お母さんの居場所

 別に恥ずかしいエピソードなんかは語っていなかったけど、それでも桐生君にとっては面白くなかったらしく、不機嫌さを露わにしている。そしてその様子を見た渚ちゃんは、ガタガタと震えていた。


「輝明、違うの。私はただ、龍宮先輩と世間話をしていただけで。輝明だって言ってたじゃない。龍宮先輩、本当はいい人だから、話してみると良いって」


 桐生君、渚ちゃんにそんなことを言ってたんだ。きっと一人でいることの多い私の為に、気を回してくれたのだろう。

 心遣いに胸が暖かくなったけど、渚ちゃんの方は泣きそうな顔をしている。


「だからその世間話を、俺にも聞かせてもらいたいだけだから。さぞ面白い話なんだろ?」

「い、いやあ、きっとつまんないと思う。うん、時間の無駄だから、もう話さない。話しません!」


 え、話してくれないの?期待してたのに、どうやらよほど桐生君が怖いらしい。しかし、これで許してくれる桐生君ではなかった。


「そうか。だったら俺が、面白い話をしてやろうか?あれは俺が小学校三年のころの夏休み、一つ下の後輩にいた、近藤さん家の一人娘が……」

「わーっ、わーっ!」


 慌てて桐生君の口を塞ぐ渚ちゃん。夏休みにいったい何があったのだろう?


「酷いよ、人の黒歴史を喋るだなんて」

「どの口が言うか?俺が来なかったら、龍宮にベラベラ喋るつもりだっただろ。しかもお前のことだから、話を大きくして」

「それは確かに悪かったけど……でももし私の過去を喋ったら、私だって輝明の秘密を喋るからね。付き合い長いから、黒歴史の一つや二つは知ってるんだから」

「そうか、奇遇だな。俺も渚の黒歴史なら知ってるぞ。十や二十くらい」


 ダメだ、桁が違う。このまま張り合っていても、桐生君を黙らせることはできないだろう。渚ちゃんもそれを痛感したのか、ガックリと肩をおとして項垂れる。


「わ、私が悪かったです。もう面白半分で秘密を喋ったりしませんから、どうか許してください」

「分かればいいんだよ」


 意地悪そうな顔をして、小さな渚ちゃんの頭をグリグリとつつき回す桐生君。だけどそれは苛めているというよりも、じゃれ合っているように見える。


「二人とも、仲良いね。まるで兄妹みたい」

「こんな妹いらねーよ」

「意地悪な兄貴です!」


 憎まれ口を叩きあってはいるけど、そんなところも息ピッタリ。私も渚ちゃんみたいな妹がほしかったかもと、つい思ってしまう。もっとも、もしいたとしても、コールドスリープしている間に姉と妹が逆転していただろうけど。駿という弟はいるけど……いや、これは考えないでおこう。

 渚ちゃんと言い合いを続ける桐生君に視線を戻す。


「そういえば桐生君、何か用があって来たんじゃないの?」

「ああ、そうだった。渚が余計な事言ってたから、つい忘れてた」

「輝明が忘れん坊なだけじゃないの?」

「記憶力はいいほうだぞ。例えば渚が小六の時の正月、餅を食べ過ぎて……」

「わーーっ!だから言わないでって!」


 再びコントのような会話を始める二人。これじゃあ中々話が進みそうにない。


「とにかくだ渚。俺達は今から、ちょっと込み入った話をするから、お前は席を外せ」

「分かったよ。けど、二人になったからって変な事はしないでよね」

「真っ昼間の学校で何をやらかすと思っているんだ?いいからさっさと行け」


 シッ、シッ、と言わんばかりに、追い払う仕草を見せる桐生くん。渚ちゃんはちょっと不満げだったけど、納得したように息をつく。


「分かったよ。龍宮先輩、お昼、御馳走様でした」

「どういたしまして。渚ちゃんさえよければ、また一緒に食べようね」

「はいっ!」


 パアッと笑顔を見せて、去って行く渚ちゃん。あの子は表情がコロコロ変わって、見ているだけで楽しいなあ。桐生君が可愛がる気持ちもよくわかるよ。


「お前ら、随分仲良くなったんだな。前会った時は、口喧嘩して泣かせてたのに」

「あの時は悪いことしちゃったけど、話してみたら良い子だったからね」

「女同士って、すぐに仲良くなれるんだな。なんかスゲー」


 そうかな?でも確かに男の子同士なら、意地張って衝突しそうなイメージがある。けど、桐生君もそうなのだろうか?さっきの渚ちゃんの話を聞いていたら、桐生君こそ誰とでも仲良くなれるような気がするけど。


「桐生君だって似たようなものじゃないの?昔から友達多かったんでしょ」

「どうかな?俺の場合、家では居場所がなかったから、外で作ろうと必死だったのだけなのかも。現に兄貴や弟とは、仲良いどころかろくに口も聞かないし」


 お兄さんや弟がいたのか。けど、話し難いと言う気持ちはちょっと分かるかも。私も未だに、駿とはまともに話せないでいるし。

 うちと桐生君の所とではまた事情が違うだろうけど、家の仲で居場所がない、兄弟なのに上手く接する事ができないというのは、やはり辛いだろう。


「おっと、そんなことより本題だ。今さっき電話があって、調べていた件についてわかったことがある」

「調べていた件って、まさか……」

「ああ、龍宮のお袋さんの事だ」


 ドクンと、心臓が大きく波を打つ。

 まだ調査を開始してから一週間も経ってないのに、もう調べがついちゃったんだ。

 お母さん、今どこで何をしているの?


「住んでいるのは隣の県。列車で、一時間くらいで行ける町だ。詳しい住所なんかは、調査を纏めた資料の中にあるから、放課後にでも受け取りに行く。それで龍宮、やっぱり会いたいんだよな、お袋さんに?」

「うん……」

「往復二時間はかかるし、家に行ってもいるかどうかわからない。学校終わりに行くよりは、日曜にでも行った方がいいと思うけど、今度の土日は暇か?」

「土曜は病院にいかなきゃ行けない。コールドスリープ後の経過を、伝えなきゃいけないから」

「じゃあ、日曜にするか?」


 桐生君はそう言ったけど、私は首を横にふる。病院に行くのは午前中だし、そう長くはかからないだろう。その後出掛けても十分大丈夫そう。

 それに病院に行くと言って家を出れば、お父さんを誤魔化すことができる。お父さん、お母さんの事にについて聞くといい顔しないから、会いに行くなんて言ったら絶対に反対されるに違いない。

 経過報告や検査をする時は、いつも一人で病院に行ってるから、きっと疑われることなく出掛けられるはずだ。

 先に検査に行って、その後お母さんに会いに行こう。その旨を伝えると、桐生君は何か考えるように俯く。


「行く病院って、中央病院だよな」

「そうだけど。あれ、私中央病院だって言ったっけ?」

「この辺でコールドスリープの設備が整っている病院となると、中央病院くらいだろ。あそこには専門医もいるし。って、そんなことはどうでもいい。検査が終わるのは何時頃だ?俺も行くよ」

「え、桐生君も?」


 いくらなんでも、それは面倒かけすぎだと思う。だけど……


「龍宮一人だと、なんだか危なっかしい。会ってからの事で頭が一杯になって、道に迷いそうだ」

「失礼だよ!そんなドジしたりは……」


 しない。と強く言えないのが辛い。私は元々方向音痴で、土地勘の無い場所に行くと必ず迷ってしまうのだ。

 それに、桐生君の申し出は正直有りがたかった。やっぱりいざ会うとなると、どうしても不安になってしまうから。


「お願い……できる?」

「俺でよければ。と言っても、付き添うくらいしかできないだろうけどな」


 それでも十分心強い。好意に甘えすぎな気もするけど、ここは素直に受け取っておこう。


「お袋さん、喜んでくれるといいな」

「うん」


 桐生君が何を思ってここまで協力してくれるのか、その心中を図ることはできない。もしかしたら幼い頃にお母さんと離れ離れになった自分と私を、重ねているのかもしれない。

 桐生君と出会ってから、少しずつだけど、止まっていた時間が動き出した気がする。お母さんと会えたら、もっと大きく何か変わることができるのだろうか?

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