第23話 終焉

 亡霊部隊と対峙した場所から近過ぎず離れ過ぎず――身を隠したのは港にある第三倉庫。逃亡した時の決戦場としては一番ベタな場所だろう。今はそこに部隊やら様々な組織が集結し始めている。


 それとは別に、情報屋からの連絡も入った。


 どうやら日本全国から警察のSATやSIT、自衛隊の各部隊が都心へと集結しているらしい、と。


 政府が何を考えているのかはわからないが、その行動のおかげで目的を達成しやすくなったのも事実だ。


 そして、その日本全国を巻き込んだ作戦が行われている中――通常では厳重警備のビルの一室で、長官が件の作戦の指揮を執っていた。


「――ああ、そうだ。別から掘るのが無理なら爆破しても構わん。とにかく中にあるものは傷付けるな。……何があるのかわからない? そのために数を集めたんだ。何人死のうがこちらで処理する。好きに使え。ああ……ああ、わかっている。現場のことはお前に任せる。ふっ――ああ、もう一つの作戦は順調に進行している。問題は何も無い。そちらに何かがあっても、こっちは上手くいく。じゃあ、任せたぞ」


「上手くいく? 本当に?」


 長官が電話を切った直後に部屋の陰から姿を現すと、一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、すぐに素知らぬ顔をしてデスクの椅子に腰を下ろした。


「ああ……ああ、上手くいっているさ。何故ならお前がここに居る。お前と、件の少女がな」


 その言葉に俺のすぐ後ろで隠れていたイリアが姿を現した。


「件の少女、か。名前はイリア=フィニクスだ。なんの罪もない、ただの少女。わかるか?」


「ただの少女ね。ああ、わかるよ。それで――なんの用で来た?」


 倉庫に隠れているという偽情報すらも、全てを把握して理解しているような態度

で静かに溜め息でも吐くように言った長官は椅子の背凭れに体を預けた。


「来た理由がわからないはずがないだろう。状況を好転させるために来た」


「好転? 誰にとってだ?」


「イリアと、俺にとってだ」


「イリアと俺、か。すっかり裏切者が板に付いたようだな」


 裏切者かどうかは、どちら側から見るかによって変わる。俺からすれば目が覚めただけなのだが、それを言ったところで理解はされまい。


「とりあえず用件だけは伝えさせてもらう。あんたが利用しようとしている洞窟内の熱源についてだが――あれは、ドラゴンだ」


「……なに?」


 怪訝な顔を向けてきたが、構わずに話を続ける。


「でだ。あんたはそのドラゴンを操るためにイリアを保護――という名目で利用しようとしていたわけだが、残念ながらもうこの少女にドラゴンと意志を通わせるだけの信頼は無い。つまり、保護しようが拉致して脅そうが、何をしたってドラゴンを飼い慣らすことは出来ないってことだ。だから、いい加減に諦めてもらえると助かる。具体的に言えば、保護命令を取り下げてもらいたい。ついでに俺のコードグレーも」


 本音を言えばイリアの保護命令だけを解いてもらえれば俺のほうはどうとでもなるのだが、心理的な駆け引きも試す価値があると思った。とはいえ、予想が正しければそんなものは無意味なのだが。


「ふっ――ドラゴン……ドラゴンか」


 長官は薄ら笑いを浮かべながら呟くと、徐にデスクの引き出しを開いた。拳銃でも出すのかと思いきや、取り出したのは一つの木箱で、その中から一本の葉巻を出すと慣れた手付きで葉巻カッターを使い、マッチで火を点けた。


「……ふぅ~……なるほど。ドラゴンか。それはまた願ったり叶ったりじゃないか。それが真実ならば、世界中の空を日本が支配することになる。仮に嘘だったとしても――そんな戯言のような嘘を吐かなければならないほどのものが、そこに埋まっているということになる。私としてはどちらであろうとも構わないよ」


 どちらに転ぼうとも、か。一番厄介なパターンだ。これならば激昂して銃口を向けられるほうが幾分もマシだ。


「つまり、諦めてはくれないわけだな?」


「当然だな。元より生物でなくとも構わないのだ。あれだけの熱量がエネルギー物質だとすれば、それはそれで利用価値がある」


 こちらとしても初めから話が通じる相手だとは思っていない。だとしても、これは少し思考が偏り過ぎな気もするが、言ってしまえば長官はタカ派であって、常に戦争も辞さない考えの持ち主だ。なんであろうと利用できるものがあれば喜んで使うだろう。


 それなら、俺の取る手は一つしかない。こちらも、武器に頼るんだ。


「あまり気は進まないんだが、ここまで来ては仕方がない。手ぶらで帰るわけにはいかないし、保険も必要だ」


 言いながら銃口を向けたのだが、長官は意にも介さず葉巻を楽しんでいる。


「ふぅ……銃まで出てきては、もはやお願いとは言えないな。この――恩知らずが! お前をそこまで育てたのは誰だと思っている!? 一時の感情に振り回せれおって……もっと現実を見ろ! お前は――お前らはただの私の言うことにだけ従っていればいいのだ!」


 突然の怒号に、イリアは俺の後ろに隠れて服の裾を掴んできた。


「はっ、育てた? ふざけるなよ。あんたはただ俺たちを人殺しの道具にしたかっただけだろ! 恩など一つもありはしない。むしろ、今の俺にあるのは恨みだけだ。こんな風に俺を育てた、あんたへのな」


「そうだ。その通りだよ。私はお前らを殺人マシーンへと育て上げた。だが、考えてみろ。お前に――お前らの部隊にそれ以外の道があったと思うのか? むしろ感謝してもらいたいくらいだ。人殺しの道具として仕上げられ、そうでもしなければただのゴミだったお前らを利用できる道具にまで作り上げてやったんだぞ! その恩を仇で返すのか!?」


 むしろ正当な道へと引き戻そうとしているのだから、この行動は恩だと俺自身は信じている。


「……あんたの言う通り、俺たちは人殺しの道具だ。引鉄を握られた銃が、俺たちだ。だが、その武器は意志を持った。なんのために殺すのかという疑問を持った。そのときに、もうあんたの手からは離れたんだ。だから――だから、今は引鉄を引く理由が欲しい」


「理由? 簡単なことだ。私の命令だから、だよ」


 わかっていながらも、そう答えるのはまだ自分が優位に立っていると思っているからだろう。いや、事実そうなのだが。


「俺が知る限りでは、イリアを利用できないことがわかり、それでも、もし仮にドラゴンを手懐けることができたとすれば――いや、できなかったとしても自らに牙をむく可能性があるのなら、俺たちにイリアのことを殺すように命令するだろう。あんたは、そういう奴だ」


「ふん――知ったことを」


 長官は口角を上げて、葉巻の煙を燻らせる。


「いや、知っているさ。俺だけじゃなく、部隊の連中も全員があんたのことを知っている。あんたは、なんの罪もない少女を俺たちに殺させるつもりだったんだ」


 眉を顰めながら言うと、長官は銜えていた葉巻をデスクの上に力強く揉み消した。


「罪がない? 罪がないと言ったのか? 今、この日本は世界に対抗し得るほどのモノを手に入れようとしているのだぞ!? それを可能に出来る鍵を持っているはずなのに手を貸さないのは罪だ! 国のために自らができることを放棄するなど愚の骨頂! それを罪と言わずに何と言うのだ!」


「違うだろ。それは国の望みでは無く、あんたの望みだ。しかも、酷く独善的で身勝手で自己中心的な考えだ。たしかにこれまではあんたのやり方に賛同してきた。非合法とはいえ、殺してきたのは全員悪人だったからだ。だが、今回は違う。あんたは自分の主義を通そうと――おもちゃ屋の前で泣き叫ぶクソガキと同じだ。だから、俺はもうあんたに従わない」


 相も変わらず握った銃の先を向けているにも拘らず、長官は動じることなく笑みを浮かべている。


「そうか。なら、殺せばいい。ここで、私を殺せ。そうすれば一時の平和は訪れるだろう。だが、すぐに部隊がお前たちを見つけ出す。そして、殺す。あらゆる手段を使い苦痛を味合わせ後悔の中で死んでいくと良い。お前なら知っているだろう? 冬島隊長なら必ずそうするはずだ。さぁ――殺せ。さっさと殺せ!」


 元より、この拳銃に入っている弾で人を殺すことは出来ない。それに、ここで長官を殺しても今、起きていることを止めることはできないだろう。俺だけではな。


「……俺はあんたを殺さない。その代わりに意見を聞いてみよう。今の話を聞いてどう思った? 冬島、春雨、夏木、秋津」


 呼びかけると、部屋の四隅から気配を消していた四人が姿を現した。


「なっ――お前ら、いつからそこにいた!?」


「いつからも何も。長官、あんたが俺たちをこういう風に育て上げたんだ。驚くことはないだろう」


 明らかに驚いたような表情を見せた長官だったが、すぐに含みのある笑みを見せ、立ち上がった。


「いや、むしろ良いところに来た! さぁ、裏切者を殺せ! そして、少女を保護するんだ!」


 高らかに力強く腕を振り上げて命令をした長官だったが、四人は動かないでいた。


 ――迷い、悩み、考えている。


 それは少し前の俺を見ているようだった。とはいえ、決定的に違うのは俺の時には無かった明確な理由が、今はあるということだ。


「長官。たしかに俺一人ではあんたを止めることも、あんたがやろうとしていることを止めることもできない。だが、部隊でなら? 俺たち五人でなら大抵のことを可能になる。それを知っているのは、他でもないあんただろ」


「っ~……んの、クソ共がぁ!」


 怒りに任せて引っ繰り返されたデスクは、載っていた物と共に音を立てて崩れ落ちた。


 肩で息をしながら青筋を立てる長官に、今更恐れることはない――と、思っていたのだが、どうやら風向きが変わってきたらしい。


「当麻――当麻副隊長。悪いが俺はこっちに着く。理由は、わかるよな?」


「ああ、秋津。お前はそうすると思っていたよ。だが、もう争う理由はないだろう。お互いにやり合ったことは水に流そう」


「いや、そういう話じゃない。争う理由があるかどうかではなく、ただ、俺があんたを殺したいんだ。伝説の男をな!」


 その瞬間に銃口を向けられ引鉄を引かれる予想は付いていたから、間にあったテーブルを蹴り上げると、放たれた銃弾はテーブルへと当たり軌道を変えた。


「……さすがだな」


「お互いにな」


 イリアを一瞥してから、一度だけ深く溜め息ではない息を吐いた。


 ――状況は悪くない。悩んで動けない三人も、一人だけ俺を真っ向から殺そうとする秋津も想定内だ。このままいけば勝機はこちらにあるはずなのに、どうしてだか未だに不穏な空気が流れている。


「…………」


「…………」


 俺と秋津が睨み合う中で、ついに決意を固めた顔をした二人が動き出した。ゆっくりと銃を構えながら、俺の側へと立った。


「俺には当麻副隊長が撃てなかった。何度も撃つことができたのに、副隊長も少女のことも撃てなかった。だから、こっち側だ」


「俺は……少しムカついている。ただ人を殺したいという欲求だけで動いているお前にも、長官にもな。それに罪のない少女を殺すつもりもない。お前とは違うんだよ、秋津」


 春雨は当然として、不安要素だった夏木もこちら側についてくれた。


 あと一人だが、こればかりはわからない。


「……それで、どうするんだ隊長。いや――冬島。お前は、軍人なんだよな?」


「その通りだ。俺は軍人で、それ以上でも以下でもない。命令が正しいかどうかなど関係ないのだ。軍人として国に忠誠を誓った限り――俺は」


 俺たちに向かって隊長が銃を構えたことで、戦況ははっきりとした。


 先日の俺が部隊を倒した時とは違い、こうやって銃を手に向き合ってしまえば個々の実力の差など大した意味をなさない。強いて言えば接近戦に長けている俺と夏木はそれなりの対処ができるし、純粋に狙撃や銃撃が得意な春雨が有利ではあるが、おそらく隊長と秋津は躊躇いなく引鉄を引ける。ただそれだけで、五分五分とも言える。


 難しいのは、だ。向かい合った状態で、よく言う『先に動いたほうが負ける』など存在しないということだ。実際には、当たり前のように先に動いたほうが勝つ。しかし、人数差もあり、誰を狙うかによっても優劣はすぐに変わる。


 手っ取り早いのは長官を撃つことだ。指示を出す長官が倒れれば秋津は別として隊長が対立する理由は無くなる。だが、それはただの理屈で、理屈通りにいかないからこその軍人でもある。下手をすれば逆上する可能性もあるし、俺の行動を先読みされて、ただの撃ち合いになる可能性も――。


「どうする? 副長。前のように銃を無効化できれば俺と副長で二人を倒すこともできるんじゃないか?」


「いや、残念ながらガソリンがないんでな。その案は無しだ。……お前ら、隊長と秋津の装備は記憶しているか?」


「弾数ですか? この状況ではたとえ撃ち合いになったとしても撃ち尽くすまでのやり合いにはならないと思いますが」


「そりゃあそうだ。撃ち合いはごめん被りたい。俺が知りたいのはそれ以前の話だ。それによっては、そもそも銃なんて意味をなさな――」


 そこまで言い掛けたときに、秋津の手が動いたのを確認した。


 取り出されたのは――スタングレネードではない、普通の手榴弾だった。


「っ――伏せろ!」


 前に立っていた春雨と夏木の襟元を掴み高級革張りのソファーの後ろへと放り込み、部屋の中央に落ちた手榴弾を確認してから、俺はイリアを抱き締める様に手榴弾に背を向けた。


 ――――。


「っ!」


 破裂音。だが、いわゆる爆弾が爆発したような音では無く、プラスチックが破裂するような乾いた音だった。つまり、火薬ではなく飛び散った破片で周囲の人間を傷付けるのが目的の手榴弾だ。だからこそ、俺の取った対応は正しかった。たとえ、無数の破片が背中側に突き刺さっていようとも、筋肉どころか体も発達していない少女に傷一つ付けさせることをさせなかったのだから。


「……無事か?」


 胸に収まるイリアを見下ろしながら問い掛けると、何が起こったのかわからない瞳を揺らしながら何度か頷いて見せた。


「いやいや、マジか? 咄嗟の判断で副隊長以外無傷ってのは少し出来過ぎな気がするぞ? なぁ、おい!」


「やめろ、秋津!」


 倒れたデスクの陰で長官を守る隊長と、俺に銃を向ける秋津。その秋津に照準を合わせた春雨と夏木だったが、撃たないように手で指示を出した。


「…………はぁ」


 アドレナリンが出ているせいか痛みは少ないが――いや、ただ痛みに慣れているだけかもしれないが、意識ははっきりとしている。イリアの頭を一撫でして振り返ると、俺の眼を見た秋津が一瞬だけ怯んだようにたじろいだ。


「なんだよ……なんなんだよ、副隊長! なんで――なんで銃を手に取らない!? なんで、あの時に俺を殺さなかったんだ!  どうしてゴム弾なんて使ったんだ!?」


「……質問が多いな。だが、まぁ、全部に説明が付く答えが一つだけある。簡単な話だ。俺に、お前らを殺す意志は無い」


「ふっ――ざけるなよ! あんたから――いや、俺たちから殺しを取ったら何が残るんだ!?」


「さぁ、なんだろうな。慈愛、とかか?」


 その答えがお気に召さなかったのか、秋津の視線は俺に向いたまま銃口だけを左に向けて引鉄を引いた。


「ッ――ソがっ!」


「……無事か? 夏木」


「いってぇけど、肩を貫通しただけだ。問題ない」


 一般的には問題大ありだが、弾が貫通していて骨に異常がないのなら止血さえしておけば問題は無い。


「で、どうして撃った?」


「今ので目が覚めるかと思ってな。そいつは長官の言葉を聞いて寝返ったみたいだが、馬鹿じゃないのか? 長官の言っていることは正しい! 俺たちには、これ以外の道なんてねぇんだよ!」


「いや、ある。現に俺は誰も殺さずに少女を守り抜き、ここまで来た。わかるか? お前の言うところの『伝説の百人殺し』が、だぞ? 誰も殺さずに俺たちの最高司令官の下までやってきたんだ。そんなことができたのに、どうしてそれ以外ができないと思う?」


「そんなのは……そんなものは今だけの、一時だけの気の迷いだ! 俺たちの本質は人殺しだ! 感覚を――快楽を知っちまっている殺人鬼だ! そんな奴が今更どんな顔をして街中を歩けっていうんだよ!」


 秋津もまた、揺れている。迷い、悩んでいる。それも地を這うよりも深く、深淵よりも澱んだ場所で腐りかけている。


「……普通だよ。普通でいいんだ。気が付いているはずだ。俺だけじゃない。春雨も、殺さないことをできた。俺にも春雨にもできたんだ。夏木だって変わろうとしている。それなのに、お前にだけできない道理はない。だろ?」


「だが、それじゃあ――俺たちがこれまでしてきたことは、いったい……」


「ああ、わかっている。折り合いをつけるのは難しい。けどそれは、一人では難しいってことだ。一人で無理なら俺がいる。俺たちがいる。……違うか?」


 自らを殺せる強者との戦いを望み、殺しに快楽を覚えて、死にたがる男――秋津は漸く心が決まったように力強く瞼を閉じた。


 簡単な話なんだ。深淵よりも深く澱んだ沼地に足がはまって動けないでいるのは、何も秋津だけではない。俺も、夏木も、春雨も、そして隊長も。全員が全員、一人では抜け出せない場所に居た。同じ場所にいたはずなのに、お互いの存在には気が付けないでいたのだ。


 だが、俺は少女に気付かせてもらった。同じように春雨も、夏木も。芋蔓式ほど楽ではなかったが、秋津も。


 これで上手いこと事が運んでくれるはずだ。はず――なのに、どうやら背中の傷が思いの外に深いらしい。血が流れ過ぎているのか視界には靄が掛かり出し、刺すような痛みのせいで思考も働かない。


 拳を握り締めてなんとか仁王立ちを決め込んでいると、決意の固まった秋津が口を開こうとした瞬間に、どこかから銃声が響き――体に衝撃を受けた。


「…………?」


 目の前には驚いたように目を見開く秋津の顔があり、じわじわと熱を増していく体に視線を下ろすと腹部には赤い染みが広がってきていた。


 ああ――なるほど。


 状況を理解した瞬間になんとか保っていた糸が切れて、膝から崩れ落ちる様に全身の力が抜けて床に倒れ込んだ。


「副長!」


「まどろっこしいんだよ、クズ共が。私が殺せと言えば、さっさと殺せ。誰もお前らの友情ごっこなんて見たくも無い。冬島隊長。もう、お前だけだ。命令だ。……全員殺せ」


「――隊長!」


「――ッソがぁ!」


 直後に響いた複数の銃弾の中で、倒れて意識を失いかけていた俺の視界に入ってきたのは、不安そうに覗き込んできたイリアの顔だった。


「…………」


 そんな顔をするな。俺の予想が確かなら、この場にいる部隊の誰が生き残ろうがイリアだけは絶対に助かるはずだ。それに、助っ人も呼んである。意外と鈍いところもあるが、あれはあれで勘は鋭いんだ。何かがあったとわかればすぐに飛んでくるだろう。


「っ……」


 もう、ほとんど体に力が入らない。けれど、最後の力を振り絞って上げた腕で、その手でイリアの頭を撫でてやった。


 ……わかっていたよ。イリアは――少女は人肌が恋しいんだ。だから、頭を撫でてやると、僅かに口角が上がって嬉しそうにする。


 ああ、ようやくだ。ようやく、その笑顔をちゃんと見ることができた。


 意識がなくなる寸前に聞こえてきたのは、最後の銃声と――年端もいかぬ少女の、泣き叫ぶ声だった。

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