え上げられた筋肉の鎧には、ダメージが通らなかった。

 今のでひるんでもくれないとなると、俺の持ちうる攻撃でこいつに致命的な一撃を与えることはできないだろう。

 実力差は明白だった。


Greatグレイトォ! やっぱりあなたには何かを感じるわ!」

「はぁ……」


 見るからにボルテージが上がっているクロマティに反して、俺のやる気はどんどん下がっていった。

 実戦向きじゃねえなあ、俺。


Shake it up, babyシェケナベイベェッ!」

「うおっ」


 ぼーっとして油断していた俺の腹に、鉄球クレーンみたいな一撃がぶちこまれた。

 軽く小ぶりなフックに見えたがどうでもいい。

 内蔵をしぼられるような衝撃に頭が一瞬真っ白になる。

 俺は体が折れ曲がりそうになるのをなんとか堪え、苦し紛れに放った牽制のジャブを見せて敵を下がらせた。


「HAHA! いいわあ、あなたの体、最ッ高よ!

 打ちごたえがあるっていうのかしらねえ!」


 クロマティのサドっ気が露骨に表れ始めた。

 殺気は感じられないが、かえってそういうやつこそ悪意無く昆虫の頭をねじ切る子供のような残虐性があるものだ。


 俺はいつギブアップしようかなー、と考えつつよろよろと構え直した。

 左のこぶしを前に伸ばし、右をことさらに大きく引いて弓をしぼるように構える。

 全体重を乗せてぶん殴れば、少しはダメージを見込めるだろうと考えての態勢。


「カイルちゃん、まだまだこれからよぉっ!」


 突っ込んできたクロマティに引き絞った右ストレートを放つ。

 しかし、呆気なくひょいとかわされ、ふところへ潜りこまれた。


――ガンガン、ガン、ガンガン、ガン!

 

 拳のラッシュが振りかかった。

 単発が中心で単純な攻撃だ。

 たまにコンビネーションが混じっても、せいぜい二連打。

 ――しかし、一発が恐ろしく重い。

 生半可なガードなど容易く吹き飛ばされる。

 うまく防いでも、鉄パイプを受け止めたみたいに衝撃が骨までみる。

 クロマティは見た目通りの馬鹿力のパワーファイターだ。


「ヒャアオッ!」


 脇を締めた掌打はしっかりと腰のひねりが入っていて強烈無比。

 間合いも俺より長い。


「くっ」


 ラッシュに耐えかねた俺は、前のめりになりながらなんとか右足をクロマティの膝下に叩きつけた。

 手応えの薄い中途半端なロー。

 当然ダメージは入らない。

 おまけに、そのせいで俺は態勢を崩した。

 

「あらぁ、Bad moveバッドムーヴ……!」


 よろめいた俺の目の前で、クロマティの膝が浮き上がった。

――重い一撃が来る。

 だが、見切ることは出来ても傾く体に制動が効かない。


「せい!♡」

「ぐほぁ……!」


 腹に膝が直撃。

 内臓が圧迫されて息が漏れた。

 体の真ん中が鈍く痺れて力が抜けていく。


 地面に膝を付く俺を見て、クロマティは恍惚こうこつとした表情を浮かべていた。


「Year!」


 そして止まらないと言うかのように、また拳を振り上げる。


「ストップ、勝負ありです」


 が、最後の一撃をクライヴが止めた。

 目にも止まらぬ素早い動きで、クロマティの腕を掴んでいた。


「あら、失礼。

 あたしとしたことが、また我を忘れちゃってたわ。

 もう、溜まっちゃっててごめんなさいね♡」


「チッ、オカマてめえ、ちっとは手加減ってもんをだな……」

「……いやあ、なんだかカイルちゃんを前にすると、気を抜けないような気がするのよねぇ。

 だからつい本気で打ちこんじゃうわ。 何でかしら?」

「そんなもん俺に聞かれても知らねえっつの」


 俺は腹を押さえつつ悪態をついた。

 

「……大丈夫ですか、カイルさん?」

「大丈夫じゃねえよ。

 そもそもお前が俺を売らなければこんなことになってねえんだぞ」

「あれ? 思ったよりも平気そうですね。

 さっきのはしばらく起き上がれなくてもおかしくない一撃だったはずですが……」

「ああ、今にもぶっ倒れそうなのを気合で堪えてるんだよ」

「……気合でどうにかなるレベルを超えている気がしますが」


 クライヴは俺の体を怪しむように見ている。

 ――こいつの観察眼を舐めちゃいけないな。

 

「安心して、カイルは体の頑丈さだけが取り柄のような人間だから」


 女子グループにいるはずのリーゼが、いつの間にか近くに来ていた。

 リーゼは魔石が取り付けられた杖を片手に持っている。

 

「……カイルさんの体は頑丈なんですか?」

「そうよ。

 カイルはいつもボコボコにやられてるのにピンピンしてるんだから。

 強がりなだけかもしれないけどね」

「へえ……」


 クライヴは顎に手をやっている。


「女子は向こうだろ?

 いいのかこっちに来て」

「いいのよ。

 白魔術師は負傷した生徒の治療をしてやれって先生が言ってたの」


 なるほど。

 それで杖を持っている訳か。

 リーゼはこの学校でも数少ない白魔術師だ。

 治療役に回っているってことか。


「ほら、お腹見せて。

 治療するから」

「いや、いい」


 俺が断るとリーゼはむっとした顔をする。


「いいって、何でよ?

 私が見たところカイルが一番重症よ?」

「そんなに痛くねえから」

「そんな訳ないでしょ!

 クロマティの膝もろに食らってたじゃない」


「実はお腹を見られるのが恥ずかしいんだ」

「馬鹿言ってないで見せなさい!」


 リーゼは俺の上着を無理やり脱がしにきた。


「いやあ!」

「気持ち悪い声出すな!」


 運動着をぺらっとめくられる。


「あれ……?」


 リーゼは俺の腹部を見て困惑の表情を浮かべた。


「うそ……痣一つ無いなんて」


 細くて白い指で腹をぺたぺた触られる。

 くすぐったい。


「奇跡ね……骨も無事みたいだし、内出血も見られないわ……」


 リーゼはぺたぺたと触り続ける。

 時々撫でたりしている。

 症状を見てるのだろうが触りすぎではないだろうか。


「……カイルの癖に意外とたくましい筋肉してるのね。

 ……ハァ、なんか、硬くて大きい、筋肉の塊が」


 ぺたぺた。

 さすさす。


「あの、リーゼさん」

「何かしら?」


 リーゼは真顔で俺を見上げた。

その間もぺたぺたと触られ続ける。


「患部の診断が済んだならそろそろ白魔術をかけてくれないか」

「……それもそうね」


 リーゼはようやく俺の腹から手を離した。

 名残り惜しそうにしているように見える。

 ……こいつは腹筋フェチか何かか?


「外傷は少ないみたいだけど、一応 《治癒ヒール》 はかけておくわ」


 リーゼはそう言って杖を俺の腹部に向けた。


「かの者に癒しを与えん――治癒ヒール


 俺の腹部がわずかに青白く光った。

 暖かい空気で覆われている。

 わずかにあった痛みがふっと抜けていく。


「助かる」

「別に、お礼はいいわ。

 先生に頼まれてやってることだし」


 素っ気なくリーゼは言った。

 こいつには白魔術師としての使命感があるのだろう。


「リーゼロッテさん、アーニャちゃんが怪我しちゃったみたいなの!」

「はーい! 今いくわ」


 クラス委員長のアリシアがリーゼを呼びに来た。

 リーゼは再び女子グループに戻っていった。


「……驚きましたね。

 あの膝蹴りをもろに食らってその程度の傷で済むとは」

「たまたま打ちどころが良かったんだな」

「……なるほど、よく鍛えてあるみたいですね」


 クライヴは前髪に隠された鋭い瞳で俺を見ていた。

 何と答えようか考えていると、誰かが俺の肩に手を回して来た。


「いやあ、リーゼちゃんってかわいいよなあ!

 カイルっちもそう思うっしょ?」


 特徴的なドレッドヘアー。

 Barryバリーか。


「まあ、見た目だけはな」

「ありゃ中身もいい女っしょー!

 俺っちなんかさっき、突き指しただけなのに治してもらっちったよ。

 まさに白衣の天使って感じー?」

「白衣なんか着てねえけどな」

「ぶひゃひゃ! それ言えてる! カイルっちウケるわ!」

「うけねえよ」

「いやー、カイルっち相変わらずツッコミ冷えてるわぁー!

 マジシベリア人も凍えるっての!」


 バリーは何が面白いのかゲラゲラ笑っている。

 大丈夫かこいつ。



「うぃーっしゅ! 何面白そうな話してんすかー!

 ちょっとちょっとぉー、俺も混ぜてくださいよー」


 今度はピンク髪ロン毛のギャル男が寄ってきた。

 こっちはDanダンだ。


「なんかさー、カイルっちがリーゼちゃんマジマブくねって話してきてさー」

「してねえしてねえ。テメさらっと俺が言った事にしてんじゃねえよ」

「あルぇ~、カイルクン、リーゼちゃんに矢印向いてる系っすか~?

 それパねぇウケるっすわ!」

「うけねえっつってんだろ」


 俺はダンのケツに蹴りをかました。


「ちょーちょー、カイルクンマジ容赦ねえっす!

 この人成績悪い癖にこういう時だけ凄い威力の蹴りかましてくんすから!」

「ぶひゃひゃ! カイルっちケツにツッコむ時だけ本気って、そりゃクロマティに気に入られますわな!」

「したら俺、ア〇ル童貞カイルクンに奪われちったじゃないっすか!

 どうしてくれんすかカイルクン!」

「ぶひゃひゃひゃひゃ!」

「お前ら相変わらずクソうぜえな」


 ダンとバリーは『あひゃ』とか『ぶひゃ』とか言いつつ爆笑している。

 ……こいつらは何かアッパー系のドラッグでもキメてるんじゃないだろうか。


「あらあら、あたしの名前が聞こえた気がしたけど呼んだかしら?」

「呼んでねえ、呼んでねえから帰れ。森の故郷へ帰れ」

「んもぅ、相変わらず冷たい男ね。

 でもそんなところもス・テ・キ♡」


 クロマティは俺に向かって投げキッス。

 俺はそれを手で払った。


「うはwwwwお前ら授業中なのに騒ぎすぎ自重しろwww

 ってどう見ても拙者も同類です本当にありがとうございましたwww

 ガイアが俺にもっと輝けと囁いているwwwぷふぅっwww

 フヒヒwwサーセンwww」

「お、ピートっちきたー」

「うわー、ピートクン相変わらずテッカテカでウケるわー」

「Oh……。 ナンセンス」


 クロマティにピートまで加わって地獄絵図みたいになっている。


「お前ら俺の周りに集まるな。

散れ、散れ。

 どいつもこいつもキャラが濃くてうっとおしいんだよ、バランス考えろ」


 俺はしっしと離れろのポーズ。


「ちょwwカイル氏辛辣でワロタwww

 そんなことよりカイル氏がディーゼル女史を攻略する件についてkwskwww

 詳細キボンヌわっふるわっふるwwww」


 ピートは声が甲高い上にところどころで自分の言葉に噴き出す癖がある。

汗と唾が飛んでくるだけで何を言っているか分からない。


「あらぁ、カイルちゃんの恋バナなんてあたしも興味あるわね。

 全く、あたしというものがありながら罪な男ね」


 俺はもうツッコむのも面倒になってきたので無視した。


「カイルさんは友達が多いんすね……。

 羨ましいです……」


 クライヴが言った。


「……友達に見えるか?」

「ええ、とても」

「こんなゲテモノグループと同類に見られたくはねえな……」


 ダン(ギャル男)とバリー(レゲエ系)とピート(オタク)とクロマティ(オカマ)。

 こいつらはクラス内でも飛び切り変人枠だ。

 周囲から見たら俺もこいつらと同じカテゴリにラベリングされているのかもしれないが……。


「お、勇者様ちーっす!

 俺ダンっていいまッス。

 しくよろピョーン!」

YAH MANヤーマン~。

 俺っちはバリー」

「ぁ、どうもクライヴです」


 クライヴに気づいたダンを皮切りに各々が軽く自己紹介をすませる。

 俺はそれを黙って見ていた。


「ところで、ブラっちは目ぼしい女子とか見っけたかい?

 うちのクラスの女子は中々にハイレベルだと思うんだよネ~?」

「ブラっち……?」


 ブラッドフォードだからブラっちらしい。

 バリーらしい気安いネーミングだ。


「いいねいいね~。

 ちゃけば誰が好みか言っちゃいましょうクライヴクン!」


 何故か妙に癪に障るクン付けをするのはダンの方だ。


「はぁ……まあ、気になる存在は何人かいますが」

「おー、その心は?」

「今気になるのは……そこにいるカイルさんと、さっき戦っていたブランシュさんですね」

「ファッ!?」


 いち早く反応したのはクロマティだった。


「ちょーちょー、モーホー発言きましたー!

 何々、そんな怪しい三角関係だったんスかあんたら!」

「ちょっwwクライヴ自重wwww。

 やらないか? な関係ktkrwww アッー! ヴォースゲーwwww」


「いえ、そういう意味ではありませんが……。

 単純に知的好奇心から、二人に興味があるというだけです」


 クライヴはすぐに付け加えて訂正した。

 俺を巻き込むのはやめて欲しい。


「フフ、いいのよ。

 辛い立場でしょうけど、あなたを理解してくれる人はきっと現れるわ。

 困ったことがあったら何でも相談してちょうだいね♡」

「え、はぁ……」


 クロマティは今まで見た事が無いくらい優しい顔立ちになっていた。


「安心してちょうだい、あたしはノンケ専門だから」

「え……」


 そう言ってクロマティはクライヴの手を優しく握った。


「尚更タチ悪ぃじゃねえか……」

「んもぅ、嫉妬しなくていいのよカイルちゃん。

 あたしの本命はあなただから♡」


 クロマティにパチッとウィンクされて俺は舌打ちで返した。


「じゃあ女子では誰かいないんかい?

 ちなみに俺っちは委員長がかなりキテると思うんだよネ~。

 ほら、見てみぃ。

 ちょうどあっちで稽古してるゼ」


 委員長とはAliciaアリシアBaker《ベイカー》の事だ。

 水色の髪をサイドで留めている。

 女子グループの方を見ると見知った5人が組手の訓練をしているところだった。


「いやー、ちょっと委員長は貧乳すぎるっしょ!

俺は断然シェリルさん派っすわ

うおおお、揺れてる!」


 SherylシェリルWray レイは男子からの人気が最も高い生徒だ。

 桜色のロングヘアと抜群のスタイルで数多の男子を虜にしている。

 だが俺は知っている。

あいつはあんな見た目だが中身は超が付くほどの腹黒だ。


「実は拙者、入学当初ラナ・クルック氏に話しかけた事がありましてなww。

 キホンあんまり、自分から三次元の女子に話しかけたりしないんですけどw

あの時はちょっ、オイ待て自分wみたいなぷふっwwww」

「あー、ピートっち女子苦手だもんネ~」


「うは、苦手とかバリー氏テラヒドスwww

 いや別に拙者、女と話すのが苦手とか緊張するとかそんなんじゃなくてw

 いや、だってリアルの女ってあいつら厚みあるんですよwww

 ぷふっw現実イラネ」

「でもラナちゃんは好きってことっすか?」

「クルック氏は俺たちホイホイと言わざるを得ないwwww

 たまに挨拶とかされると俺ハジマタ! っていうか本編キタコレ! とか思いますよねwww

 だって彼女拙者みたいなキモオタ喪男に『おはよう』とか言ってくれるんですよwww

 うはwww み・な・ぎ・っ・て・き・た! みたいなwwww

 ラナ・クルック氏が女神すぎる件についてwwww」


 LanaラナCrookクルックはボサボサの髪の小柄な女だ。

 容姿は良いが色気は全く無い。

 休み時間はいつも携帯ゲームで遊んでいるような奴だ。

 雰囲気はクライヴに近いかもしれない。

 案の定今も訓練をサボって隅っこの方にいた。


「っていうか、カイル氏はクルック氏のこと下の名前で呼び捨てですよねwww

 仲良さそうにしてるけど、何でなんだぜ?www」

「え、それ質問か?

 ……まあ、あいつはアパートが同じってだけだ」


「同じアパートwwwwクルック氏の私生活が明かされると聞いて飛んできましたwww

 うpマダー! ウプレカス! むしろzipでくれwwwみたいなwww」

「ああ、そうだな」


 ピートは時々何を言っているか分からない。

 だからそういう時、俺はいつも適当に相槌を打っている。


「じゃあ、カイルさんは誰が好みなんですか?」


 最後にクライヴが聞いてきた。

 余計な一言だ。


「そーそー、それバリ気になるっすわ!

 カイルクンの本命はリーゼちゃんとアーニャどっちなんよ?」

「あ? リーゼはともかく何でアーニャまで出てくるんだよ」


「いやだってネエ?

 あんたらいつも絡んでる仲良しじゃないっすか!」


 仲良しか……。

 確かにはたから見ればそうなるか。

 そもそも何であいつは俺にあんなに絡んでくるんだろうか。


「ニャーハッハッハ!

 魔王アーニャ様の名が聞こえた気がしたけど呼んだかしらカイル・グレイス!」


 ……噂をすればなんとやらだ。

 何でこう変なのばっかり集まってくるんだろうな。


「呼んでねえって。

 お前は白魔術師医療係じゃねえだろ。

 怒られる前に戻っとけ」


「フン!

 またそうやって勝負から逃げるつもりね!

 魔王にふさわしいのはどちらか組手で決めようじゃない!」


 俺の周りにいた男どもは「あー、いつものね」なんて言いつつ散っていった。

 だが、一人だけアーニャに向かってズンズン歩いてく奴がいた。

 ――クライヴだ。


「な、なによ!

 あんた誰!」


 向かってくるクライヴを見てビクッと委縮するアーニャ。

 よえー。 魔王アーニャよえー。


「……死にたくなければ魔王をかたるのはやめた方が良い」


 クライヴは普段の覇気の無い声とは真逆の、脅すような口調で言った。

 アーニャはビクビクしている。


「アーニャ・オーギュスタン、あなたが半魔であることは知っている。

 これ以上魔王を名乗るなら組合から処罰されかねない。

 もし魔王に憧れているのなら今すぐ考えを改めるべきだ。

 魔王は人を平気で殺す悪しき存在だ」


 畳み掛けるような口調。

 魔王という言葉を発する時、こいつは語気を強める。


「フン!

 そんなこと私にとってはどうだっていいわ!

 誰だか知らないけど気安く話しかけないでよね!」


 一方委縮していたアーニャも、魔王を悪だと言ったクライヴに対しムッとした顔で言い返していた。

 



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《PRPFILE》


【王立魔術師養成学校 1年次試験 生徒評価】


 リーゼロッテ・ディーゼル【女】


 魔術適正【白】

 志望兵種【魔術医師】

 身体能力D 知性B+ 剣術D 洞察力B+ 魔力B 魔術B 体術D


 総評B

 希少性の高い【白】の魔術適性を持っている。

 身体能力は低いものの、魔術に関する知識と技量は生徒の平均値を上回っている。

 魔力量も充分にあり、魔術医師として必要な魔術は既にほぼ習得済みであると思われる。

 協調性も高く、魔術医師として必要な性格的資質も併せ持っている。

 将来的には、額面上の成績以上の活躍が期待できるのではないだろうか。






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魔王を見つけたら勇者組合までご連絡ください。 池田あきふみ @akihumiikeda

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