朝の3ポイントフォーメーション
(なんだろう……コレ。なんか落ち着かないんですけど)
登校の道すがら。いつもなら己龍くんが前を歩き、その後ろをあたしと虎汰くんがおしゃべりしながら付いて行くのに。
(なんであたし、2人に挟まれてんの?)
しかもなにやら彼らの空気がピリピリしている……ような気が。
(はっ、あたしが朝っぱらからモタモタしてたから怒ってるのかも!)
「おい。何さっきからひとりでキョドってる」
「えっ! あああたしキョドってます!?」
「うん。なんかソワソワキョロキョロ、ボクたちのコト見てるよ」
げ。また心理的なものが行動に出てた。
「あ、あたしのせいで今朝は遅くなっちゃったから、二人に悪かったなって」
すると己龍くんが、前からついとあたしの顔を覗き込んだ。
「……寝癖、直ってねえぞ」
無造作にあたしの髪を手櫛で
「はうっ……!」
「ちょ、気安く夕愛に触んなよ己龍!」
パタパタと虎汰くんが間に割って入るけれど、己龍くんはスイッとかわしてあたしの背後へ、そして。
「……ほーれ」
虎汰くんに見せつけるように、後ろからぐりぐり両手であたしの頭を撫でまわす。
「ああっ! ムカつくーー!」
「ほーれほーれ、ばーかばーか」
ナニこのお茶目さん!
「やめろよ、もう! ……あーあ、グチャグチャ」
「…………」
放心状態のあたしを置き去りに、己龍くんが前を行く。でもその背中は笑ってる。
「ほら夕愛、直してあげるから。己龍って時々こういうガキみたいなことするんだよなー」
あたしの髪を整えながら、虎汰くんも笑ってる。
なんだろう、なんだか楽しい。こんな風に男の子とふざけ合うことなんかこれまでなかった。
「急げよ、お前ら。電車に乗り遅れる」
「誰のせいだよ! 行こう、夕愛」
虎汰くんに手を掴まれ、小走りで己龍くんへ追いつく。そしてあたしはまた二人の真ん中。
「……虎汰。今んとこ、俺もこんなレベルの立ち位置だ」
前方を見つめたまま、己龍くんがよくわからない事をつぶやく。
「それが言いたかったの? ボク、フェアプレーとか興味ないからね」
「アンフェア上等」
また二人の間であたしはキョロキョロ。その視線が……見えてきた駅の階段脇に、釘付けになった。
「――おお夕愛くーん、こっちだこっち! 虎汰郎くんも龍太郎くんもおはよう。なんとも爽やかな朝だぬ!」
爽やかな朝から噛み倒した!? てか、なんでここにいるの?
「いやあ、遅いからすれ違ってしまったかと懸念していたよ。二時間前から待ってはいたのだが」
軽やかなスキップで、ほっぺとお腹を揺らしながら近づいて来る彼。
「きゃ、きゃめたろうくん……!」
あたしも噛んじゃった!
「うむ! 今日も凡庸に可愛いではないか夕愛くん、けっこう!」
真っ白な歯をキラッと覗かせて親指を立てる亀太郎くん。てか凡庸ってどうなの!?
「なんだよー亀太郎、ボクたちの事待ちぶせしてたの?」
呆れ顔で虎汰くんがキツイ一言を放っても、さすがの亀太郎くん全く怯まず。
「ザッツライト! 今朝はバイトが休みなのでね、夕愛くんを危険な満員電車からお守りしようとやってきたのだ」
「いらねぇよ、ストーカー」
ああっ、己龍くんのがさらにキツイ!
「ははは、遠慮なんてノンノンだぞっ。普段はキミたちに任せきりでしゅまないと思っている」
亀太郎くんにバンバンと肩を叩かれ、イケメン二人の顔がにわかに土偶になっていく。
「さあさあ、行こうじゃないか。後衛は僕が務めるからキミたちは左右をビシッと固めてくれたまえ!」
野太い腕でグイグイと背中を押され、あたしたちは駅の階段を上る。心なしか歩調も速くなってしまうのは逃れたいからか。
「か、亀太郎くん、朝からアルバイトなんてしてるんだ、偉いね」
「バカ、話しかけんな」
「そうだよ、調子に乗っちゃうじゃん」
「だって……」
まがりなりにもあたしの為にわざわざ来てくれたのに、無視なんかできない。
「しているとも。朝は新聞配達にビル清掃など。放課後は近所のスーパーで品仕出しやレジ打ち、夜はコンビニでも働いているのだよ」
「は? なんでそんなにたくさん!?」
改札を抜ける時は一同が散開し、再びあたしを三方から囲むフォーメーションに戻る。この三人、意外にも息がピッタリだ。
「もちろん生活資金を稼ぐためさ。アパート代に食費光熱費、東京は本当に何もかもが高価で閉口してしまうよ」
「え……」
これはびっくり。自分がそうであるように、亀太郎くんも当然親御さんからの仕送りで生活していると思ってた。
「学校は特待生として入学できたので授業料は免除だがね。東京進学は僕のワガママであるし、親に金銭的な負担はかけられないのだよ」
そう言って朗らかに笑う亀太郎くんに翳りはなくて。
生活費の事なんか考えたこともなかった自分が、ちょっぴり恥ずかしくなってしまう。
「そんな顔をしないでくれたまえ。こうしてキミの傍にいられるのだ、こんな事はなんでもない」
「亀太郎くん……」
「ゆーあ、しっかりして。まんまと術中にはまってるよ?」
「同情をおかしな方向にこじらせてんじゃねぇ」
……ハッ! ホントだ、後ろで亀太郎くんが『チッ』って舌打ちしてるぅぅ!
「そういうわけで夕愛きゅん、キミのメアドをテルミープリーズ」
「なんでそうなるの!?」
ホームでいそいそとスマホを取り出し、彼がタラコみたいな指でなにやら操作をし始める。
「ではこうしよう。僕からの連絡は一日に一度だけ、そういうルールを設けようじゃないか」
「で、でもそんな」
「もちろん君からの連絡は回数を問わず受け付けるとも。その条件でいかがかな? ん? んん?」
ぽっちゃりフェイスに[ぬぬーん]と迫られ、両脇の二人に視線だけで助けを求めてみたけれど。
「教えるまでしつこそうだなあ。既読スルーでいいんじゃね?」
「お前の好きにしろ」
となると、後はあたし次第。ちょっと面倒な気もするけど、一日一回やり取りするくらいなら。
「わかりました。そんなんでよければ……」
(メールのアプリにしよう。それならもし困ったことになってもブロックすれば済むし)
あたしは亀太郎君に向かって、設定してある自分のIDを小さく口にした。心得た、とばかりに彼の指先がシュパパパとスマホの上で踊り……瞬く間にピロン♪とこちらの着信音が鳴る。
「ありがとう夕愛くん、これで毎晩キミにおやしゅみが言える!」
慌ててスマホを取り出して見てみると、メールアプリに友だち申請『きゃめたろう』のアイコンが。しかも
「やっ!? なにこれ、アイコンのイラスト可愛いぃぃ!」
そこにはパステル調の色遣いがふんわり優しい、亀さんのイラストが君臨している。
「うわ、女の子ウケ狙いじゃん? あざといな」
「本人とのギャップに殺意が湧く」
覗き込んで来た虎汰くんと己龍くんも呆れ顔。
「女の子ウケではない、夕愛くんウケ狙いで描いたのだ。昔からこういうタッチのイラストが入ったノートや小物を好んで購入しているからね」
さすが、すとーかあぁぁぁ! てかコレ自分で描いたの? ホントにどこまでパーヘクト!?
「このきゃめたろうが毎晩、キミを訪ねるよ。良い夢をみてくれたまえ」
悪夢にうなされそうデス。
亀太郎くんの甘いセリフに被せるように、電車の到着を知らせるアナウンスが構内に響き渡った。
全員、見えてきた車両の方へ目をやる中、虎汰くんがあたしの耳元でつぶやく。
「行くよ夕愛、今日も気を抜かないでね。……電車に乗ったらメールの音、消して」
「え?」
最後の方は本当に囁くような声。なんとなくは聞きとれたけど。
(他の人に迷惑だからメールの着信音をOFFにしなさいって事? 亀太郎くんは夜にするって言ってたのに)
よくわからないけど、とりあえず言われた通りにしよう。
……ああでも、なんかイヤな予感!
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