そして実験へ

 結局、ファムとシェインの論争は、ファムが勝利を収める形となった。ファムの言い分はこうだ。


「シェインちゃんが留まるならタオくんもその場にいることになっちゃうでしょ? そんなのタオくんが可哀そうだよ」

「結局オレかよ……」

「タオ兄が可哀そうってどういうことですか?」

「えっと……男の子には、いろいろあるんだよ、ねっ! タオくん!」

「何でオレにふるんだ!?」

「そうなんですか、タオ兄?」

「シェインまで!?」


 ……正確には、ファムとシェインに詰め寄られたタオが折れ、それを見たシェインがしぶしぶ納得する……という形となった。


 シェインとタオが退出した部屋の中で、エクスとレイナは昨夜――正確には今日の早朝に座っていたのと同じソファに並んで腰かける。それを見守るように、ファムは向かいの一人掛けの椅子に座った。


「レイナ……準備は大丈夫?」

「ええ、いつでも……」

「じゃあ……」


 そう言うと、エクスは徐にレイナの首筋に噛みついた。

 レイナの首の、一番柔らかい部分。本能的にそこが分かるみたいで、エクスはレイナの首筋に舌を当てると、一気に牙を突き立てる。


「……ぁう、ん……」


 自分で口元を覆っているとはいえ、抑えきれない声が僅かに聞こえてくる。

 首元から全身へ、じんわりと熱が伝っていく。エクスの血……つまり“媚薬”のせいだと分かってはいるものの、やはり自分の体が自由に動かなくなっていくのは少し怖い。


「ん……や、えく……っ」

「大丈夫だよ、レイナ。君の嫌がることはしないから」


 エクスは優しくそう言い、レイナの頭をぽんぽんと撫でた。レイナの頬がさらに赤くなる。


「……大丈夫? もうこの辺で止めにしといた方が――」

「ううん、だいじょうぶ……。エクス、私はまだ大丈夫だから……」

「……うん、じゃあもう少しだけ」


 赤く上気した頬、潤んだ瞳、呂律の回らない舌。

 今までは気付かなかったレイナのいろいろな部分に、エクスは少しだけ戸惑ってしまう。

 エクスに向かって腕を伸ばしたレイナを抱きしめるようにしてエクスは再び彼女の首筋に噛みついた。エクスの血を啜る音と一緒にレイナの小さな声が聞こえてくる。

 しばらくして、エクスはレイナの血を飲むのをやめると、ソファに倒れこんでしまった彼女を抱き起した。


「……レイナ、大丈夫?」

「ひゃ――っ」

「え?」

「や、なんでもないわっ! えっと、大丈夫……よ、一応ね」


 エクスが触れた瞬間に声を上げたレイナに驚いていると、彼女はますます頬を赤く染め上げながら慌てて弁解をした。

 その様子をにやにやと眺めていたファムがエクスに言う。


「その様子だと、エクスくんはさっきまでの記憶も、あの間の意識もしっかりしてるようだね?」

「うん。ちゃんと覚えてるし、自分で吸血量もコントロールできるみたいだ」

「って言ってるけど、お姫様は大丈夫? 貧血とか」

「ええ、私も平気よ」

「そっかそっか~」


 なら実験は成功だね、とファムが笑顔で言う。

 エクスとレイナは何だか複雑な気分で部屋を後にした。


「ぼーうずー、どうしたんだー?」


 男子組に用意された寝室に入るなりベッドに突っ伏したエクスにタオが問う。エクスは枕に顔をうずめて足をバタバタと動かしていた。


「おーい、坊主ー? 聞いてんのかー?」

「~っ!」


 声にならない叫びを枕にぶつけ、しばらくするとエクスはタオに向き直って座った。タオは向こうのベッドで胡坐をかき、頬杖をつきながらエクスの様子を眺めていた。


「……僕、ファムが言ってた「タオくんが可哀そう」っていう意味、分かったかもしれない」

「ああ……。その言いぶりだとお前、お嬢のアレ覚えてんのか」

「うん……」


 一瞬なんだか自嘲気味な表情になったタオだったが、すぐにエクスをいじることに意識を転換させる。エクスは顔を真っ赤にして頷いた。

 タオは自分の乗っていたベッドから降りるとエクスの隣に座り、肩を組んで内緒話をするように問いかけた。


「で? 感想は?」


 誰にも言わないから、と小声で付け加え、にやにやと笑いながら言う。


「いや……あの、なんというか、レイナの血を吸ってる間は特に意識してなかったんだけど、今になって思い返すと……なんか、いろいろ……ダメな気がして……」


 おそらくエクスは先ほどのレイナの様子を思い出しているのだろう。どんどん頬が紅潮し、後の方になるほど声が小さくなっている。

 その様子を見てタオがますます面白がる。


「まあアレはアウトだよな~、ただでさえお嬢は黙ってれば美少女なんだし」

「あはは……、『黙ってれば』は余計だよ……」


 レイナに聞かれたら怒られるよ、とエクスが力なく笑う。


「けどお嬢にも色気なんてあったんだな……。『色気より食い気』だと思ってたぜ……」

「……レイナに失礼だよ」

「でも実際そうだろ?」

「まあ……」


 普段のレイナの様子を思い出すと認めざるを得ない。

 タオがまだ何か話している横で、エクスは先ほどのレイナの様子を思い出し、また顔を赤くした。そっと口元に手を当てると、まだ彼女の柔らかい感触が残っているみたいで。

 エクスは自分の行動に呆れ、小さなため息を吐いた。

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エクスとヴァンパイアの呪い 雨宮羽依 @Yuna0807

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