第17話 任務、保護・護衛

 十時間の睡眠を取り、今度は補給と言う名の食事が始まった。大量の出前料理と共に任務の確認と作戦会議をするのは、ある意味儀式のようにもなってきた。


「全員、一通り任務書には目を通したな? じゃあ、確認だ。今回の任務は保護と護衛――それに伴う戦闘も視野に入れて作戦を考えることにする。何か意見は?」


「戦闘イコール殺戮ってことでいいのか?」


 秋津の頭の中には、人を撃つことしかないのだろう。さすがはトリガーハッピーと呼ばれるだけのことはある。


「まぁ、そうだな。長官があそこまで言うということは、おそらく制圧は難しい相手なのだろう。戦闘になれば、必然的にそうなる」


「だが、戦闘は最終手段だろう? 最善は戦闘を避けること。もしも、敵と邂逅すれば極力話し合いで、じゃないか?」


「……そうだな。当麻の言うこともわかるが……」


 俺の意見に対して、全員が食事を頬張りながらも怪訝そうな顔をする。


「副長は甘い。どんな手を使っても邪魔する者を排除しろってことは、要は話し合いは不要ってことだろ」


「珍しく意見が合うじゃねぇか、春雨。俺もそう思うぜ? 長官の言い草じゃあ話の通じる相手じゃないんだろう。先手必勝。出される前に出しゃあいい」


「夏木の言い分もわかるが、そもそも相手が誰かもわかっていないんだ。むやみやたらと殺すのは得策じゃない。ここは日本だしな」


「いやいや、日本かどうかは問題じゃねぇだろ。大事なのは長官から殺す許可で出ているってことだ。あとは小娘の保護さえできればお互いに満足、だろ?」


「それは論点がずれてるだろう、秋津。お前は単に――」


 秋津に向かって指を差した時、隊長がパンッと手を叩いて話を中断させた。


「落ち着け。当麻の言うことも尤もだが、長官の意向からすると三人の言い分も正しいだろう。だから、まずは極力戦闘は避ける。その上で、もしも敵と邂逅したのなら話し合うまでもなく全力で向かい撃つ。それでいいな?」


 間を取ったつもりだろうが、その実、折衷案にすらなっていない。だが、多数決だとしてもここで折れるのは俺のほうなのだろう。


「……わかった。話を続けよう」


「よし。今回の任務は不明な点が多い。だから、細かな確認を怠らずに進めていこう。まずは保護対象について、当麻」


「正直、わからないことが多過ぎて言えることも少ないな。洞窟内の熱源について調査した専門チームの報告書なら全員読んだと思うが、それを読んだだけでは良いところ不十分な仮説を立てるくらいのことしかできない」


「ならば、その不十分な仮説でいい。当麻の考えを教えてくれ」


 俺が仮説を話すことが嫌いだと知った上で訊くのか。とはいえ、今回はそれだけ情報が少ないということでもある。


「……前提として、専門家チームは――というか政府は、この少女と熱源の生物が深い関わりにあると踏んでいる。故の保護だと考えれば合点が行くだろう?」


 わざわざ口に出すほどのことでもないと思いつつも、わかり切った自信満々の口調で言ったところ、どうやら俺は盛大に恥を掻かされてしまったらしい。三バカトリオはわかりやすく目を点にして、咀嚼する口が止まっている。


「……何が故に、なんだ? 今回の任務の発端は、そもそも富士山が噴火するかどうかってところからじゃなかったか? この生物が原因で噴火が起こるのだとしたら、この生物を殺せばいい」


「おい、デブ。それじゃあ、任務の少女が関わってこねぇだろ。つまりはアレだ。この少女が生物にとっての何かであり、七人を殺した洞窟から出てきたのなら、生物についての情報を知っているんじゃないのか、ってことで保護するんだ。だろ? 副長」


「良い線ではあるがな、春雨。結果的に生物を殺すつもりなら少女を保護するのではなく拘束でいい。その違いは大きいぞ」


「拘束ではなく保護? 大きな違いがあるとすれば……強制的であるか否か、か?」


 見た目は脳筋だが、中々に夏木は勘が鋭い。


「そうだ。長官は拘束――強要ではなく、保護――信頼を手に入れろ、と言っているんだ。ここまで言えばわかるだろう? 政府の目的が」


 そう言って視線を這わせると、三バカトリオは相変わらずだが隊長だけは気が付いたのかピクリと眉を顰めた。


「……なるほど、そういうことか。これは確かに不十分な仮説、だな」


 わかってくれたようで何よりだ。が、やはり俺ですら馬鹿げた仮説だと一笑に付すような仮説を、隊長が話してくれる気はないらしい。


「考えてもみろ。体長二十メートルの生物だぞ? 大きさからして、昔の戦象などとは比較にならない。わかるか? つまり政府は、この未知の生物の軍事利用を考えているということだ」


「だから保護か。それなら納得がいくな」


「だとしても、その少女に何ができるとも限らないんだろ? 俺たちを動かすほどか? 警察で充分だろ」


「警察では対応し切れないということだろうな」


 隊長のその言葉に納得したように頷く三人だが、それだけが理由ではない。仮説が正しいとすれば、今回の件は間違いなく軍事機密のものになる。つまりは極秘の任務に対して極秘の部隊を向かわせるという、極々当たり前のことなのだ。


「では、次。夏木。敵については?」


「情報はゼロ。だが、裏で話が回っていて、その上で副隊長と同じ結論を出していることを思えばテロ組織や各国の極秘部隊が動く可能性もある」


「具体的には?」


「各国部隊については今更言う必要も無いだろう。組織のほうは――そうだな。可能性が高いのは過激派の中国とロシア辺りだな」


「二つだけか? たしか東南アジアにもあるだろ、過激派組織」


「ある――正確にはあった、だな。さっき確認してみたところ、数日前にアメリカの少数部隊、おそらくはデルタだが、組織の幹部数名を暗殺して、今はそれどころじゃないはずだ。半壊状態だからな」


 そういった裏側の情報には夏木が強い。それが交友関係なのか、それとも本人自身が裏側に深く嵌まってしまっているのかはわからないが。


「デルタ!? そんなとこまで出張ってくるってことは、相当にアメさんを怒らせちまったんだな。いったい何をやらかしたんだ?」


 秋津は笑いながら他人事のように言う。


「ほら、俺たちが任務に出る直前にアメリカの議員だかが事故死したってニュースがやっていただろ? あれ、本当は東南アジアを旅行で訪れていた議員が拉致られて殺されたんだよ」


「それで即報復か。大統領が変わってからというもの随分と左寄りになったもんだな、米さんは」


「はいはい、友好国に対する意見交換はそれくらいにして話を戻すぞ」


 パンッパンッと隊長が手を叩いたのを合図に、三人は会話を止めた。


「つまり、相手は不明だが少なからず暴力に訴えかけてくる奴らだから、容赦が出来ないってことだな? 夏木」


「そう思っていてもらえれば問題はない」


「よし。じゃあ、残りの詳細は確認するまでもないことだから各自で記憶しろ。最後にフォーメーションの確認だな」


 そう言ったとき、パソコン画面を見た春雨が何かに気が付いたのかカタカタとキーボードを叩き始めたが、気にすることなく話を進んでいく。


「基本はいつもの護衛・警護任務の時と変わらない二・二・一だ。夏木と当麻が警護対象に張り付いて、俺と秋津が周囲の警戒、春雨は遠くからの監視を。スポッターがいないから無茶をしないようにな。とはいえ、まだ少女の居場所もわかっていない状況だ。居場所の特定と保護までの間は五人で一緒に行動する。いいな?」


「〝サー、イエッ――〟」


 夏木と秋津が声を揃えて言うと、途中で春雨が手と口を挟んだ。


「あ~、ちょい待ち。今メールを確認したら最新情報が来てた。どうやら諜報部が対象の居場所と名前を手に入れたらしい。対象の名前はイリア=フィニクス――現在は岩石学教授、岩国飛礫という男の下にいるらしい」


「……盗聴か?」


「でしょうね。諜報部ってか盗聴部みたいなとこあるし……というか、出所なんかどうでもいいでしょう。諜報部の情報ってことは信憑性がある。それに何よりも岩国飛礫ってのが都合が良い」


 春雨の言葉に、夏木が真っ先に任務書を捲って口を開いた。


「そういえば警戒対象リストに名前が載っていたな。え~っと……ああ、これか。教え子の一人が洞窟付近から持ち帰ってきたモノを調べているから、そのデータの回収もしろって命令が出ているな」


 そこは俺も読んで記憶しているが、この会話は明らかに何かがおかしい。


「……ちょっと待て、春雨。その情報はいつのだ?」


「あ~、二十四時間以内」


「だと思った。道理で情報が……その生徒はどうした?」


「報告によると行方不明ということになっている。……死んだな」


「いや、勝手に殺すなよ」


 珍しく春雨に秋津が突っ込んだかと思うと、今度は俺に視線が向かってきた。


「副長はどう思う?」


「まぁ……諜報部の報告で行方不明ってことは死んでいる可能性が高いんだろうが、生徒の顔はわかっているんだろう? だったら、ほら。警視庁のサイバー課が作ったとかいう最新のソフトを使ってみろよ。日本各地の監視カメラにアクセスするやつ」


 法律的にはグレーゾーンで、人道的には完全にアウトなあのソフトを。


「ああ、そっちにも使えるのか」


 引っ掛かる言葉を吐いた春雨がパソコンを操作し始めたかと思えば、再び手を止めた。


「もう一つ報告。少女の顔と名前を世界各国のデータベースに掛けてみたんだが、一件もヒットしなかった。つまり――この少女はこの世界に存在していない」


 それについては別に驚くことでもない。むしろ当然とも言えるだろう。理由は二つ。一つは、やはりそもそも存在していないパターンだ。出自不明で、どこで育ったかもわからない少女だからこそ、未知の生物との関連を疑うに値するわけだ。もう一つの理由は、衛星写真で少女の顔を確認し、今回の軍事計画(仮)を思い付いた時点で、世界各国のデータベースに侵入して少女のデータを消去した可能性だ。ネット上のデータを完全に消去することは不可能だが、ある程度破壊してから検索に掛からないようにすることは不可能ではない。


 任務の確認と作戦会議を終えて、あとは残っていた食事を黙々と食べ尽し、隊長は静かに両手を合わせた。


「全員、補給は済んだな。まず我々は岩国飛礫の研究所に向かいデータの回収を行う。それから対象の保護、セーフハウスに運んで長官に指示された場所まで護送すれば任務は終了だ。装備はA級。今回の任務は何が起こるかわからないが、休む暇も気を抜く暇もないと思え! 二十分後に出発するぞ!」


「〝サー、イエッサー!〟」


「…………はぁ」


 このモチベーションの差はなんだろうな。


 隊長を含めた四人は逸る気持ちを抑えられないのか、そわそわと無駄な動きが多いわけで。その反面、俺は全く乗り気になれない。


 四人ともに興奮しているようだが、おそらく隊長だけは長官からの期待などで逸っているだけで、他の三人のものとは違う。あの三人は――少し怖い。人を撃つことに快感を覚え、いつだって引鉄に指を掛けているような奴らだ。特に今回はそれを日本国内でできることに対して気が昂っているのだろう。言うなれば、花火禁止の砂浜で花火をするような感覚や、立ち入り禁止の廃校に侵入するようなもので、駄目と言われるからこそやりたくなって自分を抑え切れないような、そんな感じだ。


 まるで思春期の子供のような感情だが、多少の聞き分けがある分だけ、まだ子供のほうがマシだ。こいつ等は下手に知識を付けていて、その上で力もある。敵にすれば厄介な奴らだが、味方からしても扱い辛いったらない。


 まぁ、それを制御するための俺なのだと思えば、簡単にこの仕事を辞めて部隊を放れることなどできないのだが。


「つーか、実際アレだよなぁ。対象の警護に俺と副隊長で二人も付くなんて必要ないよな! 実際、接近戦になったら副隊長に勝てる奴なんていないんだからよ!」


「なんだ、よくわかってんじゃねぇか、デブ。お前の役目はその脂肪を利用した盾だろ」


「筋肉だっつってんだろ? あ?」


「あん? 話振ってきたのはお前のほうだろうがよ」


 任務の直前ということもあって二人のやり取りは誰も取り合わない。心を落ち着かせる方法というのは人それぞれだから、これが二人にとってのそれということだ。


 俺に勝てる奴がいないかどうかは別にして、単純に任務の質が警護・護衛と言う割にA級装備というのは珍しい。普段通りの警護任務なら動き易いように軽装備のB級なのだが、今回は戦闘になることを念頭に置いたA級――そうなるのもわからなくはないのだが、どうしてだか、やはり違和感は拭えない。


 ここで、その違和感を解消するため隊長に疑問を投げかけても良いのだが、それで部隊の雰囲気を悪くすれば任務に影響してしまう。ならば、まずは何事もなく任務を終えることを祈ろう。いや、違う――俺が、何事もなく任務を終わらせるよう指針を取るしかないのか。


「…………はぁ」


 今回の任務も、相当シンドイものになりそうだ。

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