【R15】みんな、化け物。チ〇ビの化け物。【なずみのホラー便 第8弾】

なずみ智子

みんな、化け物。チ〇ビの化け物。

 それは突然のことであった。

 まさに青天の霹靂であった。


 ”ヒト”の創造主からの問いかけ。

 そう、創造主から、我々”ヒト”に向けての問いかけであった。

 

『今現在の”ヒト”の肉体において、どこか修整してほしいところはないであろうか? どのような修整希望であっても、私は快く聞き入れて受け入れよう。それが創造主が行うべきサポートであるだろうから。しかし肉体の修整希望において、私は”ヒト”全体の多数決を取るわけではない。ランダムに1つだけ修整希望を選び、全ての”ヒト”の肉体に一括でたった1つの修整希望を適用するものとする』


 世界が沸き立った。

 もちろん、日本も沸き立った。


 自分たち”ヒト”の肉体の修整希望を、創造主が聞き入れてくれる。

 さて、肉体のどのような点を修整してもらおうか?

 TVで、インターネットで、様々な”ヒト”の意見が――いや、切なる希望が飛び交っていた。


※※※


「やっぱり、翼。人間だって翼が欲しい。鳥のように自由に空を飛びまわりたいよ。眠る時はうつぶせ寝しかできなくなりそうだけど。ぜひとも"翼をください”」


「めちゃくちゃ、頑丈な鋼のごとき肉体にしてもらうこと一択。車に跳ね飛ばされようが、高い所から落ちようが、火事に巻き込まれようが絶対に死ぬことのない体にな。そうすれば無惨な事故死を遂げる人も皆無っつうわけで」


「取りあえず、皆を”中性の肉体(?)”にリセットしてほしいわ。そして、そのあと”各自の心に基づいて”女性の肉体に変化するか、男性の肉体に変化するかを、各肉体が心と相談して決めることができるようになってほしいのよ。正直、今の私の肉体は、私の心に合ってないから……」


「生老病死の苦しみを知ることのない肉体に。愛別離苦の悲しみを知ることのない肉体に」


「全ての者の外見を統一することが平和と平等への一番の近道。肌の色、髪の色、目の色、また美醜の度合いなど外見が皆違っていることが、嫉妬や劣等感、そして何よりも差別感情発生の原因となっている。皆、同じ外見に統一されたとしても、額部分に名前や出身が彫り込まれていれば各々の区別はつき、個人を認識してのコミュニケーションは可能であると推測されるため」


「口臭や体臭、ムダ毛が発生することのない肉体になればいい。日々ケアして、まめにメンテナンスはしているけど、ズボラな女にはとっては正直しんどいorz」


「手から波動を出せたり、瞬間移動ができたりとかすれば……それは、もはや単なるエスパーか。人類総エスパー計画www」


「ほんと、いろいろな意見が出てるみたいだけど、創造主さんも結局のところ、大多数の意見を採用するんじゃないかな? ”ランダムに1つだけ修整希望を選ぶ”っては言ってたけど、それはきっと、大多数の意見に流されて迎合するのではなく、一人一人に自分の意見をしっかり持ってほしいという”親心(?)”から来ているハッタリなんだよ」


※※※


 平凡な女子大生・カズホも、地球上の”ヒト”の1人として、創造主からの問いかけを知っていた。

 ”ヒト”の肉体における修整希望――といっても、カズホが隅々まで知っており、実際に体験しているのは女の性を持つ自身の肉体のみではあった。

 しかし、彼女も考えていた。他の”ヒト”たちと同様に。


 彼女はスマホで、現在の世界人口を調べた。

 現在の世界人口は約76億人。

 創造主は、その中からたった1人の修整希望を聞き入れるのだ。

 誰もの確率が約76億分の1。

 人種、性別、年齢、地位、職業、文化、財産、美醜、既婚未婚などといったそれぞれの背景は、何の関係もなく影響も及ぼさない。

 全ての”ヒト”が平等な確率の前にいる。

 もちろん、カズホもだ。

 けれども――

 ”いくら平等であったとしても”カズホの修整希望がその約76億倍もの倍率をくぐり抜けて、採用されるとは思えなかった。 


 だから、彼女は”思いっきりふざけた修整希望”を創造主にぶつけることにした。

 どうせ、自分の希望など、他”約76億人の切なる希望”に押し流され、掻き潰されてしまうであろう光景は、未来予知といったエスパーの力を持っていなくてもしっかりと見えていたのだから。


 カズホは着ていたブラウスを脱いだ。

 ブラジャーも外した。

 そして、鏡の前に立つ。


 自分の体の一番美しい箇所が、衣類に隠されることなく、周りに堂々とアピールできるようになれば……! と彼女はほくそえんだ。

 カズホは自分の”乳首”だけは類を見ないほどに美しいと――声を大にしては言えないが(そもそも声に出して周りにアピールしたら単なる痴女であるが)相当な自信を持っていた。

 自分の顔やその他もろもろは全く大したことなく、人込みに流され埋没していく、その他大勢でしかないだろう。

 しかも、この乳首の美しさをアピールしようにも、日本国内で上半身裸で町を歩いている女などはまずいやしない。

 

 けれども……

 プックリとした淡い桜色の乳首。

 いや、桜の花びらよりも美しく儚い色味だ。

 もし、自分が男であったなら、こんな美貌の乳首の持ち主を前にしたなら……24時間365日年中無休でいつでもどこでも吸い付き、舌で転がして、舐めまわさずにはいられようか、と思うほどに。


 他の女の子たちは、やれ髪がツヤサラだの、やれ瞳がパッチリだの、やれ唇がプックリだの、という具合に、通常時に見えるところばかりを得意気にアピールしている。

 彼女たちより自分の方が遥かに美しい乳首の持ち主であることなど、カズホが服を脱がない限りは周りの者には分からないし、アピールすらできない。

 しかし、誰彼構わず、乳首を見せて回るわけにはいかないし、そんなことをしていたらたちまちに逮捕されてしまう。


 よって、カズホは考えた。

 願った。


「”美しい両の瞳を輝かせ”といった具合に、”美しい両の乳首を尖らせ”という風なアピールが、服を脱がなくてもできる”ヒト”の肉体となればいいな☆」と――



 願ったカズホはそのまま、眠った。

 それから、一週間は何も起きなかった。もちろん、他の”ヒト”たちにもだ。

 しかし、一週間後の朝、”外からの悲鳴で目を覚ました”カズホは知った。


 いや、見た。

 ”本来、乳首があった定位置に移動した両の瞳”でしっかりと――


 カズホの顔面の”本来の瞳の定位置”には、自慢の乳首が2つ並んでいた。しかも、寝起きのためか尖っていた。


 乳首と瞳のあるべき場所が――定位置が、入れ替わってしまっている!!!


 自分のふざけた願い(こんなふざけた願いをした者など、世界に自分以外にいないだろう)が、約76億の中より創造主の目に止まり拾い上げられ、快く聞き入れられたのだ!!!

 そして創造主は、全ての”ヒト”の肉体に、一括でその修整希望を適用したのだと――!!!



 カーテンをサッとあけたカズホは、自分が外からの悲鳴で目を覚ました通り、すでに外も阿鼻叫喚の地獄絵図であることを知った。

 TVのニュースをつけてみると、驚きと恐怖によって心臓発作を起こし死に至った人たちまでもが、世界各国で早くも100名以上確認されているようであった。

 ニュースを読み上げるアナウンサーたちも皆、はだけた胸にある瞳で原稿を読み、カメラをチェックしていた。

 アナウンサーたちも皆、”昨日の朝とは変わり果てた姿”となっていた。


 窓の外にも、そしてTVの中にも”化け物たち”がたくさんいる! 

 もちろん、この部屋の中にも!

 みんな、化け物!! 乳首の化け物!!!


 鏡の中から”自分”を見ている”乳首の化け物”の姿に、カズホの意識はスウッと遠のいていった。


 


※※※



 さらに一週間がたった。

 

 世界が湧き上がっていた。

 もちろん、日本も湧き上がっていた。

 絶望と怒りによって……


 TVで、インターネットで、”変わり果てたヒトたち”の意見が――いや、やり場のない怒声と慟哭も、飛び交い続けていた。



「目線が以前よりも格段に低くなったため、頭部をよく打ちつけたり、あるいは転んだりなどして、痣や生傷が増えました。食事をする時も目測を見誤り、フォークで歯茎を刺してしまうことになり、口回りも食事の度にベタベタになっています。車の運転すらできません。そのうえ、眼球が移動してしまった胸部を雨の日でも雪の日でも露出せざるを得なくなってしまったため、風邪だって格段に引きやすくなっている状況です。まだ30代男性である私ですら、このようなことを懸念せざるを得なくなっておりますので、小さなお子さんやお年寄りの方は本当に辛い状況にあると思います」


「ED(勃起不全)になっちまったじゃねえか! どうしてくれんだ!!」


「うちの愛犬は怯えてしまって、家族の誰にも近づいてくれなくなったてしまったんです。可哀想に……今も部屋の隅で丸まって、キューンと哀し気に鳴きながら、私たちの様子をこわごわと震えながら窺っています。せっかく、愛犬と友好的な関係を築けていたのに……恨みます」


「こんな人類は嫌すぎる」


「おっぱいを飲んでいる子供の状態を確認するにはでんぐり返しの体勢とならなければなりません。そのうえ、体の内部はどういう仕組みに修整されたのはは分かりませんが、乳房の膨らみはそのままで乳首だけが目があった位置に移動しているため、胸から頭の方へと母乳が流れてくる妙な感覚も気持ち悪いです。また、授乳によって乳首が下を向いてしまっていた私の親戚の女性などは、いつも手で乳房を持ち上げていないと周りの状況が分からないため、腱鞘炎にもなりかけています……この修整希望を願った方は、どのような気持ちでこんな誰の救いにもならないことを願ったのでしょうか?」


「本来、目がある部分に乳首が、乳首がある部分に目が……とは、もはや、妖怪”尻目”の親戚にでもなったかのようだ。いや、まさに我々人類は、妖怪”乳目”となったのだ。人類総妖怪化計画は、確かにそして軽やかに遂行されてしまった」


「こうなってしまった今、ボクの意見を言わせてもらうよ。口と肛門が逆となってしまうよりかは、数段マシかとは思うよ。”鼻の下にすぐ肛門”や”尻で食事をする”という最も最悪な配置よりかはね。でも、この状態もちょっと酷すぎない? こんな修整希望を出した奴の処刑を心からボクは望む。中世ヨーロッパ並みの拷問を繰り返した後でのね。もちろん、インターネットで生中継という世界に向けた公開処刑でだよ。なんなら、ボクが全人類76億人の代表として処刑を行おうか?」


「”ヒト”の肉体というのは、まさに奇跡の配置とそれぞれの器官の連携で成り立っていた神秘そのものであったのだとつくづく実感。でも、一部の”ヒト”だけでなく全ての”ヒト”が揃って同じ時に”同じ姿”になったのは不幸中の幸いであったように思う。特に”皆と同じが普通、皆と同じが正しい”みたいな空気が流れている日本人にとっては……それに世界全体で見ても、皆が”乳首の化け物”になってしまったわけだから、国籍や肌の色での差別している場合じゃなくなっているように思える。だが、出生率は間違いなく急低下するであろう。ちなみに、創造主はこの修整希望を出した”人類史上最悪の人物”の国籍、年齢、性別、名前は非公開としているままだ。私個人の意見として公開してほしいが、もし仮に、その人類史上最悪の人物”が日本に住んでいた者であったとしたなら……日本は世界のウ〇コと成り果ててしまうに違いない。世界中から総攻撃を受け、後には塵すら残らぬ光景が私の”胸にある目に浮かんでくる”ようである」




―――fin―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【R15】みんな、化け物。チ〇ビの化け物。【なずみのホラー便 第8弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ