14_指標は静かに問う


「ジュースケ、その、お城の状況は……」


 写真撮影の余韻に浸っていたのも束の間、いよいよ私はキサキさんたちの状況が気になってジュースケに聞いてしまった。ナツも自分の質問をこれに合わせる。ずばり、ジュースケはすぐにでも王様のところへ戻らないのか。ジュースケは「答えを用意する」と言ってミッシェルに脚を直してもらうことを保留して、私たちを連れて一度坂の上へと戻った。


「透明ダコは一度撤退したようだ。奴らの次の出現タイミングは俺には読めないが、ひとまず王たちに大きな被害は見られない」


 一安心してよいのだろうか。ともかく確認のお礼を言う。


「それから、ナツの質問は俺が再び王の元へ向かうかどうかだったな。脚を完全に直して装備を強化してからになるだろう。愚直に挑んでいるわけではない」


 ナツは複雑な表情をして口を噤んだ。どうやってではなく“何故”を、彼女はジュースケに聞いたのだろうか。


「二人に見てほしいものがある」


 そんなナツの表情を見たからかジュースケが切り出した。この場所の近くにそれはあるとのこと。


「あれを見てナツとハルカの考えが変わるかどうか分からないが、俺がなぜ王に挑むのか、俺の言葉以上に何か伝わるものがあるかもしれない」


 考え――あるいは答え。私にはまだそれが無い。この世界の全容、個々の細部を知ることができれば自ずと導かれるのか、それはナツと同じものなのか。

 ジュースケの案内でもう一度坂を降りて、壁囲いの区画の更に奥へと進んでいく。そこには辿り着く前からハッキリと見えている“地形”があった。これまで何度か遠目に見た『崖』だ。断面から見える堆積物は地表と同じ廃材で、地層というよりも廃材の層になっている。


「見事な断崖絶壁だね」


 ナツの言う通り。落ちたら怪我では済まない。


「足元に注意しろ。迂回せずに縁を歩いているが、谷底に用があるわけじゃない。必要以上に近付かなくていい」


「りょーかい」


 私たちの足取りに生じた緊張感はジュースケにも伝わったようで、これまでよりも少し内側を歩く。ただ、踏み固められた廃材は風雨で脆くなった自然の土や岩肌よりも幾分頑丈に思われた。不意に崩れたりはしないだろうと思わせるくらいに――


「ねえナツ」


「なーにハルカ」


「ここの地形は、どうやってできたんだろうって、まだ話してないよね」


「だね。私の考えはそうだなぁ、地球のどこかの絶景を何かが真似したか、大きな大きなこれまた何かが“耕した”か。もしかすると私たちが小さくなっているのかもしれない」


「……私にはできない発想だ」


 けれど私のそれと共通点もある。自分たち――王や、あの巨人兵よりももっとスケールの大きな存在の示唆。それは形あるモノではもはやなくて、例えば物理法則そのものであるとか。……透明ダコ。あの薄青い底なしの空と同じように、ここで働くルールのことを私たちはまだ――


「ここだ。少しばかり崖を降りていく」


 ジュースケが立ち止まってそう言った。ナツのローファーの踵辺りに置いていた視線が慌てて起き上がる。足下には来た道をV字に折り返すように降りる細い坂、足元に気をつけて降りていくと、崖の上からでは死角になっていた辺りに小さな足場があった。その真ん中に、何だろう、見慣れない装置が。

 近付いてみると両手を広げたくらいの大きさの“土台”のようなものに見える。中心から拳くらいの太さの短い突起が出ていて、鉄骨の骨組みが放射状に伸びてそれを支えている。それに、何というか、土台の下に何か格納されている……? 奥には別の機械がもう一つ。


「これもジュースケのお友達?」


「どうだろうな。ミッシェルと少し違うのは、俺はこれに何も与えていない。ただこれの機能を使っているだけだ」


「これ……もしかしてロケット?」


「ハルカの観察は鋭い。大部分は合っている」


 ジュースケはそう言うと、奥にあるダイヤルが付いた四角い装置に近付く。


「それはあれだよね? エレキギターに繋ぐやつ」


 そうか、触ったことはないけれど確か『アンプ』なる機械だ。


「“そうだった”のかもしれない。今はただ合図を送る機械だ。二人ともこちらへ来てくれ。今からこれを起動する」


 ジュースケがダイヤルを操作すると、土台に乗った装置が静かに駆動し始めた。何かを巻き取るようなモーター音、突起を支える枝骨たちが芯から離れる。


『バシュッ』


「わっ」


 私たちくらいの大きさの細い棒が勢いよく空へ。降りてきた崖の高さも超えて高く高く上昇する。ジェット噴射はない、代わりに――


「開いた!」


 畳んでいた羽を傘のように展開した。柱は回転している。六枚の羽はさながらプロペラだ。それから、柱の下の方から伸びているのは長い……紐? 不思議なことに羽の回転はそれほど速くなく、プロペラの羽が目視できるくらい。それなのに柱は空中で高度を維持して浮遊し始めた。きっとそう、私たちの知る物理法則の外で。スケールを小さく表現するなら、紐を付けた竹とんぼが高度の頂点で留まったような、そんな姿。


「おぉ……」


 感心するナツ。ジュースケはしばらく浮遊する装置を睨んでいたが、その視線は紐を伝って――私?


「ハルカにはこの機械の“機能”が分かるか?」


「んー……」


 太い丈夫な紐にはいくつも結び目が付いていて、しかし微妙に等間隔ではない。


「あれかな、魚釣りの……タコをおびき寄せる機械?」


「すまない、違う」


 うぅ。


「はい!」


「ナツには分かるのか?」


「ロープに捕まって飛べるんじゃない?」


「すまない、それも違う。答えを言うぞ」


 ジュースケが何故ナツではなく私に先に聞いたのか、彼の答えを聞いた私はその意図が少し分かった気がした。


「これは、この世界の高度を記録している機械だ」


――曰く、この機械は起動すると必ず“同じ高さ”に浮かび上がってしばらく静止浮遊する。ジュースケはその仕組みを理解し、先端に紐を取り付けた。地の高さと水平にライフルで撃ち抜き、降りてきた機械の紐の先端に再度紐を結び、結び目を以って記録とした。紐の長さが足りなくなればどこかから探し出して継ぎ足した。いくつもある紐の結び目は、ジュースケが記録したその時の崖(ミッシェルが居る辺り)の高さだ。つまり、“この世界の地面は観測するたびに下降している”。装置は言うなれば『絶対高度計』、地に足を付けた自分たちの代わりに、あくまで客観的に高度を測るもの――


「うそ……」


「そんな……」


「ナツもハルカも透明ダコが投げられた撒き餌を消滅させたのを見たか?」


 頷く。


「撒き餌は地面の人工物を固めたもの。王やキサキは“この世界そのもの”を射出して透明ダコを一時的にでも退けている。故に、奴らが王の城に現れる度にこの世界は目減りしていく。俺にはそう見えている」


 私は一瞬言葉を失ってしまった。“本当の戦況”はそういうことなのか。ジュースケの説明に納得はできる。……でも、


「――この地面に、今いるこの谷でいいよ、この谷に“底”はあるの?」


 そう、“いつまで”?


「それは俺には分からない。ただ、この先も俺の想像だが、谷の向こう――俺たちに見えない各地でも透明ダコたちは出現し、ここと同じことが複数地点で同時に起きているのだと思う。この場所にいる王が同じように各所にいるかどうかも分からない。ともすれば他の場所では一方的に目減りしているだけなのかもしれない」


 これにも私は反論が思い浮かばない。私たちの観測範囲、主観、この世界の――


「じゃあジュースケは――」


 ナツが口火を切る。


「王様とキサキさんが透明ダコには絶対に勝てないと思って、このままでは何も変わらないと思って、二人を止めようとしているの? 止めたら、キサキさんはともかく、王様は透明ダコに食べられちゃうんでしょ?」」


 ジュースケは沈黙した。双眼鏡と丸ランプの目が、箱型の顔が微かに下を向く。そして、今一度しっかりとナツを見る。


「全て、その通りだ」

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イデアの海 kinomi @kinomi

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