揺れ動く兄妹
我が家の休日
今日は、日曜日。だが、休みではない。模擬テストの日であった。
出来はさんざんだ。ため息しか出ない。
「……D判定出たらどーすっかな……」
衣替えの日のことがまだもやもやと残っているのに、妹と顔を合わせるのが気まずいままだが、帰宅した。ほかに行く場所がない。
あれ以来、どう接していいかよくわからず、妹とはちょっと距離を置きがちになってしまっている。……こんなこと初めてだな。
帰宅したら、オヤジとおふくろはいなかった。パチンコにでも出かけたのか。
……ますます気まずくなりそうだ。そんなことを考えながら、足音を立てずにそろーりそろーり、忍び足で歩いて家の中へ入ると。
リビングでは、無言でせんべいをかじりながら、妹がテレビを見ていた。
何を見てるか確認する。……おおう、オードリー・ヘップバーンじゃないか。しかもモノクロ。
「……ローマの休日か。また古い映画だな。ただいま」
「あ、おかえり兄貴。テストお疲れ様。映画チャンネルでたまたまやってたから、見てた」
「やっぱ、オードリー・ヘップバーンってすごい綺麗だよな。こんな王女なら一発で恋に落ちるわ」
「……ふーん。兄貴はこういうのがタイプなのか、参考になった」
なんの参考だかよくわからない。ま、いっか。映画のおかげでわりと自然に話しかけることができた。俺も久しぶりに見よう。
二人並んでソファーに座りながら、ひたすら映画を堪能する。お互い無言だが、映画のおかげで気まずさを醸し出さない。やはりローマの休日は名作だ。
……妹がかじるせんべいの音が、セリフを邪魔することだけがアレだが。ま、何回か見た映画だし、だいたい覚えてはいるので問題はない。
バリバリバリ。
「……いいシーンなんだから静かにしろ」
「んー、このせんべいメチャウマ」
わざとか。それとも聞いてないのか。いや、映画よりせんべいがメインなのかもしれん、こいつには。
―・―・―・―・―・―・―
そんなこんなで、映画終了。名作を見たあとに訪れる、独特のボーっとした感じ。これがまたいいのだ。……ボキャ貧ですまない。
「久しぶりに見たけど、やっぱいいものは何回見てもいいな」
「わたしは初めて見たよ」
「確かに、普通の女子高生は、こんな古い映画は見る機会ないかも知れないな」
「ん。よかったけど……なんか切ない」
「その切なさを含めて名作なんだよ」
映画にはあまり詳しくないのに、偉そうに妹に講釈をたれる俺。評論家の方々に心の中で謝罪する。
「お互いに、自分の気持ちを言葉にしなかったのも切ない」
「そりゃ、言葉にしなくても、わかっていたからな。お互いに好きあっていたことも、恋が決して実らないことも」
「……人魚姫とは違うね。せめて王女に生まれなければよかったのにね」
「……王女じゃなかったら、二人は出会わなかっただろうさ」
「!!」
「二人が結ばれなかったのは不幸かもしれないが、二人が出会えたことは幸せだったんだよ、きっと」
そう、アンは王女に生まれたからこそ、あの休日を過ごせたのだ。
「……………………」
妹は、そんな俺の言葉を聞いてから、なにやらうつむいて黙ってしまった。せんべいをかじることすらやめている。
「…………どうした?」
「…………ね、兄貴」
沈黙が破れると同時に、妹が顔を上げて、俺の方を見ながら問いかけてきた。
「わたしが兄貴の妹じゃなかったら……わたしたちは知り合ってなかったのかな?」
「……さあ。だが、そうなったらおまえは俺なんかに気づかないと思うぞ」
「そんなことない! そんなことない……けど……」
「それに、こんな超絶美少女が妹じゃなかったとしたら、たぶん俺が気後れしちまって、こんなふうに喋れないな」
問いかけに、俺はそう答えて軽く笑った。
「…………ばか」
小声でつぶやいて、妹が苦笑い。衣替えの日に感じた違和感は、そこにはなかった。俺とこいつの間の空気が、今は少しだけ心地いい。
「……出会えた幸せを、言葉にしなくてもお互いに理解する、か……よし、決めた」
「ん? 何を決めたんだ?」
「わたしは、人魚姫じゃなくてアン王女になることを」
「……?」
いきなりぶっ飛んだ発言がきた。だが、よくわからないが、妹は満面の笑みを浮かべている。
「要はね、わたしは兄貴の妹に生まれたから、こうやって今ここにいる、ってこと」
「……??」
よけいにわからなくなってきた。
「……ね、兄貴は、オードリー・ヘップバーンとわたし、選べるとしたらどちらを妹に選ぶ?」
ただでさえわけのわからないところに、なんで突然、究極の二択を迫られなければならんのだ。理不尽すぎる。
「……ばかやろう」
「きゃっ」
返事をするかわりに、妹の頭をわしゃわしゃする。まったくこいつは。兄を振り回して何が楽しいのか。勝てない。
気がつけばテストの結果より大きな不安が、俺の中から消えていた。
「……わたし、焦るのはやめる」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもなーい」
出会えた幸せ大切に、心のいつも片隅に。そんな名作の感想とともに、妹の翳りが消えたことを素直に喜ぼう。
俺は一生、兄貴だからな。
「わたしは、お兄ちゃんの妹である思い出を、一生大切にするよ……なんてね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます