第7話 分析

 昼に一度、キャンパス内の購買部で昼食を買ってから研究所に戻れば、丁度分析が終了したところだった。


「ふむ……改めて見てもよくわからない物質だね。見た目や触感から考えて鍾乳石かと思ったが、成分表はまったくと言っていいほど符合しないしね」


「石灰岩ですか……洞窟の前で拾ったことを考えれば有り得る話ですが、石灰は含まれていないようですね。というか、検出した成分の半分がエラーなんですけど、故障ではないですよね?」


「そうだね。今朝までは正常に作動していたから大丈夫だとは思うけど……」


 買ってきたパンを齧りながら言った教授は、確信を持ちながらも疑問符を浮かべてパソコンを覗き込んできた。


 この場にある機材でエラーが多いからといって未知の物質というわけでもない。元より岩石物質に特化した分析なわけだから、それ以外の物が検出されれば当然のようにエラーが出るわけで。


「とりあえずわかっていることを纏めると三つですね。大きさの割に重くて、エナメル質で、硬度も高い。引き合いに出すのなら、ダイヤモンドに比べれば硬くない、ってところですかね」


「わかっている情報だけで判断するのならば――動物の歯に近いのかもしれないね。しかし、そうなると気掛かりなのは重さだ。大きさと材質の割に、重過ぎる。まるで鉄――鉛のようではあるが……どうだい?」


「分析結果では、含まれている鉄は三パーセント程度ですね。些細な鉄分って感じです」


「鉄とも違う、と……ちょっと考えようか」


 教授が思考モードに入ってしまえば、少なくとも五分は何を話しかけても聞き流される。学者然としているというのか、なんだかね。


 とはいえ、俺だって考えることはある。それは当然、石のことだが――決して石だけのことではない。そもそも論になるが、イリアの横に落ちていた石をイリアと無関係だと切って捨ててしまうのは愚の骨頂だろう。少なくとも十あれば、一か二は関係していると考えたほうがいい。イリアが何者なのかを知れば、同時に石のことがわかるのかもしれないし、逆に、石の正体がわかれば、イリアのこともわかるかもしれない。


 ……二律背反かな。


 俺が、二つのことを同時に相手取るのは無理だ。あくまでも石の専門家だからね。人のことなんてのは、わかるはずもない。だからというわけではないが、イリアのことを聞き出すのは俺の役目じゃない。ほら、やっぱり女同士のほうがよかったり、みりんも子供っぽいところがあるから丁度いい、はずだ。


 まぁ、今日は二人きりにしてあるわけだから、何か聞き出せたかどうかは夜に話すとして、今は目の前の石に集中しよう。


「ふぅむ……石鎚くん。君は、この石のような物をなんだと仮定する?」


 教授は思考が終わるや否や問い掛けてきた。


「そうですね……第一まだ仮定できるだけの材料がないのでなんとも言えませんが……強いて言うのなら、石ではない石のような何かで、それでいて――石ではないと断言できる物、ですかね」


 言いながら、自分でもワケがわからない。


「なるほど。明確ではないが言いたいことはわかる。私の見解も概ね似たようなものだが……敢えて答えのようなものを出すのであれば――エナメル質の石のような物、か。だが、それも答えとは呼べないな。存在自体が曖昧であやふやな物に答えを見出せということが、そもそもの間違いだったね」


「それを言ったら元も子もないような気がしますが……では、どうしますか? この石、何か名前があったほうがいいのは確かですよね」


「名前か……では、石灰岩をひねって、赤灰岩というのはどうだろう? やはり、理解できないのは――光を通すと赤くなるというところだからね」


「赤灰岩……赤……血、ですかね?」


「ふむ、つまり君は、この石が作られる過程で生物の血が紛れ込んで、このような色を出しているというのかい? 言うなれば、虫が閉じ込められた琥珀のようなものか……しかし、それはないだろう。これを血だと仮定した場合、まず均等に混じることは有り得ない。掻き混ぜて人工的に造られたというのなら別だが、自然界では尚のこと。何より、血というのは不純物だ。もし仮に、自然界で説明のできないことがあり、均等に血が混じったとしても、ここまで澄んだ色合いになるはずがない」


「ですね。まぁ、口をついて出ただけですから」


 看破というのか論破というのか、何となしに出た案は瞬間で潰された。


 しかし、改めて考えてみても岩国教授でさえよくわからない石というのは不思議だ。知る限り、この人以上に岩石学に精通している人はいないし、それこそ新しいタイプの石まで発見している人なのに、だ。


 人工的に造られた物ならば、初めて見る新しいものだというのもわからなくないが、どれだけ精巧に造られた物だとしても、やはりそこには人の手というのか、機械の痕跡というのか、必ず人造であることがわかってしまうものなのだ。そのための分析でもあったのだが……結果はエラーが大量のアンノウン。


 赤灰岩は、未知で未開のアンノウン――それこそが答えなのかもしれないが、研究者としての性なのだろう。わからないまま終えるということが無性に気持ち悪く、放っておくことができない。つまりは、答えが見つかるまで、どこまでも噛り付いて正解を導き出すということだ。


 諦めが悪いんだよね、学者って人種はさ。


「問題なのは、石の量が少なくて実際に割ってみたり出来ないことですよね……これは――ですね」


「そうだね。もう、しかなさそうだね」


 同じことを考えていたようで、すんなりと話が通じた。


「では、出来るだけ早いほうがいいですよね。ん~……まぁ、夏休みですし、明日にしますか?」


「うん、研究予定はいくらでもずらせるからね。とはいえ、富士山――青木ヶ原か。ちょっと遠いね。電車で行くのも疲れるし、車の免許も持っていないし……」


 チラチラとこちらに視線を送る教授の魂胆は見えている。


「なら、俺の車で一緒に行きましょう。たぶん、みりんも一緒に行くと思いますが余裕はあるので、どうですか?」


「じゃあ、ご一緒させてもらおうかな。必要な道具はこっちで用意しておくから」


「基本的な発掘道具に加えて、洞窟内なのでライトも必要ですよね……あれ? というか許可とか取らなくて大丈夫ですか? 前に手順を踏まなかったせいで成果を横取りされたことがあったじゃないですか」


「ああ、そういえば……ちっ、今思い出してもムカムカする。あの企業の奴ら、大して使い道もわかっていないくせに――」


「まぁまぁ、過ぎたことを言っても仕方がないですよ」


 普段は温厚な教授だが、いつも喉元を過ぎてから怒りがぶり返してくるんだよね。記憶を呼び起こしたのが俺なだけに、あまり強くは言えないが。


「……そうだね。私が申請すれば、すぐにでも許可が取れるだろうからその心配はしなくても大丈夫だよ。手続きは任せておいて」


「そうしてください。仮にも先生なわけですからね。少しくらいは仕事をしてくれないと困ります」


「え……結構仕事してると思うけど?」


「教授のそれは学者としてであって、教職としての仕事はほぼしていないじゃないですか。教授自ら授業をボイコットするくらいですからね。むしろ、俺一人だけでも入ったことに感謝してもらいたいくらいです」


「うん、それは感謝しているよ。ありがとう」


「いえいえ、どう致しまして」


 とまぁ、口遊びはこれくらいにして、今はここで出来るだけの準備をしておこう。


 向かうは富士山の麓・青木ヶ原樹海。


 さぁ――楽しい楽しい、実地調査に行こう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る