Chapter2-2「山へ」

農場を後にしたカーネイジとミグラントが次に出会ったのは、車ほどの高さの蜘蛛型のロボットだった。勿論、機械種のウェステッドだ。

「なんだ、王様が二人そろって散歩か」蜘蛛型は二人を見て言う。機械の蜘蛛の顔をしているため、表情がなかったがどこか呆れたような声色だった。

「それとも森に戻る所だったか?」「それもあるけどちょっと人を探してるんだ。人というかウェステッドをね」ミグラントが言うと彼は思い当たる節があるように空を少し見上げて答えた。

「そいつ、黒髪で妙に胸のでかい女だったりしないか」「そう、その人だよ。もしかして会った?」「さっき馬車が盗賊に襲われていたのを見てな、助けようとしたときに会ったよ」「それで」カーネイジが横から入って聞く。

「ああ、森への道筋を尋ねられたから詳しい行先を教えて別れたんだ。だけど村はちょっと難しいかもしれんな」

それを聞いたミグラントは首をかしげて聞く。

「なんでだい?あそこの山、熊とちょっとした魔物が出るくらいで大した危険もないだろう」「最近あの辺りで妙に盗賊が活発なんだ。まあ盗賊くらいなら俺達ウェステッドには大した問題じゃないんだが…そいつ、第二形態だったんだよ」



時間は馬車に乗って移動を始めた椎奈に戻る。


ゴトゴトと揺られながら椎奈は一緒に乗っている乗客を見る。

歳はバラバラだが皆一様に疲れているような表情をしていた。時々何人かと目が合うが、椎奈よりも先に目を下に向けた。椎奈は納屋で見つけた毛布でボロボロの制服を隠し、更に女性にしては高いであろう身長を屈めているので一見すると怪しい女であるからなのかと、椎奈は思った。

荷台を引く馬に乗った男性も、何処か疲れているような雰囲気を背中から出していた。どうにもおかしい。そこで自分が街で起こした問題を思い返すが、それにしては妙に着ている服が汚れていたしくたびれている。

自分の今の制服は戦闘でボロボロになったが、彼らの格好はそれとは別の理由で傷ついているように見えた。例えば、何かから逃げてきたような。

「私も、逃げてばかりだなあ…」その様子を見ていた自分の口から言葉が漏れる。

逃げて、逃げて、今も逃げている。生前から変わらず。違うとするなら生命がかかっているくらいか。生前も遠回しに命がかかっていたが。

「このままどうなるんだろう…」背中に意識を向ける。人間を殺すためだけにデザインされたような節足のようなもの。これを見た人々は、恐怖の表情に染まる。

思い返すと、助けに行った少女もどこか奇妙な顔をしていた気がする。

自分は一体、何者になってしまったのだろう?そして、自分はどうなってしまうのだろうか。

不安を感じながらふと運転手の方を見た。同時に、乾いた破裂音が聞こえてその運転手のこめかみが弾けた。

「え?」椎奈の声か、銃声のどちらかで運転手の異常と原因に気付いた乗員たちが悲鳴を上げる。直後に、馬車の周りを武器を持った男たちが取り囲んだ。

椎奈には何を言っているのか分からないが、男の癖に無駄に露出の多い格好は見覚えがあった。今まで殺した武装した男たちも似たような格好をしていたからだ。

そしてどういう人間なのかは大体予想していた。


悪者だと。


悪は倒さなきゃいけない。剣と魔法(仮)の世界なら、それは簡単に遂行できる。

つまり殺す。いつも思ったように、いつも見たように。ゲームでしたように。

普段の自分ならあり得ても行動には移せないような短絡的な思考になっているのに、椎奈は今気づいた。

そのことに気付いた瞬間、身体が動かなかくなった。拘束されているわけではなく、自分の殺意の存在に本能がエラーを発したように体が動かないのだ。

どうしてそんな簡単に殺すに行きつくのか、自分でも分からなかった。


男たちは乗客に武器を突き付けて脅し、荷物から金目のものや通貨のようなものを奪っている。そして一人がこっちを見た。

みしり。目が合った瞬間。何か、例えば生物の肉体が軋むような音が聞こえた気がした。次に椎奈が感じたのは、背中から何かが出てこようとする感覚だった。

何が出てくるのかは分かっていた。あの節足か、触手のいずれかか両方だ。

だけど、今は戦う気はないのに、

「な、なんで!?」流石に慌てた椎奈が声を上げ、力んで出ようとする器官を押さえようとするが元々思うがままに振るい続けていたので、押さえ方もしまい方も分からなかったので意味がなく、感覚で先っぽまで出てきている。

それは盗賊も分かっていた。妙にぼろい布で身体を隠した、でかい女の背中が奇妙な盛り上がり方をしていたのだから。それがもごもごと蠢いているんだから目を背けるわけがなかった。だがまだ女がウェステッドであることには気づいておらず、むしろ別の何か、例えば虫使いや死霊術師と思った。

とりあえず「てめぇ、そこで何してる!?」と声を上げて襲い掛かろうとした。

それに気づいた椎奈は「来ないで!」と叫んだ。


だが直後、轟音と共に男の顔が弾け飛んだ。というより

少ない知識で例えるなら、大砲の球が男の頭を粉砕しながら通過したようだった。

「え?」一瞬で訪れた光景に椎奈は思わず呆気にとられた。一瞬また自分の器官なのかと思ったが、そのスキを突いたようにずるずると器官が飛び出したので、自分によるものではないと分かった。

轟音で盗賊たちと乗客たちは一瞬で止まった。そして音がした方を見て仰天した。

そこには、巨大な鋼鉄の蜘蛛が、前足から白い煙を吐きながら立っていたのだ。

それがウェステッドだと気づき、轟音が蜘蛛の脚から出たものだと察した時には、まず乗客たちがしゃがみ、その行動が遅れた盗賊たちは続く轟音と共に放たれた砲弾、正確には57mm弾の餌食となり、粉々になった。椎奈は状況についていけず固まっていたが、何故か彼女には砲弾が当たる事はなかった。

続いて巨大で複雑な機械が動くような音が響き、蜘蛛が馬車に近づいた。

何処かくたびれていた様子の乗客たちは蜘蛛の子を散らしたように悲鳴を上げながら四方に逃げ出したが、蜘蛛は彼らには目もくれず、轟音で耳が遠くなり、ついでに思考も遠くなっていた椎奈に視線を向けた。


そして、老紳士、セバスチャンのように

「狙ってはいないが無事か?」話しかけられた椎奈は轟音の衝撃でくらくらする頭を抱えながら答える。「は、はい。えと、その」

「俺もお前と同じものだよ。いつからかウェステッドと呼ばれている、所謂化物だな」蜘蛛はそう答える。「私と同じ、化物…」「何となく気づいていたかもしれないが。俺たちは化物だ。それも困ったことに普通のモンスターとはどうも違うらしい」

「違うって、何が…」「どう違うかは分からん。だが、出会う奴ら皆そう言うんだ。。と」

そこまで聞いた椎奈は、ようやく頭が回り始めたのか目の前の蜘蛛に聞く。

「あの、私山を目指してるんです。その先の森に行けば安全…みたいなことを教えられまして」「そうか、この先で道が分かれてるんだが右の道を進んで、道なりにまっすぐ進めばすぐに小さな山に到着するだろう。上った先に村があり、そこを越えて降りて行けば森に辿り着く。山は最近危ないらしいが、それより危ないのが俺たちウェステッドだ。人や熊ぐらいなら器官を見せて少し吼えれば逃げ出すから大丈夫だ」

「ありがとうございます。その、あなたの名前は?」「俺か?名乗るものでもない、というか無い。それにからな」

「そうですか…でも、また会ったらその時は教えてくれますか?」

椎奈にそう言われると、蜘蛛は少し考えたように止まる。

「そうだな、その時になったら名前を名乗っておこう。さあ早く行け。四方に散った乗客が冒険者や兵士に伝えている頃だろう」

「あなたは?」「さっき言ったように、少し吼えて追っ払うつもりだ」


手を振りながら歩いていく椎奈を蜘蛛は見送って、馬車の方に目を向ける。

椎奈は見てなかったようだが、彼女の足元、そこに転がっていたボロ雑巾のような物体。それはボロ雑巾のようになった人間でもあったが、正確に言えば、馬車内で行き倒れたように力尽きていた子供だった。戦火に焼かれながら、逃げ出していた人間。

「何処へ行っても、計上されない被害者というのはいるものだな」

そうつぶやくと、蜘蛛もまた立ち去った。


「…というわけだ。お前らも早く行った方がいい」

経緯をミグラントとカーネイジに伝える。「第二形態やアキチたちについては教えなかったんだね」「ひどいやつだ」

「ボヤ騒ぎで国を焼いた奴と喜々して暴れる戦闘狂に言われたくはない。あと、ここ最近ウェステッドも人間も魔物もどうも慌ただしい。詳しい事はワイトとゴートにでも聞け」

「気が向いたら聞いておくよ。どうせしょうもないことだろうけど」

「君の興味が引くものがなんなのかアキチすっごく気になるんだけど」

言い合いながら椎奈の後を追う二人を見送り、二人の姿が消えた所で蜘蛛は改めて前を向いた。


「…やはりつけられていたな。いや、か。カーネイジ」

彼の前に現れたのは、白銀と蒼の鎧を身に付けた騎士たちだ。

そのリーダーと思われる、金髪の少女が黄金色に輝く剣を構えた。


「憐れなものだな。お前たちも、俺たちも」

「死んで、怪物となって生きなければならない俺たちと、生まれ変わった者たちに振り回されるお前たち。どこか似ているとは思わないか?」


少女たちは何も答えず、皆武器を構える。


「そう、みんな憐れなものだ」


蜘蛛が全身の武装を展開して構えた。

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