Chapter1-4-3「事案13-1:貴族襲撃(後編)」

トドメを刺すように、節足が彼の顔に向かって伸びた。


だが、節足の先端部が彼の顔を貫くことはなかった。何故なら伸びた節足を、何者かが掴んで止めていたからだ。その光景に椎奈は勿論アルバートも驚いた。

しかし彼女は彼を殺せなかった原因を知ると、冷めたような表情から驚愕になった表情は、すぐに先程の怒りと嘲笑が混ざったような形に口が歪み、節足を引き抜こうともがき始めた。

一方のアルバートはもがく彼女ではなく、彼女の節足を掴んでいる人物を見た。

それは全身鎧の騎士だった。だが問題を挙げるならまずサイズがおかしい。

人間用とするにはそれはあまりに大きく、かといって高位の魔物やオークが装着する鎧にしては小さかった。そもそも、

兜の目にあたる穴からは青い光が灯火のように光っていたが、鎧と鎧の間にあるべき中身は存在しなかった。


だが彼は、それが何なのか知っていた。何故なら父が死に、葬儀が終わった後に王国から送られたものだからだ。優れた武勇を持った戦士を尊び、称えるために作られる特別なゴーレム。「アーマードゴーレム」だ。

鎧で作られたゴーレムは他にもあるが、アーマードゴーレムと呼ばれるこのタイプはこの大陸で古くから伝わる「勇敢な戦士は、死してもいずれ世界の危機に再び甦る」という逸話に因んで作られている。

しかしゴーレムと言っても、駆動用の魔力を補充されていない状態で送られるため飾りでしかない。勿論、魔力を補充していないため動くはずがない。

それは母のゴーレムもそうだった。なぜ?


逸話が彼の頭をよぎる。勇敢な戦士が甦り、再び世界を救う。

残された家族ものに送られるアーマードゴーレムは、その逸話に因み守り神として作られ、送られる。

そして近年、その逸話通りにウェステッドから護るようにアーマードゴーレムが突然起動し、ウェステッドを撃退しているという。死した戦士の、者の力を振るって。

「父さん…なのか…?」聞かずにはいられなかった。ゴーレムに発声機能はないが、もし中に父がいるのなら何かしらの反応を見せてくれるのではないかと思って。

その言葉に反応したように、ゴーレムはゆっくりと彼の方を向いた。

彼をじっと見るような動きをしている間に、椎奈は握られていた節足を引き抜いて後方に飛び退いた。そして低い体勢で悲鳴のような雄叫びを上げて再び接近する。

対するゴーレムは背中に取り付けられた大剣を抜いて構える。

二体のゴーレムとの戦いで対処法を思いついた彼女はまず両足を狙い、大剣を振った。がゴーレムは力強く地面を蹴り攻撃を回避。ジャンプしたゴーレムが剣を下に向けて彼女目掛けて落下する。それを見た彼女は慌ててその場から離れる。


その動きに驚いていたのは椎奈だけではない。アルバートも驚かざるをえなかった。

ゴーレムの動きというのは全体的な重量の他にコアの数で決まる。

単純にコアの数が多ければ多いほど複雑かつ精密で、柔軟で機敏な機動を可能なのだがコアを増やすということは破壊され部位の機能不全を起こすリスクだけでなく、術者の技術も必要である。複雑で正確な動きが出来ると言っても、術者の命令が正確でなければ、ただの宝の持ち腐れとなってしまう。

それを防ぐために、あえてコアの数を減らして単純な動きだけにし術者の負担を減らす。メインコアに自律回路を組み込んで二人三脚のように単純な命令を複雑な行動に変換する、いっそのこと学習機能を追加した自律回路に一任する。などの方法がある。

アーマードゴーレムは恐らく完全自律式なのだろうが、その動きは起動したばかりの自律式には到底難しい動きだった。流石はあらゆる分野の最先端が集約される王国といったところか。と彼は何処か感心してした。

あのゴーレムが造られるのは王国のみで、機体の解析などは厳しく禁じられておりその製法は謎に包まれている。動力源も、駆動式も不明。だが王国民は、まるで吟遊詩人の歌う詩を信じる子供のように語る。


あのゴーレムは、英霊となった戦士の魂が宿っているのだと。


学校の教師がまさに詩人の詩に酔いしれる民衆のような顔で言っていた時も今も信じられない話だが、仮に基となった人間の魂が宿っているのなら確かにその動きには見覚えがあった。魔物、ウェステッドや蛮族と戦っている父の動きによく似ていた。

そう思えば思うほど、目の前でウェステッドと戦うゴーレムは父のように見えてきた。


アルバートが感心しゴーレムを見ている一方、そのウェステッドである椎奈は攻撃を回避し時々防御するだけで精一杯だった。

先程のゴーレムとは比べ物にならない動きで、しかも素早さも倍。明らかに不利だ。

今まで通り一撃でも喰らえばこちらは終わりなのだろうけど、繰り出される回数と速度は今までの比にならない。そもそも生前から素早い動きが苦手である椎奈の身体は、ウェステッドの肉体では無理のない動きでも彼女の意識では無理がある動きに感じてしまい、まるで幻痛のように悲鳴を上げ始めている。

それでも、歯を食いしばりながら呻くような声と共に剣を振り、背中の節足を突き出すが相手の大剣に阻まれるし、鎧も今までのものよりも上質なものなのか節足で貫けない。しかも動きを封じようと下半身への攻撃に集中するが壊すどころかその全金属製の脚に蹴られて地面を転がる始末。転がった椎奈にすかさず追撃がくるが自力でさらに転がり回避する。


「父さんの力を思い知っているかウェステッド!世界に捨てられた孤独なケダモノめ!棄てられて愛も忘れたお前たちに、死してなお愛するものを守ろうとする遺志の強さが分かるものか!」

闇雲に突撃しては押し返される椎奈を笑うアルバート。だが内部の彼は目の前の父に違和感を感じ始めていた。

父の魂が宿っている、つまり父にしては、あまりにも動きが雑なのだ。

先程の追撃も、本来なら即座に放たれるばかりかそもそも追撃を必要としない一撃を見舞っていたはずなのだ。


例えるなら、非常に優れた学習機能を持ったゴーレムが父の真似をしているような。

しかし目覚めたばかりでまだ本調子ではないのだろうと自分に言い聞かせてその考えを頭の中から消そうとする。

だが一度湧いた疑念は、簡単には消せずに残っていく。


彼がゴーレムに違和感を感じ始めたことなど知る訳がない彼女は、無意味な突撃と攻撃を続ける中で思いつく。目の前のゴーレムが振り回しているあの大剣。

あれをどうにか奪えば勝てるかもしれない。

それもただ奪うのではなく、相手が体勢を崩した時に剣を奪い、全力で下半身を破壊。続けて胴体のどこかにある本体を破壊するか、術者である彼を…ばいい。

何故、彼を殺さなければならない?急に疑問に思ったが、椎奈はそれを無視して行動に入り、相手からの攻撃を待った。


そしてゴーレムが大きく剣を振り上げ、振り下ろしてきた。

それに合わせて、椎奈も咆哮を上げて大剣を全力で剣に叩きつけ、なんと弾き飛ばした。しかしこれまでの無理がたたりとうとう大剣は粉々に砕けてしまう。

使い物にならなくなった剣をゴーレムの顔に投げつけ、転がった特大剣に飛びつくように近づいて手に取る。が重い。さっきまで軽々と振り回していた大剣が短剣のように思えるくらい重いが、構わずゴーレムの脚、詳しく言うなら弁慶の泣き所に向けて大きく振りかぶった。直後金属同士が激しくぶつかったような音が響き、続いて一方がひしゃげ、潰れながら壊れるような音が椎奈とアルバートの耳に入った。


野球で相手の球を打ったかのように特大剣を放り捨て、ゴーレムの方を見て、椎奈は目を疑った。

足だけを狙ったつもりだったが、一体どうしたらそうなるのかそれをやった自分でも見当もつかなかったがゴーレムの下半身はバラバラになっていた。

例えるなら幽霊が鎧の中に入って悪戯を仕掛けてきているようだった。

確かにゲームにはリビングアーマーなどの名前で中身がない鎧系のモンスターはいたりはするけども、思わず口に出てしまう。

「そんなのあり?」と。次の瞬間返答とばかりに横から突然何かが強烈なタックルを放ってきて、直撃を受け彼女は受け身も取れずに転がっていった。

その最中、自分にぶつかったのがなんなのかを知る。

さっきまで馬乗りになって、めった刺しにしていた岩のゴーレムだった。


その様子を見たアルバートは、父の危機に母が再び立ち上がったように見えた。

事実外側のアルバートはそうだと叫んでいる。

だが、そのゴーレムの胴体を見て彼も目を疑った。

椎奈の容赦ない攻撃でコア付近の岩はボロボロに砕かれており、加えてコアもズタズタに引き裂かれていたのだ。岩を伝って滴る黒い液体が、目の錯覚ではないと示している。本来なら動くわけがないのだ。ゴーレムを動かす動力と思考が両方とも壊れて流れ出してしまっているようなものだからだ。


だが、彼は学校で読んだ本の内容を思い出した。水上国家ヴェニスで発表されたという理論だった。それは、ゴーレムを制御する為に術者をしてコアとして運用する。というものだった。

人道に関わるとして発表以上の研究は王国から禁じられたが、そこにはこうも記されていた。


「人間の脳というのは転生者からの助言により非常に優れた演算装置であることが判明している。つまり」と。

記憶が巡る。あの時ウェステッドに喰われた母親の頭部は、幸か不幸か全く無傷の状態で吐き出された。

医学に詳しくないので、脳について詳しくは知らないが、生死関係なく脳は無事だっただろう。優れたゴーレム術者の、無傷な脳。


そこまで考えた時、彼は吐き気が込み上げてきた。

母のゴーレムを修理したのは王国直属の人造魔物研究機関だった。

考えたくないが、機関は天才とも謳われた母の脳を失うのを惜しみ、禁じた理論を基に母をゴーレムのコアにしたのだろう。そして息子や夫に知られぬよう、通常コアに隠したのだ。


馬鹿馬鹿しい!と、そこまで考えて彼は自らその考えを否定した。いくら転生勇者とその嫁達を頂点にするような王国の、暗い噂が絶えない研究機関とはいえそんな非人道的な行為をするわけがない。しないであってくれ。と祈るようにアーマードゴーレムに近づくゴーレムを見て、そして見てしまった。


破損したコアの内部から覗いていたのは、防腐処理を施されたのか何らかの修復魔法をかけられたのだろう、あの日のままの母の顔だった。


それを見た彼は、耐え切れずとうとうその場に吐いてしまった。


アルバートが吐いてるのを見ていた椎奈も、めった刺しにしたゴーレムのコアから人間の顔が覗いていたのが見えた。まさかの有人式なのかと最初は思ったが、どう見ても生気を感じられない顔で、そもそも位置がおかしいのですぐ死んでいると分かった。だが今の彼女にそんな事はどうでもよかった。そのゴーレムの体当たりを直撃してしまった彼女の左腕が折れてだらりと下がっている。しかも、彼女の身体は骨折を直そうと活動していて、例えるなら体内で骨が無理矢理移動しているような感覚と激痛が彼女を襲い、のたうち回っていた。それに、痛みの元の腕を見ればあり得ない方向に曲がってだらりと下がった腕がこれまたをしているものだから流石に人間、少女らしい悲鳴が口から飛び出した。

だが骨が繋がったのか余韻のような痛みを残して動くようになり、直ったばかりの腕を使って立ち上がるも、その先のゴーレムはなんと合体していた。

先程叩き壊した下半身の代わりを、ズタボロになった岩のゴーレムが補っていた。

(鉄と岩が合わさり最強?)そんな変な言葉が頭をよぎったが、ゴーレムから放たれた岩が彼女の腹にめり込んだことでその言葉が消え、そして口からは消化された何かが言葉の代わりに吐き出された。

その一撃で再び思考が殺意一色に染まり、獣のように吼えてゴーレムに飛びかかる。

しかし上半身からは剣、下半身からは岩が飛んできて、しまいには上半身と下半身が分離して上と下から同時攻撃を仕掛けてくるので、一方的にやられてしまっていた。


何か方法はないのか、と彼女は考える。この敵を倒し、状況を変えれる何かが…。


そうして何かを考えている間に、岩石の脚が彼女を蹴っ飛ばし、その先の柱に叩きつけた。

その衝撃で彼女は一瞬意識を失った。厳密には、失ったのではなく急に過去の記憶に意識が飛んでいった。



ある夏の日のことだ。椎奈の友人が学校の通り道にある池で見たのは、全身ずぶ濡れで泥まみれの藤森椎奈だった。おまけに両手に虫取り網を持ち、まるで二刀流の剣士か、バカな小学生のように池とにらめっこをしていた。

「お前は何をしているんだ」無視して帰りたかったが耐え切れずに椎奈に声をかけると、椎奈はこちらを見ずに「ザリガニを捕まえようと思ってるの」と答えた。

高校生なのになぜザリガニを捕まえようとしてるのか彼は理解したくなかったが、あらゆる意味で有名人の椎奈ならやりかねないと納得する。

「それでなんだってお前はずぶ濡れで泥まみれなんだ」「だからザリガニを捕まえようと池に入ったんだけど足が抜けなくなってザリガニどころじゃなくなったの」

お前は小学生以下か?と言いそうになった彼を前に彼女は網を構える。

「あのさ、網で直に捕まえようとするよりも釣った方が早い気がする」

「作ろうと思ったんだけど釣り針がない事に気がついたの」「たかがザリガニに針はいらないって、ほら」彼は網を持ってにらめっこを続ける椎奈の横に置かれた竹竿に釣り糸を結び、餌として用意したと思われる煮干しを着けて勢い余って顔から池に落ちていた椎奈に手渡した。椎奈は作ってもらった釣り竿ですぐにザリガニを釣り始める。釣り上げたザリガニを網でキャッチしては、近くに置いた水槽に入れている。

「お前、釣り針がないからじゃなくて作るのがめんどくさいだけだったろ」

「網の方が早いと思ったの。暑いし糸が結びにくかったし」

「そんな事だと思ったよ。だけど、急げは回れって言葉があるだろ?時にはめんどくさい手も必要だぞ」「そう…」


茹だる様な日光が急に感じられなくなった。しゃがみこんでいる草原が白い空間に変わり、自分と友人だけの空間となった。

それでも池は残っていて、椎奈は構わずザリガニを釣り続ける。

「それに、網じゃ届かない場所にザリガニがいても、釣り竿なら釣れるだろ」

「うん」「だから、

「分かった」椎奈は彼の顔を見ずに答える。池すらなくなり、本当に白一色の空間となっても、彼女は釣り糸を垂らし続けている。

その様子を見た彼は息を吐いて言う。「お前は。だから、後でどうなるのか分かるさ」


そして、締めの言葉のように彼は最後に口を開いた。


「なあ椎奈。お前、?」

その問いに椎奈は応えなかったが、顔を上げると同時に意識は現実に引き戻される。

同時に身体が軋み始める。新しい力を得るために、自分が自分を改造し始めている。


四つん這いになって叫びながら体を震わせる椎奈に、ゴーレムが岩を放つ。

だが当たる前に何かが岩を弾き飛ばした。「な!?」アルバートが見たのは、椎奈の腰の辺りから伸びた、一本の触手だった。人間の胴をやや短くしたほどの太さで、黒い甲殻を持つ頭のない百足のような触手が、岩を弾き飛ばしたのだ。

「まさか、!?」その様子を見たアルバートはウェステッドで恐れられる能力の一つを思い出した。

言葉の通り、進化することで状況や環境に適応するウェステッドの能力の一つで、特に厳しい環境に晒されたり、強敵に遭遇して生命の危機に陥ると起こしやすいと言われている。目の前のウェステッドこと椎奈は、ゴーレムという強敵に遭遇していた。適応進化を起こす条件は満たしていた。その結果彼女が生み出したのが、見るからに凶暴そうな触手である。どこか息が合っていない動きをしながらゴーレムが近づき、四つん這いのままの椎奈に剣を振り下ろすが、今度は剣に巻き付いて動きを封じて、別の触手が伸びて頭部を叩いた。よろよろと立ち上がる椎奈に合わせるように触手が戻って、先端部をゴーレムに向けた。頭も目もないのに、まるで顔があって睨みつけているようにアルバートは思ったが、気を取り直してゴーレムに叫ぶ。

「父さん!母さん!適応進化したウェステッドに気をつけて!さっきの手は通じない!」

警戒するようにと叫ぶ。それに反応したのか、ゴーレムはそれぞれが独自に椎奈を攻撃しようと分離しようとしたが、それより早く触手が襲い掛かって、アーマードゴーレムの両腕に巻き付いて下半身係のゴーレムに押し付けて分離を防ぐ。更に動けないゴーレムに椎奈は飛び乗り、頭部の目に当たる個所に節足を突き刺した。

鋭い眼光を放つように彫られた覗き穴が大きく広げられるが、ゴーレムの稼働には問題がないように見える。続いて椎奈は節足を引き抜いて頭部を掴み、引き抜こうと引っ張り始めるが溶接されているのかビクともせず、下のゴーレムが周囲の岩と脚を構成していた岩を置き換えて腕を作って伸ばしてきたので、苛立つような表情を浮かべながら離れる。そこを狙ったように岩の腕が蛇のように曲がって彼女に向かうが、その腕を触手が防ぎ、カウンターのようにもう一本の触手が腕を構成していた岩を切断するように砕き、分解させた。触手が離れた事で自由になったゴーレムが続いて剣を振り下ろすが、二本の触手が一撃を防ぐ。甲殻は見た目通り硬く、触手にしては破格の防御力を有していた。

新しい力を得た椎奈は果敢にゴーレムに挑み素手で殴りつけるが幾ら古く劣化したとはいっても厚い岩盤を素手で殴れば手を痛めるも臆せず拳を叩きつける。

椎奈は岩盤を叩き割ってその先のコアと生首を破壊して下のゴーレムを倒し、上のゴーレムはとりあえず胴体を真っ二つにすれば倒せるだろうと考えていた。

その為に素手で胴体の岩を砕こうとしているのだ。次の一撃で粉々に壊せるように。


上のゴーレムは剣を振り回したり、腕を振り回して触手を攻撃するが避けられては巻きつかれ、側面に生えた脚のような棘がノコギリのように鎧を削られている。

攻撃を避けた触手が特大のムチのようにしなり、痛打をゴーレムに与えて怯ませていく。さっきまでの圧倒が嘘のようにゴーレムが押されている。椎奈の攻撃に対応できなくなっていた。

その様子を見ているアルバートの外側は喚いていたが、内面のアルバート自身は先程抱いた不安が不安が確信になっていた。父ことアーマードゴーレムの動きが、明らかに父のそれではなくなっていた。訓練で散々見てきたから分かる。

剣の振り方、追撃の仕方、空いた腕の使い方、そもそもの立ち回り方全てが、ゴーレムのサイズや使っている武器の違い、目覚めたばかりといった言い訳で納得できるものではなくなっていた。


では、あのゴーレムは何だ?と考えた所でふと気づく。アーマードゴーレムの動力である魔力はどうなってるいるのか。通常ゴーレムは起動用の魔力で補充された魔力を活性化させて動いている。母のゴーレムは自分が修行する際に動かそうとして魔力を流し込んだことがあるので、稼働する要因は揃っている。

だがアーマードゴーレムは本来の用途の置物として客間に飾っていて、魔力を流したこともなければ客間で魔力が飛び散る様な強力な魔法を使った覚えもなかった。

そもそも何故製法や内部構造は秘匿されている?なぜ人間が、それも優秀な戦士や冒険者が死んだ時だけ作られる?それも、

と、考えた時彼は一つの魔術系統を思い出した。基本的に禁術、闇の魔術として知られている死霊魔術の存在だ。その中に、死して間もない人間の魂を縛り、魔力の源として使う術式が存在すると学校の図書室の魔術図鑑で読んだのだ。


そして、ウェステッドの触手で削れてできた割れ目からランタンのようなものに入った青白い炎と死霊魔術の独特の紋様が記されたスクロールが入っているのが見えて彼は確信した。


目の前のアレは死んだ戦士が動かしているという、感動の産物などではなかった。

死者の魂を動力にする、ただのゴーレムだ。優秀な人間、その技能を失いたくないという人間の昏い欲望と歪んだ死者への想いが生み出した。


ウェステッドと同じくらいおぞましい、人間の狂気の産物だ。


その事実に行き着いた彼は、膝から崩れ落ちた。

同時に、アーマードゴーレムの剣が柄を握っていた手ごと触手に切り離され、手首も肘の辺りで切断されて地面を転がった。更に下半身を構成していたストーンゴーレムも中継コアが破壊されて両足を失った。

それを見たアルバートの耳に、勝利を確信したウェステッドの雄叫びが入った。


雄叫びの主の椎奈が武器を失い、動けなくなったゴーレムに向かって一気に走る。

最後の抵抗のように岩を飛ばし、腕が届く距離でフックを放って椎奈を迎撃するが岩は触手に弾かれ、腕も触手の攻撃でにされ椎奈の横を通り過ぎていった。そしてまず下半身を構成していたストーンゴーレムの胴体の、真新しい塞ぎ跡に全力の拳を叩きつけた。硬い岩盤を殴ったことで、ウェステッドとして強化された肉体が耐えられなかったのか腕にヒビのような裂け目ができ、血が噴き出した。

しかし椎奈は構わず再び露出したコアに傷ついた腕を突き入れ、コアの中にある女性の生首を掴んで引きずり出し、その場で握り潰した。

黒い液体に混じって、垢やピンク色の肉片が飛び散って、ゴーレムが活動を停止した。そして残ったアーマードゴーレムに向かって跳んだ椎奈は触手と共に手刀を無防備な頭部に叩き込んだ。


その時、跳び上がった椎奈を追い顔を上げたアルバートの目に、椎奈の背後に天井のステンドグラスが見えた。二匹の蛇が、輪になって互いの尾を咥えるという奇妙な絵だ。

この大陸でかつて盛んだったという古い教えの「創世と終世の理」を表しているものだ。

その教えを今でも信じる者は密かに言うと噂されている。


ウェステッドこそ、世界を終わらせる役目を担った者。

終世の担い手、すなわちなのだと。


傷ついた腕を顧みず放った一撃は、鋼鉄の頭部を二つに裂き、そのまま胴体を真っ二つに引き裂いた。その衝撃が原因なのか青白い火花が裂け目から噴き出す。

そして、胴体に入っていた駆動用のスクロールと魂を封じていたランタンが手刀に破壊され、一際強烈な光が溢れ出してから、椎奈は見ていなかったが光の球が天に消えていった。封じられていたアルバートの父の魂が、解放されたのだ。


機能を停止したゴーレムだった鎧の残骸が左右に倒れて、アルバートと椎奈が三度目の対面を果たした。アルバートは何回目かの椎奈の表情を見た。

激情その物だった表情は何処かに去り、かといって冷めたような表情でもない。

これで終わりにしようと決めたような、何処か穏やかな表情に見えた。

「…お前は、お前たちは終世の担い手なのか」

ウェステッドこと椎奈から返答はない。椎奈も相手が何を言っているのか分からない。だが、何かを問うように聞こえた。

「転生者に滅茶苦茶にされた世界を終わらせるためにこの世界に転生したのか」

そう言いながら腰の後ろに隠した短剣に手を伸ばす。

「そして、必要悪となった僕らと勇者を殺すのか」

柄を握った直後、反射的に彼女の腹に突き刺そうと伸ばしたが、それより早く節足が彼の背中を刺し貫いた。その直前に、何故かイリスが客間に現れ彼の名を呼ぶが、彼女の目の前でアルバートが節足に貫かれたので、彼女が悲鳴を上げた。


それを背景に、椎奈はただじっとアルバートの顔を見ていた。

あれほどマグマのように滾っていた殺意が、怒りは何処かに去っていた。

からなのかと冷静に思ったが、相手の方が血を吐きながらもこっちを睨みつけていたので、彼が力尽きるまで眺める事にした。

そして悲鳴がした方を向いて何かを叫んだと思ったら、彼はこっちを振り返って笑った。

どうしたのかと思い、ふと彼の身体を見て異変に気付いた。


「イリス!リュカとセバスチャンと生きろ!生き延びるんだ!」

椎奈が彼の仕掛けに気付く数秒前、彼がイリスの方を向いて叫んだ時。

「いや!お兄様まで私を置いていかないで!」「どうせ生き延びたって、僕は悪役として勇者に殺される!その時お前までいたら一緒に殺されてしまうんだ!」

泣き叫ぶイリスに向かって叫んだ彼は、勇者と刺し違えるつもりで隠し持っていた爆炎のスクロールを起動した。

そして異変に気付いたウェステッドに向かって彼は笑ったのだ。

「お前は僕と一緒に死ぬんだ、世界に棄てられた者(ウェステッド)!」


何かを口走り、笑ったアルバート。彼の身体から噴き出す火花を見た椎奈は慌てて節足を振って彼を離すが間に合わないと思ったが触手が勝手に動き、盾のように彼女を覆った。


そして、強烈な閃光と爆発が二人を包んだ。




イリスと、セバスチャンに依頼を受ける形で彼女の護衛を請けたリュカが馬車で街を後にしている。馬車とすれ違う形で、二人の人物が街の中に入った。

一人は活発そうな金髪の少女。もう一人は対照的に黒装束でペストマスクを着けた男だ。二人とも冒険者なのかタグを首に提げている。その等級は、銀。

「街が騒がしいね、それに臭うなあ。の臭いだ」少女が言う先では、屋敷から運び出された死体が並べられていた。その近くでは死体が生きていたころに拉致した女性たちが保護されている。

「ぼくら、ねえ。君がアキチらと同列にいると思ってるとは思わなかったよ」

「ひどいなは、ぼくは仲間思いだよ?」「君に仲間想いという感情があるとは驚いたよ。…それで、やったのはアキチたちの同類かい?」

「だね、勇者にしては」二人は意味深な事を言いながら死体を並べている衛兵や冒険者たちに近寄る。

「銀級か。遅かったな」二人に気付いた冒険者が言う。

「隣町だったからね。それで、やったのはウェステッドかい」少女が死体に被せられたシートをめくりながら聞くと、冒険者は頷く。

「目撃した衛兵や生き残りが言うには、黒髪で制服姿。身長が女性にしては高く、また今まで見たことがないくらいの巨乳だとか」「最後ふざけてない?」黒衣の男が言う。「種族は蟲種らしい。背中から鎌状の節足が伸びていたそうだ」

「なるほど、それで、そのウェステッドは何処に?」少女が死体を弄りながら聞くと冒険者はその様子に顔をしかめながら答える。

「それが、この屋敷の主が道連れに爆発魔法を発動。主はバラバラになったがウェステッドの方は遺体が見つからない。近くにいた主の妹も閃光と衝撃で何がどうなったのか分からないらしい」

「消し飛んだとかは?」「それを含めて調査中だ。を使った様子もないから探知不能で、先行きは怪しいがな」

そこまで言うと冒険者は何処かに行く。それを見送った黒衣の男は少女に振り向く。「死んだと思うかい?」少女は見ずに答える。

「断言はできないけど死んだとは思えないね。死体を見ればわかる。素人感覚だけどような傷ばっかりだ。本人の頭は分からないけど、身体の方は良く学んでる。多分、どうにかして逃れただろうね」

「君の勘は信頼したくはないけど、君が言うなら死んでいないね。それで、何処に行ったと思う?」

シートを戻した少女は立ち上がって口を開く。

「あてはないはず。でも、ここから離れるなら裏手の農場かな。できればその先の山に行っているといいんだけど」

「じゃ、仲間を助けに行こうか、

「君も同じだよ?誰が決めたか分からないの二人目。「ミグラント」」少女がミグラントと呼んだ黒衣の男はおどけたように手を上げる。

「アキチは半ば濡れ衣みたいな感じで名付けられたけどね。君の方がやりたい放題したって言うじゃないか、

アルバートの父の命を奪ったウェステッドの名前で呼ばれた少女は、その顔に似合わない邪な笑みを浮かべた。




その頃、椎奈は屋敷の裏手から外に出て、ミグラントとカーネイジの言う通り農場へ続く道を歩いていた。爆発の直前に触手で防いだことで難を逃れたが、その衝撃で吹き飛ばされたのは覚えているが、それからどうやって屋敷から脱出したのかは分からなかった。

全身と、特にゴーレムを殴り続けた右腕が痛む中、草原に唐突に広がる畑に差し掛かった時だった。

その先の大きめな建物の上に、白く輝く光の柱が突き立った。

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