□3日目 出発

 いつもより早く目が覚めた。


 外はまだ薄暗い。時計を見ると、ちょうど5時半になったところだった。


 ほんの数秒だけ目を閉じて、深夜はゆっくりと深呼吸する。そして、身体に力をこめて起き上がった。


 階下からは暁音が朝食を用意する音が聞こえてくる。いつもより一時間早い。昨夜、明日の早朝に出発すると伝えると、じゃあ明日の朝はしっかり食べなくちゃね、と早起きが苦手な母がにっこり笑っていた。


 身支度をして階下に降りると、 すでに朝食の準備ができていた。炊き込みご飯に鮭の塩焼き、味噌汁と、深夜の好物ばかりが美味しそうな匂いをたてている。いただきます、と手を合わせて、これから数日間お別れとなる家での食事を始めた。


 皆には7時に駅に集合するようにと連絡してある。そこから電車で千葉にある空港に向かい、目的地に一番近いと思われるモンゴルに降り立つ予定だ。


「-モンゴル、か」


 これまで"守人"が大陸で生きていたことは教えられていたが、"守人"関連で具体的な地名が出てきたのは初めてだ。そこに祖先が住んでいた痕跡があるかもしれない。モンゴルというと砂漠で、遊牧民がゲルとかいう組み立て式の家で暮らしているというイメージだけれど、力の泉パワープラントは山脈にあるらしいし、暮らしぶりは想像もつかない。今もそこで誰かが暮らしていたりするのだろうか。


「いや、こんなこと考えてる場合じゃないよな・・・」


 想像がつかなさすぎて現実逃避に入ってしまっている。時間は限られているのだから、ゆっくりしている暇はない。


 深夜は考えを一旦頭の中に沈め、手を合わせて食事を終えた。


 二階に上がって荷物を取り、一階に戻ると、暁音がちょっと待って、と手のひらサイズの小さな巾着袋を差し出してきた。青を基調として幾何学模様が描かれている。


「これ、"守人"の仕事をする時のお守りが入っているの。時守家に代々伝わってきたものだから。持って行きなさい」


 深夜は神妙な面持ちになってそれを受け取った。持った瞬間、長い間使われてきたということがわかるほど手に馴染んでくる。


「全力を尽くして、絶対に無事に帰ってくるのよ。じゃ、いってらっしゃい」


「・・・ありがとう。頑張ってくるよ。

 行ってきます」


 * * *


 駅に着いたのは7時より少し早かったが、すでに全員が揃っていた。それぞれが思い思いの服装をして、静かに立っている。そこに会話はないが、緊張した空気のもとに一体感が漂っていた。


 特別な言葉はいらない。深夜はいつも通り、シンプルに告げる。


「揃っているな。じゃ、行こう」


 -世界を救う旅へと。


 * * *


 とは言っても、モンゴルまでの道のりは長い。


 まずは待ち合わせた駅から成田空港まで、電車を一度乗り換えて一時間。それから出国手続きをし、空港を出発するのが9時で、ソウルで飛行機を乗り換えてチンギスハーン国際空港に着くのは16時過ぎになる。それから力の泉パワープラントへ向かうから、一時間の時差のことも考えると3日目はほとんど移動で終わってしまうことになる。


 もちろんその時間を無駄にするつもりはない。


「誰か、昨日探していて良さそうな資料は見つかったか?」


 電車で首尾よく席を確保してから、深夜はぐるりと五人の顔を見回した。


「はーいっ。見つかったよー、ほらこれ」


 陸が元気よく資料の束を差し出してきた。


「今までに見たことがあるようなやつも一応持って来た。"守人"の歴史と、能力の進展と、トレーニングの方法ね。

 後は今回初めて見つけたやつ。力の泉パワープラントへの行き方と、使う時にする儀式、それに力の補強の度合い。ここらへんは深夜の家にもあったかも。

 で、最後は多分ウチにしか無いと思う。最近、って言っても一番近くて数十年前だけど、力の泉パワープラントを使った人の日記。その一番最近使った世代のリーダーが地守だったらしくて、この日記は地守家で保管するって書いてあったんだ」


 陸の説明はポイントを掴んでいて、相当読み込んだことがわかった。


「やっぱり地守の家にはそういう資料がたくさん残ってるんだねー」


 美波が感心した様子で呟く。


「すごいな。陸、よくやった。確かに俺も行き方と使い方と補強は見つけたけど、それ以外はなかったよ」


 深夜もよし、と頷いた。


「他の家は? 何もなかったか?」


「残念だけど、水守家には何も。あ、深夜には昨日言ってた家系図は持ってきたよ」


「火守家にそんなことを期待するのは無駄さ、紙なんて置いてたらすぐ燃えるからな」


「すみません、うちにも特に・・・。ああでも、わたしも能力のトレーニングとバリエーションのことが書いてある資料なら持ってきました」


 美波と煌、咲穂がそれぞれ答えた。


 視線は自然とまだ何も言っていない凪沙の方に集まる。


「風守家には何もなかったの? 地獄耳の風守さんは情報はいっぱい持ってそうだけど」


 美波が棘のある口調で尋ねると、


「・・・はぁ。一応持って来たわよ、力の泉パワープラントとは何も関係ないけど。美波が深夜に言ったってこれでしょ。光守のこと」


「・・・・・・!」


 美波の顔に驚きが走った。


「この光守って、美波の同級生らしいね。だからそんなにオーバーな反応するんでしょ。"光守"は"時守"以上に特殊みたいよ、まあとりあえず読んでみて」


 凪沙は珍しく口元を緩め、深夜に資料を手渡した。


 それを受け取り、深夜は一度美波に目を向けた。


 彼女はそれを読みたいような、読みたくないような、どっちつかずな顔つきで深夜の手に渡った資料を眺めていた。


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一週間後、人類は滅亡します。 風深きこ @kiko_f

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