29 Day 3

 陸上自衛隊立川駐屯地は、夜を迎えて厳戒態勢を維持していた。

 首都圏の防衛を担うこの駐屯地は、今やゾンビ災禍に抵抗している数少ない基地の一つとなっていた。防備を固め、昼夜問わず隊員たちが警戒し、避難民の受け入れや移送、そして付近に現れているゾンビの対応に追われ続けていた。それでもまだ、基地としての機能を維持し、平静を保っているのは奇跡とも言えた。

 その基地の片隅で、自衛隊のヘリパイロットである森田は休息についていた。とは言っても、ベッドなど満足な場所で休める筈もなく、格納庫の片隅に設けられたベンチに横になり、この喧騒の中、何とか仮眠を取ろうとしていた。


 忙しなく空を飛び続けていた森田にとっては、久々の休息であった。本音としては、一刻も早く助けを待っている人々を空から救い出したい気持ちであったが、過酷なフライトの連続に身体は根を上げつつあり、上官からの命令もあって休みを取る事になった。愛機も整備を受けており、明日の出撃に備えている。

 今日一日だけで、森田が救出した民間人の数はかなりの数に上った。各地の避難所――警察によってぎりぎり守られている学校――等から、各基地へピストン輸送もしたし、各所に自衛隊員を運ぶ事も多かった。

 中でも特筆すべきなのは、東京湾上、海ほたるでの民間人救出作戦だった。木更津方面が車両火災事故で通行不能となり、反対側からはゾンビが押し寄せてくるという危機的状況下で、警察と民間人たちが必死の防衛を行い、救出までの時間を稼いだ。森田のヘリのみならず、沖合いにいた漁船やプレジャーボート、海保の哨戒艇などの協力もあって、数百名近い民間人が孤島からの脱出に成功していた。


 彼の周囲では、同じくつかの間の休息をとっている隊員たちが多く控えていた。しかし、彼らが時折交わす言葉や話の多くは、事態が悪化している事を物語っていた。


 日本全国での感染者は記録しているだけでも1000万人を記録。

 首都圏の殆どがパニック状態。

 関西方面にも感染が拡大。

 四国、九州方面の完全閉鎖。

 政府機能は北海道へと移転。

 未だ対抗薬やワクチン開発の手立てなし、感染後のゾンビ化は確実。

 

 耳を塞ぎたくなるような話が続いていた。だが、悪い話ばかりではない。少なくとも自衛隊はまだ機能している――森田たちが救出活動を続けているからだ。

 今は、都内の各所にある政府施設や避難所の警備、発電所などの要所の防御に留まっているが、明日からは自衛隊と警察が共同でゾンビを「駆除」するための作戦が展開される予定であった。習志野の第一空挺師団をはじめ、防戦一方であった自衛隊員たちにとっては朗報とも言えた。

 しかし、不安要素もある。関西地方でも感染が拡大しつつあり、避難作戦も開始され、首都圏での惨状を教訓に動いているとは言え、関西でもゾンビ災禍を抑えきれるかどうかは定かではなかった。しかし、この状況ではやるしかなかった。

 明日は朝早くからの出動になるだろう。だが、燃料と共に機体が動く限り、彼らに出来る事は1人でも多くの民間人を救出する事だった。森田は眠りに落ちながら、明日も飛びまわれるだけの状況が続いてくれたらいい、と心の中で願った。

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