35

「あら、バイト休み?」


 本部から戻ると、陸がリビングで雑誌を読んでた。


「…おう」


「そっか。こんな時間に陸が居るなんて、久しぶりね」


 何だか嬉しくて、早速キッチンでお茶を入れる。


「飲むでしょ?紅茶」


「…ああ、じゃ…飲もうかな」


「何。その煮え切らない返事」


「……」


 陸は少し黙った後。


「腹減ったなー。何か食うもんねーの」


 あたしの後ろに立って、冷蔵庫を開けた。



「海は」


 冷蔵庫には、母さんが作ったらしいアップルパイがあった。


「母さんが本部で見せびらかしてる」


 あたしと陸は、それを食べながら庭を眺める。


「ったく…見せびらかすの好きだよな」


「愛想のいい子だからね。これ美味しいね。もう一個いく?」


「うん。くれ」


 パクリ。

 うん…ほんと、美味しい。



「そう言えば、公園で光史に会った」


「いつ」


「あれ?聞いてない?」


「聞いてねーな」


「二人の間には隠し事なんてないのかと思ってた」


「ぶふっ…」


「やっ!!もー…何噴いてんのよ…」


「…光史、何か話してたか?」


「バンド組んだって」


「あー…」


 陸は秘密にしてたのにバレた。って顔。

 もうっ。

 何でバンドの事、秘密にするかな。


「もうちょっと形が出来上がってから、言おうと思ってたのに…」


「練習のテープとかないの?聴かせてよ」


「……」


「何その顔。早く」


 目を細めた陸の肩を突きながら言うと、陸は渋々と二階に上がって。

 しばらくすると、小さな箱型の何かを持って降りて来た。


「…これ何?」


「サウンドボックス」


「どう使うの?」


「万里が作ってくれたんだ。録音機能がついてるから、練習にどうぞって」


「へえ…」


 それは、とても興味深い物だった。

 なぜかと言うと、今あたしが勉強してる通信機器の仕様に似てるから。

 あたしも陸も頭はいいけど、自分で作るって頭はなかった。


 それが、二階堂では…

 本当に、みんな何から何まで作ってしまう。



「ここを押したら録音が始まって…」


「ふうん…」


 つい、それを手にして裏側まで見ちゃう。


「そっか…ここにSSメモリをね…」


「……」


「あ、ごめん」


 陸が唇をへの字にしてる事に気付いて、サウンドボックスを床に置く。

 練習を聴かせて…って言っておきながら、すっかり…


「…おまえ…」


「ん?」


「本当に、二階堂継ぐ気なのか?」


「……」


「……」


「当たり前じゃない。何言ってんの」


 陸の肩をバーンと叩く。


「いてっ」


「さ、スイッチオン」


 陸の反応を待たずに、スイッチを押した。

 すると、流れて来たのは…ギター。


「…これ、陸が弾いてんの?」


「ああ」


 続いて…全部の楽器が入った。


「…ドラム、光史?」


「そう」


「…迫力…」


 あたしがそう言うと、陸が鼻で笑った気がした。

 そして…


「えっ…」


 ボーカルが…女の子…!?

 漠然と、バンドメンバーは全員男だと思ってたあたしは、その高い声に驚いた。


「こ…これって…女の子が歌ってるの?」


「そ。すげーだろ」


「……」


 音痴のあたしでも分かる。

 …すごい。

 すごい!!



 パチパチパチパチ。


 一曲聴き終えた所で、あたしは正座して拍手をした。


「すごい!!これ、もうすぐプロになれちゃうよ!!」


 本当に!!

 光史も見直した!!

 全然リズム狂ってなかった!!


「な…何言ってんだよ。まだまだだって」


 陸は照れくさそうに前髪をかきあげて。


「できればギターがもう一人欲しいんだよな…」


 って、つぶやいた。


「……」


「何、知った奴でもいんのかよ」


 セン、小学生の頃から弾いてるって言ってたな…


「何だよ」


「ううん、何でもない」


 陸とは…無理だよね…


 セン…高校卒業して、どうしたんだろう。

 大学に進んだのかな。

 それとも…もう、家元として忙しくしてるのかな…

 …それとも…

 ギタリストになる夢…


 追い掛けてるのかな…。

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