第3話 取引

「私にメモリーを開かせるつもりでしょ? なら、交換にチップを届けに行って。地図も修理しておくわ。明日の列車には間に合うと思うから、よろしくね」


「は?」

「は? じゃないでしょ。メモリーを開いた瞬間からゲームスタートよ。危ない橋を安全に渡る為に、知り合いに連絡を入れておくわ。開く前にね。二時間後にまたいらっしゃい」

「ちょっと待て。勝手に話を進めるなっ。それを見つけたのは俺だけじゃない。ジンもなんだよ。それに俺はこんなことに関わるつもりもねぇ。ただちょっと中身が気になっただけだよ。マフィアが相手なのかどうか……」

「マフィア? バッカじゃないの? 相手はWizardに決まってるじゃない。だから、バルは手を引いて私に預けたのよ? そんなこと考えるのはジンだけかと思ってたけど、一緒にいすぎて頭がカラになったのねぇ。かわいそ」

 本当に心の底から憐れむように見つめられ、シドはあのなぁ、と脱力する。


「あいつを巻き込めないんだよ、俺は。お前の言う通り、あいつは頭が空っぽだよ。俺だって政府絡みだと思ったけど、マフィアだったらいいなって……どっちにしたってあいつを関わらせるつもりはないけどさ」

「シド。あんたはジンの母親? 違うでしょ。なら、きちんと現実を見せるべきよ。あの子には刺激が必要よ。いろんなことに触れられる環境がないから、こんなところに押し込められてるから空っぽのままなのよ。いい機会じゃない? 一緒にここから出てみたら? あんたと違ってあの子はここから出て、都市でも暮らせるんだから、私の知り合いに預けることもできるわよ? それとも何? あの子と離れるのは嫌? 閉じ込めてるのはあんたなんじゃない?」

 突き放すように痛いところを突かれ、シドは押し黙った。


「やだ。図星なのねぇ」

 ラオジェも困った風に、けれど微笑ましくシドを見つめた。


「一緒に旅をするのもいいかもしれないわね。あんたも都市から離れて長いでしょ。あんたにもいい刺激になるかもしれないじゃない。行ってきたら? 完全に安全を保障することはできないけど、私の知り合いは結構優秀だから。何人か声をかけておくわ。考えてみて。悪い話じゃないと思うし、知りたいんでしょ。今何が起こってるか。どっちにしても二時間後に答えを聞かせて」

「分かった。二時間後、また来る」

 シドは神妙に頷いて部屋を後にした。


「やったっ!」

 扉が閉まると同時にラオジェは嬉しそうに飛び跳ねた。その顔はシドが都市へ行くと確信していた。



「いらっしゃい。準備はできてるわ」


 二時間後。

 ラオジェの部屋でシドは不機嫌だった。


 あの後、シドはジンに全て話して聞かせた。

 その途中、自分がジンを連れてここを出る方向に無意識にも傾いているのに気づいたのだった。

 やはり都市で何が起こってるのか気になった。

 おまけにジンを一生ここに閉じ込めておくのはあんまりだとも思った。

 だが、今ここを出るべきではないことも知っていた。

 ラオジェの取引に応じてチップを届けに行くことは、死をも覚悟しなければならない危険な旅になるからだ。

 その旅にジンを連れて行くのは嫌だった。

 それなのに、ジンへの説明は都市へ行くよう促すようなものになっていた。

 シドは自分の気持ちにヘドが出そうだった。


 結果、こうしてラオジェの部屋でチップを預かり、メモリーの最後の鍵を開けようとしている。

 ラオジェもラオジェで、シドが都市へ行くことを決意すると完全に読んで準備をしている。

 それもシドの機嫌を損ねていた。


「いい? 開けるわよ」


 ラオジェはそう慎重に解体したメモリーに最後のプラグを繋ぎ、その先にある端末を軽やかに叩いた。

 ヴン、と鈍い音を上げて、メモリーの上部に立体映像が浮かぶ。


「プラグメーカーが違うからノイズが入るけど、この程度なら大丈夫なはず……」


 数秒のタイムラグがあって、映像が動き始める。

 若い男がこちらに向かって何かを語りかけているが、ノイズのせいでかなり音声が聞きとりづらい。


「……ム……届ケてくれ……ギルなら最初ノ人形の……鍵ヲ……俺は行けな……何かあったら……狩りはまだ……連絡……必ズ……」


 そこで一瞬画像が乱れ、再び像を結んだ時には男の姿はなく、代わりに男に隠れて見えなかった風景が見えた。


「ウェイズ……」

 ラオジェの顔が歪む。


「これはウェイズの屋敷だわ。なんてこと……これは相当ヤバイ話のようね。この人物についても調べて、私達に有益だと判断できたらコンタクト取れるよう動いてみる」

「ウェイズって? 俺達はどうすりゃいい?」

「知らないの? 最初の有機人形を造った人物じゃない。彼の屋敷は幽霊スポットとしても有名よ」

「幽霊? 今時そんなの信じてる奴いるのか?」

「出るんですって。彼が造った人形の亡霊が」

「人形? そりゃホラーじゃなくて事件だろ」

「単なる話のネタよ。無駄話してる時間はないわ。すぐに行って」


 パンパンッと手を鳴らされ、二人は緊張感を取り戻した。

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