迷える仔娘

隠れた思惑


「夕愛……?」

(▲○§★っ!! ●▼×Θ☆~~!!)

「……zzz」


 いつのまにあたし寝ちゃってた!? てか虎汰くんに見られた!

 あああパッと手を離したら、さも『ナンカありました』みたいだし、いえナニもないけども(実質的には)!

 いやいや、そんな事よりこの場をどどどどどう繕う!?


 この間、0コンマ2秒くらい。


「なんだぁ、ここにいたんだ夕愛。己龍の看病してくれてたんだねっ、やっさしーい」

(……は?)


 虎汰くんがいつも通り、にゃぱっと可愛く笑う。


「う、うん。でも何も出来なくて。その、なんかあたしまでつられて寝ちゃってたみたい」


 話しながらさり気なく、ごくさり気なーくあたしは己龍くんから手を離した。


「大丈夫だよ。四神はそんなにヤワじゃないから。寝てれば治るって」


 屈託のない彼になんか拍子抜け。


(虎汰くん、いつもと変わんない。もしかしてあたしが自意識過剰なだけ?)


 そもそもなんであたしビクビクしてるの? 


「それにホラ、四神の気はにゃんにゃんが触れただけでかなり整うから。それで手ぇ握ってあげてたんでしょ?」

「はっ、はい!? あ、そ、そう! 少しでも早くよくなるようにって……」


 そうなの!? にゃんにゃんってそんな力があるの? だから虎汰くんもなんとも思わないんだ。なぁんだ、冷や汗かいて損した。


「初めて会った日、ボクにもしてくれたじゃん。もっとダイレクトなヤツ」


 唇に人差し指をあて、ニヤリと笑う虎汰くんは小悪魔の顔。

 冷や汗カムバーーック!?


「撮影の時のコルセットがきつくてさ、ボクもよく気分悪くなるんだ。んじゃボク、お風呂入ってくるねー」


 そう言って虎汰くんはあっさり部屋を出ていった。



 

 ――その後も特に何も聞かれず、いつも通り可愛い白虎と遊んだりファッションの話で盛り上がったり。

 己龍くんも次の日の夕方にはもう熱も下がって、夕飯の食卓に出てきた。


 まるであの時の事が夢だったみたいに、日常が戻っている。


(うーん……己龍くんも相変わらず、ニコリともしなくなっちゃったし。それともあれは、ただあたしに触って熱を下げたかっただけかなぁ)


 なんだか寂しい。でも、どこかでちょっぴりホッとしてる自分がいる。

 だって彼氏になったら、あの時みたいな心臓が壊れそうな想いをずっとしてなきゃいけないんでしょ? 


(恋って難しいんだなぁ……)

『ゆーあー、まだー? 学校遅刻しちゃうよー』


 ドアの向こうから虎汰くんの声が聞こえ、慌てて中断していた身支度に戻る。


「ちょ、ちょっと待って。あの、まだ寝癖が直んなくて……!」

『うそうそ。時間はあるからいいよ。ボクたち先にマンションの下に行ってるー』

「はーい、すぐだからー」


 そう返して、あたしはドレッサーに向かって寝癖と格闘。こういう日常がやっぱりホッとするし楽しい。


 うん、あたしに恋はまだ早いのかも。




 ――その頃、ドアの向こうのリビングでは。


「というわけで己龍。ボクたちは先に下に行ってよう。話もあるしね」

「…………」


 虎汰くんと己龍くんが静かに睨みあったのを、あたしは知らない……。




 ※※※


 

 虎汰が先に立って玄関から出ていき、エレベーターのボタンを押す。


 ヴン……と、下階にあった箱が上昇してくる音が通路に流れた。


「ホントに面白いよね、夕愛って。思ってること全部顔に出るんだもん」

「お前は顔には出ないが、ムカついる気はダダ漏れだ」


 階数ランプを見上げる己龍の横顔に、虎汰が射るような視線を送る。


「わかってたなら教えてよ。夕愛になにしたの」

「なにも。……まだな」


 ポーンとこの場にそぐわない柔らかな音が鳴り、エレベーターのドアが開いた。


「ふぅん。我関われかんせずみたいなフリしといて、ボクの目を盗んで横槍とはね。ちょっとびっくり」

「目を盗んだつもりはねぇよ。たまたまだ」


 どちらからともなく二人は乗り込み、静かにドアが閉まる。

 己龍が①のボタンを押そうと手を伸ばした時、虎汰は彼の肩を掴み背後の壁に押し付けた。


「たまたま……こういう事でもしたわけ?」


 鼻先が触れあうほどの距離で、逸らすことなく絡み合うオリーブと藍墨色の瞳。


「だとしたら、なんだ」


 虎汰の口元が皮肉に笑い、肩を掴む手にギリッと力がこもる。


「さすがに己龍がライバルとなるとね……ボクもちょっとだけ怯む」

「俺はお前相手だから腰を上げた」


 己龍の返答に、それまで険のあった虎汰の目がキョトンと見開いた。


「え、待ってよ。ボクへの単なる警告かと思ったら、もしかしてマジ?」

「悪いか」


 己龍は自分の肩を押さえつける虎汰の腕を払いのけ、①のボタンを押す。二人きりの箱がカクンと振動し、緩やかな速度で下降し始めた。


「なんだよそれー。己龍どうかしてるよ。アレは葵さんを傷つけた、最凶最悪の九天玄女娘娘だよ?」


 呆れたように吐き捨て、虎汰はジャケットのポケットに手を入れて後ろの壁にもたれかかる。


「それは先代の娘娘だ。あいつとは関係ない」

「そうかな。夕愛だって好きな男が出来れば自分の能力を利用するに決まってるよ。女ってそういう生き物だろ」


 硬い表情で己龍はエレベーターのランプが⑥、⑤……と点灯するのを無言で見上げていた。


「好きな男が一般人なら触ればいいだけだし、星宿持ちなら自分を選べって言えば意味は分かる。相手に婚約者がいようとお構いなしだ」

「…………」

「その点、ボクは女の子なんて誰でも同じだと思ってるし。ついでに現世の黄帝を体感できるなら悪くないかなーって」


 エレベーターランプは③……②……、独り語りのような虎汰の言葉を階下へと運んでいく。


「ホントは己龍だって同じじゃないの? 誰よりも娘娘に嫌悪感持ってんのはお前だろ」


 振り返った己龍が、ドゴン!と虎汰のもたれる壁に拳を叩きつけた。


「……夕愛にはもう近寄るな」


 こめかみの傍近くに拳がメリこんでも、虎汰のきつい瞳は色褪せない。


「イヤだよ。前にも言ったけどね、邪魔する奴はみんな排除する。たとえそれが己龍でも」

「やってみろ」


 ポーンと電子音が鳴り、扉が開いた。


 二人がエントランスに降り立つと、ちょうどゴミを捨てて戻ってきたエプロン姿の煉とかち合った。


「お、二人とも。もう学校行く時間か。あれ、夕愛ちゃんは?」

「すぐ来るよー、下で待ってるって言って先に出てきたんだ」


 のんびりと二人に笑いかけ、入れ違いに煉がエレベーターに乗り込む。


「じゃあいってらっしゃい。夕愛ちゃんの事、頼むね」

「はいよー、行ってくる」

「……いってきます」


 その五分後、降りてきたエレベーターがようやく夕愛を運んできたのだった。



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