1結婚生活をするにあたり~一緒に住むための条件②-1~

 一緒に住めない理由として、もう一つ大きな問題があり、こちらの方が深刻な気がする。


「私のペットについての問題です。」


 私は実家であるペットを飼っている。ペットで人気のある犬や猫ではない。室内で飼っているのだが、飼育するにはそれ相応の設備が必要である。ハムスターや鳥ではない。水槽で飼育する金魚や熱帯魚でもない。


 大学1年生の時、テレビでその姿を見て、一目ぼれしてしまい、どうしても飼ってみたくなった。両親にこの動物を飼育したいと相談したが、猛反対されてしまった。それでも、飼いたい衝動は抑えられず、両親を懸命に説き伏せて、ペットショップで購入してしまった。肉食ではないので、えさは専用のものと野菜を与えるだけでいい。


 ただし、もともと熱帯雨林に住む生き物なので、室温を常に25度以上にして、冬でも温めておかなければならない。逆に暑すぎてもだめらしいので、夏は冷房も効かせる必要がある。


 購入したばかりの頃は小さくてかわいかったのだが、成長してだいぶ大きくなってしまった。今ではゲージに入らずに家で放し飼いにしている状態である。



「ペットを飼ってもいい場所を借りたら問題ない気がしますが、いったい何を飼っているのですか。大型犬とかだと室内で飼うことは難しそうなので、それなら申し訳ないですが、実家で世話をしてもらってください。室内で飼えるペットなら、持ち込んでも構いませんよ。動物は結構好きなので、問題ありません。」


 どうやら、大鷹さん、いや攻君は、動物は大丈夫なようである。言い換えてはみたが、どうも私には大鷹さんの方がしっくりくるので、呼ぶときは攻君とするが、心の中では大鷹さんと呼ぶことにしよう。



 私が飼育しているのは犬や猫、ハムスターや金魚などのメジャーな生き物ではない。人によっては嫌いという人もいるかもしれない。


 果たして、大鷹さんは私の大事なペット「グリム(オス)」をかわいがってくれるだろうか。


 そういえば、大鷹さんが私の実家に挨拶をしてくれた時、グリムは両親の部屋に隔離していた。だから、私がどんなペットを飼っているのか知らないのである。


 まずは実家に大鷹さんと赴いて、実際にグリムに会ってもらうのはどうだろうか。そうすれば、一緒に住めるか住めないか判断できるだろう。


「大型犬ではないので、室内で飼えないということはありません。それでも、結構大きいので、室内で放し飼いにしています。好き嫌いが出るような生き物です。一度、私の実家にきて会ってみませんか。そうすれば、私が住めないといった理由がわかると思います。」


「そういえば、紗々さんの家に行ったときには、ペットがいるとは言っていませんでしたよね。結婚してから飼育を始めたのですか。それとも……。」


「まあ、話す必要もないと思っていたので、家に来てもらったときは驚かさないように両親の部屋に隔離していました。彼は頭がいいので、おとなしくしていたようです。」





 私と大鷹さんは私の飼っているペットに会うために、実家を訪れることにした。ちなみに結婚してからも、私たちはそれぞれ自分の家で生活を続けている。私は実家から仕事に通っていて、大鷹さんは独り暮らしを続けて、仕事に通っている。


「わかりました。でも、わざわざ実際に会う必要はあるのでしょうか。どんな生き物を飼っているか教えてくれたら、いいだけの話だと思いますが。」


 正論であるが、私はぜひ、大鷹さんに実際にグリムに会ってほしいのである。会ってみて決めてほしい。私はグリムと一緒に生活がしたい。もしだめなら、この結婚生活は終わりということも考えている。


 もともと、結婚したという事実が欲しかったわけだから、ペットが原因で離婚ということでも問題はない。問題はないが、どうせなら、浮気とか不倫とか、そういう理由での離婚の方が、その後の私の「結婚あきらめた感」を醸し出せると思うので、できればペット問題ごときで離婚はしたくはない。


 浮気や不倫か。我ながらひどい離婚理由であるが、離婚の理由としてはベタである。大鷹さんと離婚したら、もう二度と結婚できないだろう。


 なんだか、大鷹さんと離婚するということに寂しさを覚えた。こんな気持ちを今から持っていてはいざ、離婚の段階では大泣きしてしまいそうである。


 とはいえ、私は基本的に感情の起伏が少ないので、実際に泣くことはないだろう。



「まあ、口では何とでもいえるので。それにせっかくだから、本物に会う方がいいと思いますよ。なかなか飼育している人はいないと思うので、珍しい生き物を飼っていると思ってくれたらいいです。」


「そこまで言うなら、仕方ありません。来週の土曜日にでも紗々さんの実家に赴くことにしましょう。」


 私のペット、グリムとの対面が来週の土曜日に決まった。大鷹さんのグリムを見たときの驚いた顔が目に浮かぶ。これは楽しい週末になりそうだ。


 来週土曜日が楽しみである。




 あっという間に土曜日がやってきた。私が大鷹さんの家に行き、一緒に実家に向かう算段になっていた。


 大鷹さんがグリムをみて驚く様子を想像してはくすっと笑ってしまい、車で私の家に向かう途中、ずっと思い出し笑いをしていたら、大鷹さんに不審がられてしまった。


 私が車で大鷹さんの家に向かい、そのまま実家に向かうので、当然私の運転となる。安全運転を心がけていたのに心配されてしまった。


「そんな不気味な笑いをしながら運転していると、すごい不安なんですけど、紗々さんの実家につく前に病院送りにならないようにしてくださいね。」


 失礼な男である。まあ、こんな些細なことで怒っていても仕方ない。今朝もグリムとはしっかり触れ合ってきた。グリムは賢い子なので、初対面の大鷹さんに危害を加えることはないだろう。


 とはいえ、グリムを家族や親せき以外に見せるのは初めてなので、緊張してしまう。


 大鷹さんの驚き顔とグリムの愛くるしい姿を思い浮かべているうちに実家に到着した。実家と大鷹さんの家は車で30分程度の場所にある。



 一応、実家だがインターホンを一度鳴らして、鍵を開けて中に入る。すぐに両親が出迎えてくれるはずだったのだが、家に入ると照明が消されていて、しんっと静まりかえっている。実際には、グリムのためにエアコンは年中無休で稼働しているので、完全に静まり返ってはいないのだが、いったいどういうことだろう。



「お義父さんやお義母さんがいると聞いていたのですが、出かけられたのですか。」


 当然の疑問である。私もこの状況に驚いている。私が大鷹さんを土曜日に連れていくという話をしたときには、いいよと返事をして、一言も出かけるとは言っていなかった気がする。


 リビングの机の上には私宛のメモが置かれていた。


「買い物に出かけます。大鷹さんによろしく言っておいてください。冷蔵庫の中にお菓子とケーキが入っているので、二人で一緒にどうぞ。」


 突然二人きりになってしまった。別に大鷹さんの家に行くと二人きりになるので、今更恥ずかしいということはないのだが、自分の家で二人きりだと、いつもとは違う恥ずかしさがこみあげてくる。


 とりあえず今はグリムを紹介することが先決である。


「どうやら、両親は買い物に出かけてしまったようです。」


「そうですか。挨拶をしたかったのですが、仕方ありませんね。」


 しばらく無言の時間が続いた。沈黙を遮ったのは大鷹さんだった。


「紗々さんのペットのグリムはどこにいるのですか。リビングには見当たらないようですが。」


「ああ、たぶん私の部屋にいると思いますので、さっそく見に行きますか。」


 今日の目的は、大鷹さんと私の両親を会わせることではない。いないならいないで問題ない。二階の自分の部屋に大鷹さんを案内することにした。

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