突き付けられた真実
私のことを疎ましいって思ってたって、嘘でしょ?
だってお母さんは昔から、ずっと私のことを想ってくれていたじゃない。仕事ばかりだったお父さんよりもよっぽど。
治療で苦しい思いをしてる時には、いつもそばで励ましてくれたし、授業参観や体育祭の時だって、いつも必ず来てくれてた。なのにどうして、そんなことを言うの?
「信じられないって顔をしてるわね。そうよね、アナタはずっと、何も考えなくてよかったんだもの。アナタのせいで、私がどれ程窮屈な思いをしてきたかもね」
「――ッ!」
「病気が見つかってアナタが入院してから、ずっと振り回されっぱなしだったわ。着替えを届けたり、病院の先生の話を聞いたり。家事だって忙しいのに、どうしてうちの子だけこんなに手間がかかるのって、イライラしてたわ」
お母さんの言っている事は、私も考えたことがない訳じゃなかった。
お母さんが入院している私のお見舞いに来てくれる度に、嬉しいと同時に申し訳ないって思ってた。こんな手のかかる子で御免なさいって。
子供に手がかかるのは当たり前かもしれないけど、せめてもっと健康だったら、お母さんにもっと楽をさせられるのにって。
「そういえば昔、アナタ言ったっけ。私のことは大丈夫だから、お母さんもっと自由にしていいって。もっと自分の時間を作ってほしいって」
確かに言った。
あれは私が中学生の頃、ちょっと症状が悪くなって、お母さんが毎日顔を見せてくれていた時のことだ。
その頃はもう、ただ甘えてればいいと思うだけの子供じゃなかった。お母さんを縛り付けてしまう自分が情けなくて。本当は寂しいけど、お母さんにはもっと自由になってほしかったから言った言葉だ。だけど。
「そんなこと、できるわけないでしょ。アナタをほったらかしにしたら、周りからどう思われるか。病気の娘が苦しんでいるのに、自分は遊んでいる酷い母親だってレッテルを貼られるのよ。そんなの、耐えられるわけないじゃない。アナタちゃんと、そこまで考えたの?」
「それは……」
「自分が言ったことが、どれだけ無責任なことか考えてなかったでしょ。それとも、そんなに私を困らせたかったの?」
「違っ……」
私はただ、ゆっくり休んでほしかっただけだった。あの時のお母さんは、間違いなく私に尽くしてくれていたから。
だけど、周りの目なんて考えていなかった。きっと私が思っていたよりもずっと、お母さんは窮屈な思いをしていたのだろう。ほんの僅かな自由にも、手を伸ばせないくらいに。
「アナタがコールドスリープするって決まった時はホッとしたわ。これでやっと、肩の荷が下りるって。だけど実際は違ったわ。アナタが眠っている時でさえ、世間の目は厳しかった。ただ普通に出掛けて、皆と同じようにお茶を楽しむ。それだけなのに、娘をほったらかしにして不謹慎だって罵られて」
そんな……
コールドスリープしている時は、残された家族にできる事なんてほとんど無い。せいぜい定期的に、病院の先生から報告を受けるくらいだ。
今まで付きっきりで面倒を見てきたんだ。どうせ何もできないのなら、せめてその間は好きなことを楽しんでもバチは当たらないと私は思う。だけどそれすら、周りから見れば良くないものと捉えられてしまうだなんて。
「私はもう疲れたの。アナタが目を醒ますまで、好きなことの一つもできないわ。いつ目醒めるかわからないのに、そんなの耐えられない!アナタのせいで、私は自由を奪われたのよ!」
頭の中が真っ白になる。目の前で叫んでいるこの人は、本当に優しかったあのお母さんなの?
私が眠っている間に、すっかり人が変わってしまったのだろうか?いや、もしかしたら眠る前からずっと、こんな気持ちを私に隠して接していただけなのかもしれない。本当は嫌いな私に、愛想笑いを浮かべながら。
私は俯いて泣きたくなるのを堪えながら、なんとか声を絞り出す。
「……それがお母さんの本心なの?ずっと、私のことが嫌いだったの?」
嘘だと言ってほしかった。だけど、返ってきたのは冷めきった答えだった。
「そうよ。帰ったら、お父さんに聞いてごらんなさい。さあ、わかったらもう帰ってちょうだい。そして二度と関わらないで」
そういい残して、ドアの向こうへと引っ込んでいくお母さん。ガチャリと鍵の掛かる音がして、ああ、もう話をする気もないんだなと、酷く冷静に理解できた。
だけど頭では分かっても、心が追い付いていない。私は息をするのも忘れて、まるで石にでもなったかのように呆然と立ち尽くしていた。
どれくらいそうしていただろう?もしかしたら数十秒くらいかもしれないけど、やけに時間が長く感じられる。そしてその沈黙を破ったのは、桐生君の一言だった。
「……行こう」
「……うん」
反対する理由はない。このままここに残っていても、何かが変わるなんてことは無いだろうし、お母さんにも迷惑が掛かってしまう。例え向こうがどう思っていようと、これ以上嫌な思いをさせるのだけは避けたかった。
部屋を離れて、アパートの階段を一段一段下りていく。
段を踏み外すとでも思っているのか、桐生君は私を心配そうに見つめていた。
「とりあえず、どこか落ち着ける所に行こう。話はそれからだ」
「……わかった」
そう答えたものの、今更何を話せばいいのだろう。
さっきまでは高鳴っていた胸も、今では嘘のように静かだ。いっそこのまま、止まってしまっても構わないのに。
「起きない方が……良かったのかも……」
力無い足取りで、私達はアパートを後にするのだった。
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