桐生君の事情

 私達がやって来たのは、昨日も来た公園。辺りは暗くなり始め、人の姿もなく、話をするにはちょうどよかった。

 二人して昨日と同じようにベンチに腰を下ろしたところで、桐生君が語り始める。


「何から言えばいいかな?と言っても、難しい話じゃねーんだけどな。金持ちのオッサンが好き勝手してよそで子供作るなんて、珍しいことでもないだろ?」


 そうは言われても。私にはお金持ちの知り合いなんていないから、普通かどうかなんてわからない。


「そもそも、桐生君のお父さんって何をやってる人なの?」

「大きな会社の社長。たぶん、龍宮も聞いたことのある会社だと思うぞ」


 なるほど。気軽にタクシーを使ったりと、昨日から桐生君の羽振りのよさは疑問に思っていたけど、資金源がわかった。


「桐生君も、お父さんとは上手くいってないの?」

「上手くいってないってなるのかは分かんねー。遊ぶ金には不自由させてもらってないし、学校にも通わせてもらってるから、不満はねーかな。親としての責務は全うしてるよ」


 桐生君はそう言うけど、果たしてそうだろうか? お小遣いを与えたり、学校に通わせるだけが、親のやることの全てだとは思えない。

 それに桐生君は不満は無いって言ってたけど、それだったらなぜこんなにも遠い目をしているのだろう?


「桐生君はお父さんと、ちゃんと話せてるの?」

「いいや。最後に話したのは……いつだったかな?まあそんな程度の関係だよ」


 同じ家で暮らしているんだよね?それなのにいつ話したかもわからないだなんて。

 私もお父さんとは上手くいっていないけど、それでも会話くらいはある。ほとんどが口喧嘩だけど、それでもだ。


「それじゃあお母さんは?今どうしてるの?」


 愛人の子なんて言ってたけど、今はお父さんと一緒に住んでいるんだよね?まるで別世界のお話みたいに思えるけど、とてもお母さんと一緒に暮らせないってことくらいはわかる。


「さあなあ。何せ俺がガキの頃、親父の家に連れていかれてそれっきりだからなあ。その時どんな話し合いがあったかも知らねえよ」

「それからずっと会ってないの?」

「……まあな」


 いきなり会ったこともなかったお父さんの所に連れていかれて、有無を言わさずそこで暮らさなければならなかったなんて。そこでの生活が桐生君にとって良いものではなかったと言うことは、想像に難くない。


「お母さんとまた会いたいとは思わないの?」

「別に。会ったところで、迷惑がられるのは目に見えてるしな。けど、龍宮は違うんだよな?」

「……うん」


 桐生君の話を聞いた手前ちょっと言いにくいけど、お母さんはちゃんと私のことを想ってくれていたから。

 昔看病してくれたのも、そばで励ましてくれたのも、いつだってお父さんではなくお母さんだった。


「目が醒めてからは、会ってないのか?」

「うん。もうとっくに離婚しちゃってたし。今どこにいるのか聞いても、教えてくれないしさ」

「向こうから連絡は?」

「それも無い。もしかして、私が起きたことを、まだ知らないのかも」


 知っていたら、きっと会いに来てくれるに違いない。離婚する時にどんな話し合いがあったかはわからないけど、優しかったお母さんのことだ。

 どんなに忙しくてもすっ飛んでくるだろう。


「連絡も無し……なあ、お前のお袋さんって、前はちゃんと面倒見てくれてたんだよな」

「そうだけど、何か気になることでもあるの?」

「いや、考えすぎか……」


 桐生君が何を言っているのかが、今一つわからない。

 少しの間考えた後、彼は思い付いたように言ってきた。


「ちょっと聞くけどよ、会いたいって思うか?」

「お母さんに?」


 コクリと頷く桐生君。彼の家庭の事情を知ってしまった今となっては、軽々しく『はい』と答えて良いものか迷ってしまう。だけど、いくら考えてもやっぱり答えは変わらなかった。


「会いたい……だって、たくさんお世話になったんだもの。また一緒に暮らすのは無理でも、ありがとうって、元気にしていますって言いたいもの」

「そっか……やっぱり、そうだよなあ……」

「ごめんね。桐生君の話を聞いたばかりなのに、こんなこと言って」

「俺に気を使わなくても良いって。きっとそれが普通なんだろうし。なあ、もしお袋さんの居場所を探せるって言ったらどうする?」

「えっ?」


 それはまるで、夢のような問い掛け。そんなの、探してもらいたいに決まってる。けど、いったいどうやって。


「その道の人に頼めば、案外すぐに見つけられると思うぞ。俺、探偵にツテあるから」

「……何でそんなものがあるの?」


 いったい今まで、探偵を使って何をしていたのだろう?とっても気になるけど、深くは突っ込まない方がいいような気がする。


「でもそれって、結構お金かかるでしょ?」

「それも心配するな。金ならほら」


 そう言ってカードをチラつかせる。それでいくら使えるのかは知らないけど、この様子だと桐生君にとっては、とるに足らない出費のよう。いったいどれだけお金持ちなの?


「でも、そんな風に出してもらうなんて」

「自由にできる金なら、使いどころで使わなくてどうする?どうしても後ろめたいって言うのなら、後でバイトでもして返してくれればいい」


 そう言われると、やはり心が動く。この機を逃したら、次はいつチャンスが巡ってくるかわからない。


「どうするんだ、会いたくないのか?」

「会いたい……図々しいけど、お願いできるかな?」

「了解」


 葛藤の末頷くと、桐生君は柔らかな表情で頷いた。

 本当にこれでよかったのだろうか?お願いしておいてなんだけど、会うのがちょっぴり怖い気もする。それと……


「ねえ、桐生君はどうして、そんなに私に構ってくれるの?」


 自分も同じように、家族と上手くいってないから?それとも……

 気になって、ドキドキしながら答えを待っていると、桐生君は悪戯っぽく笑い、私の口元に指を持ってくる。


「秘密」

「何よそれ?」


 続けて何か言ってやろうかとも思ったけど、その前に口を手で塞がれてしまった。


「もうその話はいいだろ。それより、飯食いにいこうぜ。夕飯はいらないって啖呵切ったんだから、家には帰れねえだろ」


 手を放されて、呼吸ができる。

 桐生君は気づいていないのかな?こんな風に何の気なしに触ってくるけど、その度にドキドキさせられてるんだけどな。


「どうした、置いていくぞ」

「今行くよ」


 歩き出した桐生君の後を、足早に追いかけていく。

 その後とった夕食は何かで胸がいっぱいで、あんまり食べられなかった。

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