怖くて優しい龍


「よっし、終わったぁ! 夕愛、私、部活いくけど今夜メールするよ。信州旅行の事で聞きたい事あるし」


 ホームルームが終わり、紫苑ちゃんはバッグに荷物を詰め込んで勢いよく立ち上がった。


「う、うん、わかった。練習頑張ってね……」

「さんきゅ。行ってくる!」


 ポニーテールを翻し足早に教室を出ていく紫苑ちゃん。そこにちょうど虎汰くんたちのグループも加わって、賑やかに廊下の先へと消えていく。


「なにボーっとしてる。成績表が悲惨だったか」


 突然クイッと横から頭を小突かれて、あたしは椅子に座ったままその人を振り仰いだ。


「……己龍くんも。あたしのせいで自分の予定とか、したい事を後回しにしてるんだよね」

「あ?」


 レモン形の目が怪訝にこちらを見下ろす。

「登下校もそうだし。お休みの日だってあたしが人混みに行くときは付き添ってくれる。これじゃ自分の予定なんて組めないよね」


 ちょっとした買い物でさえ、己龍くんと虎汰くんがいつも一緒。あたしは楽しいばかりで、これまで二人の都合なんてあんまり考えてなかったけど。


「俺の予定。一応、学校行って終わったら帰る。そこにお前って要素がくっついただけだろ」


 クールすぎる口調&完全無表情で、己龍くんはそう答えた。


「で、でも……出かけたりとか、虎汰くんみたいに友達と遊びに行ったり」

「元々、特に出かける用なんかねぇよ。撮影くらいだ。ダチとは学校で話せば充分」

「じゃあ自分の時間使ってしたいことは!? それくらいあるでしょ」

「俺がしたいこと? ……昼寝」

「は?」


 なにそれ、どこのくたびれたサラリーマン?


「できればお前と」

「……っ!」


 上から己龍くんが超絶怖い顔で睨んでくる。

 いやちょっと待って、言ってる事と顔が一致してないよ!?


「たとえば、どこかに出かけるならお前を連れて行く。俺のしたいことはたぶん、全部お前とワンセットだ」


 意外だけど、わりと己龍くんはこういう事を平然と言ってのける。そしてそういう時は、決まっていつもより怖い顔。


「くだらねぇ事に気ぃ回すくらいなら、今度昼寝に付き合え……!」


 怖い怖い! 般若か不動明王みたいになってるよ己龍くん!?


「そ、そう言えば、よくリビングの長いクッションでうたた寝してるよね。三重くらいに巻き付いて」


 後半はうんと小声で。すると怖かった顔が少しだけ緩み、彼はあたしの耳元で声をひそめた。


「ウロコがマジックテープみたいに引っかかって、イイ感じにフィットするんだ。今度お前もやってみろ」

「いえっ、あたしにそういうフィット感はムリだから!」


 しばし顔を見合わせて、クスッと笑い合う。

 

 思えば己龍くんはいつもこう。怖い顔はしてもその胸の内は優しい。それが手に取るようにこちらにも響いて来る。


「……虎汰は先に帰ったんだな」

「あ、うん……。今夜はご飯もいらないってさっき」


 あたしが口ごもると、己龍くんは教室の出入り口を見つめてため息をついた。


「アイツもくだらねぇ事に気を回す」

「え?」

「いや。じゃあちょっとここで待ってろ。サクッと用事を済ませてくる。なんかデカい亀が待ち伏せてるし」


 スクバを肩にかけ直し、己龍くんは眉根を寄せて再び出入り口の方を流し見た。そこにはニコニコと丸い手を振る亀太郎くんの姿が。 


「え? なに、亀太郎くんに用があるの?」

「さっき担任が言ってただろうが。俺と亀とあと数人、期末の採点にミスがあったとかで……まあとにかく職員室に来いって。すぐ終わるだろ」


 本当にあたしは上の空だったようで、そんなのちっとも覚えてない。


「龍太郎くーん、さあ一緒に、共に、手を取り合って職員室に赴こうじゃまいか! さあさあさあ!」

「いつの間にか懐かれてるね、己龍くん」

「言うな、キショい」


 怯えにも似たしかめっ面で、それでも己龍くんは亀太郎くんと連れ立って教室を出ていった。

 タイプは全然違うけど、やっぱり彼らは四神の宿主同士。どこか通じる所がある……のかな?


(あ、そうだ。だったら今のうちに)


 あたしは自分のスクバから例のごんぎつねの本を取り出して、別の小さなトートバッグに入れ替えた。


(夏休みをまたいじゃったら、さすがにマズいよね。今日こそ戻してこよう)


 どうしようかと迷っていたけど、時間も持て余しているしちょうどいい。


「方丈さん? カバン、忘れてるよ」


 トートバッグだけ持って席を立ったあたしに、教室の後ろでおしゃべりしていたクラスメートが声をかけてきた。


「あ、うん。まだ帰らないから。ちょっと図書館に行ってくるだけ」


 スクバが置いてあれば、己龍くんが戻って来てもあたしが学校にいる事はわかるはず。急いで行ってくればそう待たせる事もない。


 あたしは小走りでひとり、南校舎B棟の図書館に向かった。


 哀しいすれ違いを描いた、ごんぎつねの物語を抱いて……。



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