28 Day 3

 ガソリン切れと道路の封鎖で、芹沢が乗っていた救急車は立ち往生し、やむなく車を乗り捨て、徒歩での移動となった。物陰に隠れ、逃げ惑う人々や、辺りをうろついているゾンビ達をかわしながら、芹沢は同行している若い警察官の後を追って街の中を進んでいく。

「どこまで行くつもりなんだ?」

 芹沢は警官に問いかける。警官はただ一言「家だ」と返した。

 辺りは暗くなり始めている。電気の通っている街は、外灯や窓から漏れる明かりで多少なりとも明るくなっているが、路地裏はすっかり闇に隠れつつあった。芹沢は焦りつつあった。

「歩き続けるのは無理だ、そろそろ休んで、隠れる場所を探そう」

「休めだと?そうは言うがな……」

 警官が拒否するが、芹沢は強い口調で話を続けた。

「夜間になれば嗅覚と聴覚の聴くゾンビの方が有利だ、見落としがちな場所や暗がりから引っ掴まれたらひとたまりも無い。危険を冒してまで前へ進むよりも、危険な夜を安全な場所でやり過ごす方が賢明だ。家がどこにあるかは知らないが、ひとまず休める場所で今後のプランを立てようじゃないか。行動するなら明るい昼の方が良い」

「……だったらどこに隠れると言うんだ」

 警官の問いに、芹沢は辺りを見回した。

「あれだ」

 芹沢の指差す先には、一軒のマンションがあった。


 2人は、そのマンションへと向かった。まだ何軒かは人が残っているようで、電気が点いていたが、多くは真っ暗なままだった。マンションに入り、注意深く階段を上りながら、二階の通路に出る。開きっぱなしのドアが何個かあり、通路の奥にはゾンビの姿も見えた。

 ドアが開きっぱなしの、手近な部屋を見つけると、2人はその中に足を踏み入れた。部屋の中は荒らされており、人の気配は無かった。急いで逃げ出した後に、略奪者が押し寄せたようで、キッチンの棚や冷蔵庫はひっくり返されたままだったが、幸いにもゾンビはいなかった。警官が拳銃とライトを構えながら中に入り、部屋の中を慎重に調べていく。

 安全であるとわかったら、ドアを閉め、鍵を掛ける。芹沢はほっと一息ついた。


「……緊急避難、って言っても通じるか?」

 先ほどから構えていた拳銃をホルスターに収めながら、警官が呟いた。大丈夫だろう、と返しながら芹沢はフローリングの床に腰を下ろした。身体はくたくただった。

「腹が減ったな……」

「ほら」

 芹沢は、病院から持ってきたバックパックの中に手をいれ、チョコバーを取り出した。それを警官に投げ渡すと、彼はキャッチした。

「病院のスナック自販機から拝借してきた。非常時とは言え、自販機ぶっ壊して中身を奪うのは結構気分良かったぞ」

「お、おう」

 警官は、とりあえずそれを受け取ると、袋を破いて中身を齧った。久々の食事だったのだろう、すぐに全て食べつくし、飲み込んだ。

「車に乗せてくれた礼だ」

 同じく、チョコバーを取り出して齧りながら芹沢は呟いた。

「名前を聞いてなかったな?教えてくれ」

「佐藤だ、あの病院近くの交番勤務だ。あんたはあの病院の医者か?」

「ああ、芹沢だ。よろしく」

 2人は簡単に握手を交わした。

「それで……これからどうする?家はどこにあるんだ?」

「ここから数駅分の距離がある、あの住宅街の奥。そこが家だ。言いつけさえ守ってれば、家族がそこで待機しているはずだ。妹にも騒ぎが大きくなる前から実家に戻っていろと言ってたからな、全員無事だといいが」

「そこで篭城するつもりか?」

 芹沢の問いに、佐藤は首を左右に振った。

「いや……助け出して逃げ出すつもりだ。アテなら、ある」

 佐藤はポケットから取り出したメモを見た。

「自衛隊と警察が共同で、避難作戦を実施している。横田、立川、横須賀、習志野が救出拠点になってる。感染してないなら、そのまま安全地帯まで移送するそうだ。警察無線を無くしちまったし、携帯も落としたから今どうなってるか確認のしようは無いが……」

「なら、とりあえずはここで朝を待って、家についてから考えよう。家族に体調の悪い人がいるなら教えてくれ、いつでも助けになる」

「……すまないな」

 佐藤は、申し訳なさそうな顔を一瞬に浮かべた。以外と良いヤツなのかもしれない、と芹沢は心の中でこの警官を見直した。

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