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「あれ?今日は万里君じゃなかったっけ?」


 毎日の日課となってる勉強会。

 月・木が万里君、火・金が沙耶君、水・土が環。


 今日は木曜日。

 万里君のはずなのに、環が勉強道具を持ってリビングにやって来た。



「姐さんから万里に埠頭に向かってくれって連絡があって、交代したんです」


「ふうん」


 とりあえず、あたしはノートを開く…と。


「織、ごめん。ちょっとそれ部屋でやってくれない?」


 突然、母さんが大きな荷物を次々と運び始めた。


「何これ」


「色々ね。今から万里たちとここと和館使って荷物広げるから、あんたそれ自分の部屋でやってちょうだい」


 埠頭に向かったはずの万里君や沙耶君が、大きな荷物を次々と…


「手伝うよ」


「いいから。さ、邪魔よ」


 あたしと環は荷物に押されるように、階段を上がる羽目になってしまった。


「なんなのよ…一体」


 あたしが不服そうにドアを開けると。


「新人用の荷物でしょう」


 って、環が言った。


「新人用?」


「新人の中には私達のような孤児も多くいるんです。何の荷物も持たずにここに来たり。ですからここでは、最初から全員にそういう荷物を与えていただけるんです」


「そうなんだ…」


 何の荷物も持たずに…ここに来たり?

 そう言えば、環達は…どこからここに来たんだろう?



「…何してるの。入れば?」


 部屋の外に立ったままの環に言うと。


「は…あ。おじゃまします」


 環はドアを少し開けたまま、中に入った。


「閉めてよ」


「だめです」


「どうして」


「お部屋で男と二人きりなんて、何があるかわからないじゃないですか。今後も、こういうことがあったら、少しドアを開けておく習慣を…お嬢さん」


 環がしゃべってる途中。

 あたしは、ドアを閉める。


「だって、集中できないよ。下がうるさくて」


「……」


「それに、あの時は閉めてたよ?」


「あの時?」


 あたしが上目使いに言うと、環は少し考えて…咳払いをした。


「12ページでしたね?」


「ね」


「はい」


「片想いしてるって、本当?」


 あたしが問いかけると、環は重ねてた教科書や辞書を落としてしまった。

 えー…?

 こんなに狼狽えるって事は…


「す…すみません」


「驚いた…本当なんだ」


「そんなこと、誰が言ってるんですか」


「みんな」


「……」


 環は固まったように動かなくなってしまったけど、あたしが顔をのぞきこむと、慌てたように教科書を拾い始めた。


「そんなことより、勉強しましょう」


「はいはい」


 あたしは仕方なく教科書を広げる。


「この応用問題を解いてみて下さい」


「どれ?」


「右下です」


 ふと、教科書を指さした環の指にみとれる。

 …きれいな指。


「…ですよ…お嬢さん?」


「あ、えっ?何?」


「ちゃんと聞いて下さい。この問題は重要ですよって言ったんです」


「ああ、ごめん」


 …あたし、どうしちゃったんだろ。

 環の事…気になってる?

 つい、この間まで、平気で甘えてたのに…



『あーん!!』


 隣の部屋から、海の泣き声。


「あっ、起きちゃった」


「下があれだけにぎやかですからね」


 環が隣に部屋に行って、海を抱えて戻って来た。


「海君、お母さんはお勉強ですから、私とお外を見てましょう」


 環は、海にも敬語。

 あたしは、仕方なく鉛筆を持つ。

 なんとなく、身が入らない。

 あたし、いつの間に…こんなに環のこと気にするようになったんだろ。


 あれこれボンヤリ考えてると。


「…お嬢さん、真っ白じゃないですか」


 後ろからノートをのぞきこんだ環が、少し低いトーンで言った。

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