第22話 死ぬよりも勇気がいる事
俺は火憐を救いたかったんだ。
ただ、彼女を絶望から救いたかった……俺を信じてくれた彼女を。
スキルを確認した後はすぐだったよ、俺がダンフォールさんに叫んだのは。
テーブルに手をつけて身を乗り出し、目をカッと開きながら彼の目をじっと見つめる。
居ても立っても居られなかったんだ。
「今すぐ! 意識を戻してください!」
「ほぅ……そんなに、待たせている人が大切なのか?」
「え?……」
老人の質問に俺は少し戸惑った。
だって当たり前だろう?
じゃないと、こんな必死にあの地獄に戻りたいなんて願わないさ。
想いの強さのせいかこれまで生きてきた中で、一番大きな声を出せたと思う。自分でもビックリだよ。
「はい!!」
「ははは……よかろう。本当はもう少し話したかったのだがな。儂らがいた世界のことを」
残念そうに腕を組む老人を見て、俺は不思議に思っていた。
そういえば、この老人の正体はなんだろう。
単なる夢には思えない……いやむしろ重要な何かを知っている人物じゃないか?
ゲーム化されていく世界について、このダンジョンについても。
「ダンジョンについて何か知っているんですか?」
「まぁ……また儂と会う事になろう。その時にでも話せばいい」
俺の疑問に対して、老人は優しい笑みを浮かべながら顔を傾ける。
その表情はやはり王様というよりも村長のような親しみのあるモノだった。
この人は何を知っているんだろう。俺のスキルを知っていたし、職業まで気づいていた。
それに……一時的にあの地獄から退避させてくれた事は感謝してもしきれない。いや、スキルについて教えてくれた事も……感謝しきれないな。
ひとまず今は、目の前にいる老人が敵じゃなさそうだって事が分かったからそれで良いか。
気持ちを落ち着かせて再び老人を見ると、俺はある事に気がついた。
「あ……あれ?」
視界が暗くなっている。
徐々に……徐々に……ダンフォールさんの顔が、体が見えなくなっていく。意識が飛びそうだ。
でも、嫌な感覚じゃない。恐らく俺はこのまま意識が戻るんだろう。
意識が朦朧とする中、老人の最後の言葉が耳に入った。その優しく語りかけるような口調は、心地よいものだった。
「少年よ」
「え?……」
――苦しみに耐える事は死ぬよりも勇気がいる……じゃからの……。
「儂はそんな勇敢な者にこのスキルが渡った事、誇らしく思っておるぞ」
「見てたん……ですね……」
どうやら老人は、俺が火憐を庇っている場面を見ていたようだ。
化け物の攻撃を受け続けて必死に痛みに耐える俺の姿を。
ん? いや……俺が耐えてきた苦しみはそれだけじゃないか。
俺はこれまで学校で虐められたり、それを嘘で誤魔化した事によって生じた苦しみに耐えてきた。
そんなんだからかな? 俺はみんなに馬鹿にされて、可哀想な人だって哀れな目で見られてきた、自分自身でも褒められるような事はしていないと思っていたんだ。
ましてや、勇敢な者って言ってくれる人が存在するなんて思いもしなかった。
「…………」
目の前が真っ暗になった時、俺の目からは大粒の涙が溢れていた。
■□■□■□■□
涙を流してからどれくらいたっただろうか? 気づいた時にはもう既に涙は空っぽになっていた。
そう。あの老人の言葉は俺の心に響いた。
でも、それだけじゃない……火憐を救うという決意を確かなものにさせたんだ。勇敢な者としてね。
「ここは……どこだ?」
意識を失ってからしばらくすると、俺は真っ暗な空間にいた。
体の感覚も無く音さえ聞こえない。
何も無いこの空間で、俺は先程までの事を思い返していたんだ。
突然目の前に現れた老人にチートスキル。夢ではないかと疑いたくなってもしょうがないだろう。
俺は暗闇を彷徨った。
あれがただの夢ではない事を祈って、ただひたすらに真っ直ぐに進んだ。
この方向が正しいか分からない。でも、このまま立ち止まっていても何も変わらないと思う。
あの老人に「勇敢な者」と呼ばれた事も大きな原因なのかな?
いつも何かに対して怯えていた俺が自信を持って、一歩……また一歩と進んでいる。
「いてぇ……」
どうやらこの方向で正解だったみたいだ。
前に進む度に体が軋む、足が悲鳴をあげ、腕の感覚がなくなる。
さらに前へ進むと……さらに体が重く、さらに痛みが強くなっていった。
この痛みを俺は知っている。
――気を失う前の痛みだ。
しばらく進むと体の感覚以外も戻ってきた。
聴覚だ。
「助けて……」
声が聞こえる。
この声は老人の声じゃない……弱々しい女性の声。
「アァアアア」
いや、それだけじゃない。
化け物のような呻き声が聞こえる。体を這いずり回るような不快な音。
この二つの音を俺は知っている。火憐と化け物の音だ。
意識は何とか戻ったみたいだが体が動かない。
俺は、地面にうつ伏せになったまま頭をあげた。
そしてそのまま、重たい瞼を必死に開けて声の方向を見た。するとどうだろう。
化け物が火憐を追い詰めていたんだ。
ジワジワと……ジワジワと……まるで獲物を狩るかのように。
「か……れん……」
俺は手を伸ばした。
必死に手を伸ばした。
助けなきゃ……俺が……助けなきゃ……。
火憐は絶対に死なせない。
――俺が、火憐を救ってみせる。
「化け猫ぉおお!」
手が動かない、足が動かない、視界もぼやける。
そんな俺に出来る事は、注意を引くために大声を張り上げる事だった。
本当はもっと格好良く助けたかったんだけどな、今の俺にはこれが限界だ。
でも、火憐を守れればそれでいいか。
「蓮君……?」
火憐が俺の叫びに気づいた時、俺は不器用な笑顔で応えた。
しかし、もちろんこちらを向いたのは化け物も一緒だ。
「アァアアァアア!!!」
「お前に微笑んでるわけじゃねぇんだよ……」
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