第12話 持て余す感情


(私、きっとリョウに惹かれてるのよね……)


 馬に揺られながら、アリシアは先程の一幕を思い出していた。


 彼が魔道を使えたのを見て、思わず彼に抱きついたのは自分でも驚いた。

 ただ、その瞬間は喜びだけだったと思う。彼は分かっていなかったようだが、実際に、彼がしたことは偉業であることは間違いないのだから。

 しかし、彼の手が自分の背中に回されたとき、胸がときめいたのは別の感情であるとしか思えない。


 父以外の男性に抱きしめられるのは生まれて初めての経験だった。

 そして、リョウがまるで太陽に照らされた草原のような匂いがすることも初めて知った。

 何より、ずっとこうしていたいと強く望んだ自分に気づいたのだ。


 これが、好きという感情か確信は持てないが、おそらくそうなのだと思う。

 何しろ、恋愛経験など全くと言っていいほどない。近所の若者に言い寄られたり、知り合いのおばさんが縁談を持って来たこともあったが、全く興味を持てなかった。

 勉学に励むことで精一杯だったということもあるだろう。


(私、いつからこんな気持ちになったの?)


 思い返してみると、彼が目覚めた時から彼の人となりに漠然とした好感は持っていた。だが、あのときは、こんな時代に一人で目覚めてしまった不幸な男性という気持ちが強かったはずだ。

 それが、いつしか知らない間にリョウの姿を目で追い、彼と話すと鼓動が早くなる自分を感じていた。

 そして、リョウも憎からず思ってくれているのではないかと感じることもあるし、それが勘違いではなく、本当だったらいいのにとも思う。


 ただ、それには問題があった。


 「元」とはいえ、自分が彼の恋人の娘であるということだ。


 母は、娘から見ても知性的で、美しく、優しかった。

 両親が若い頃、美しい妻を持つ父が皆から羨ましがられたという話を聞いたことがある。それも無理はないと思えた。


 リョウは、そんな母が若い頃の、もっとも美しかった頃の恋人だったのだ。

 そんな母に恋していたリョウが、本当に自分のようなちっぽけな女に好意を抱いてくれるのか自信がなかったのだ。もしかして、自分に母の姿を見ているのではないか、そんな疑念を払拭することができない。


 ただ、一つだけ確かなことがある。

 たとえリョウと恋人になれたとしても、自分を見てくれないなら、お断りだ。

 自分をありのまま受け入れて愛してくれないのなら、一緒になることができても意味がない。


 とはいえ、実際にそんなチャンスがあった時、彼が自分に母の姿を見ていても、拒否できるかどうかは自信がなかった。


(もし今度、お母さんと間違えて、私の手を握ってキスを迫ってきたら、わたし……)


 先日の一件を思い出すと今でも赤面するが、今ならどうするかを考えたら、さらに体中が熱くなった。


(ああ、もう。私だけを見てくれればいいのに……)


「はあ」


 さっきから、こんなことを考えるのは何度目だろう。

 アリシアは、堂々巡りをする自分の気持を持て余し、大きく溜息をついた。


「ん、どうした? 何か心配事か?」


 それを聞きとがめて、隣の馬上から、その心配事の本人がのほほんと聞いてくる。


「えっ、い、いいえ、なんでもないわ」

「そうか」


 リョウは、また前を見て自分の物思いに沈んだ。


(もう! 私がこんなに悩んでるのに、本当に鈍感なんだから)


 八つ当たりもいいところだと知りつつ、後ろから彼のお尻を蹴り飛ばしたい気持ちに駆られるアリシアだった。

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