第4話 Entrance

 

 ―高校から約数km離れた山中―


 この山には普段は人などおらず、勿論、人の声などしないはずだ。

 しかしこの日は、やけに人声や騒音が多かった。



 戦車のエンジン音、緑の服を着た自衛隊の行進、銃器の擦れる音、それらが全て山の一点に集まり、大穴に突入していく。

 そう、この地点は大穴が出現した地点。

 政府が言う所の『ダンジョン』が存在する地点なのである。



 その『ダンジョン』に、一部の好奇心旺盛な高校生達も近づいていた。

 『keep out』と書かれた黄色いテープを掻い潜り、『ダンジョン』の入り口、大穴までたどり着いたのだ。


 そのグループの1つが、鮫島・松尾・蓮、3人のパーティーである。



 ■□■□



「おい奴隷!さっさと来い」

「まってよ、鮫島君……」



 クソ!なんで、俺は、こんな所にいるんだ…今頃は家でゲームをする予定だったのに。



 俺は今、家に帰っていない。学校から抜け出して森の中にいる。

 高校からほど近いこの場所には大きな穴が空いていたんだ。しかも、単なる穴ではない。


 穴の中を少し覗くと、そこには暗闇を照らすように松明(たいまつ)が左右にズラリと並べられている。まるで貴族の館のようだ。



 俺は、その大穴・いわゆるダンジョンに今まさに突入しようとしている。いじめっ子の鮫島と松尾の手によって……強制的に。



  しかも嫌々ながら付いてきたのに、鮫島の態度はふてぶてしい。いくら能力が高いと言っても、あんまりだ。



「おい奴隷!俺達がこのダンジョンを探してやったんだぞ!感謝しろよな」

「あ、ありがと…」



 何が感謝しろ、だ。お前らが勝手に授業サボって探してたんだろうが……なんて事、口出して言えたらいいのにな。

 ん?でもちょっと待て……なんで鮫島達は、俺を連れてきたんだ?…

 職業が奴隷って知ってるはずだろ。


 

  気になる……俺をどうするつもりだ?……ダメだ、考えても何も出て来ない。

  俺は鮫島に……は怖くて声をかける事が出来なくて体をモジモジとさせていた。自分でも気持ち悪い光景だと思うよ。

  黒歴史はいっぱいあるから良いんだけどさ。


 でも、あの時は体を動かしすぎたな。鮫島じゃなくて松尾が俺の異変に気付いたよ。



「ちょっと、鮫島!奴隷君がなんか気持ち悪い動きしてるわよ」

「あ?なんだ奴隷、トイレか?」


「いや!トイレじゃないんだ。あ、あの…鮫島くん、なんでおれを連れてきたの?役に立たないよ」



 俺の言葉を聞いた松尾と鮫島は、顔を見合わせた後に、片方は笑い出し、もう片方は呆れた様子で言葉を続けた。



「はははははは。松尾聞いたか?奴隷の奴、自分の使われ方も理解できねぇみてぇだ!」

「全く… 奴隷は馬鹿ですね」



 誰が奴隷だ、誰が馬鹿だ……

 俺は、小さな嫌がらせに精神が参ってしまった。気付くと、自らの唇を血が出るまで噛んでいた。

 もちろん、先程からずっと馬鹿にされ続けて悔しいと言うのもあるが、何も言い返せない自分自身に苛立っていたんだ。



 黙り込んだ俺。そんな俺を見て、鮫島はニヤつきながら手を叩く。



「馬鹿な奴隷君に教えて差し上げよう!ははは。ヒントだ!ダンジョンは、何があるか分からない、そうだろ?」

「う、うんそうだね…」



 ダメだ…鮫島が何を言いたいのか理解できない。



「おい松尾!こいつまだ分からねぇ、みたいだぜ!」

「はぁ、ほんとに奴隷君は馬鹿ですね…… 」

「教えてよ!どういうことなの!」



「ん〜。しょうがないなぁ、お前、ほんっとに馬鹿だなあ」

「しょうがないわね、奴隷君には先頭を歩いて貰うのよ」

「え……」



 松尾の言葉を聞いて、俺の表情は変わったと思うよ。一瞬で……

 だって、先頭で歩かせるって事は俺を囮にするつもりって事だろ?

  流石の俺でも、その後に反抗はしたさ。反抗はね…



「ちょ、ちょっと待ってよ。鮫島君!ダンジョンの中は、危険だって先生言ってたよ。それに、俺の『職業』見たでしょ!死んじゃうよ」

「は?じゃあ死ねよ」



 なんて事言ってるんだ。鮫島はダメだとしても松尾なら、流石に止めてくれるんじゃ…

 淡い期待を抱き、松尾の方向を見ると腕を組んでこちらを笑顔で見ていた。



 ダメだ。こいつらの目は本気だ。

 きっと、自分達の『職業』が上位だからって、地位が高くなったと勘違いしてるんだろう。


 

 まるで奈落に突き落とされたかのような絶望だ。

  このままダンジョンで死ぬかもしれない…俺は、ゆっくりと瞳を閉じた。



 すると、後方から女性の声を含めた人の会話が聞こえ始めた。最初は、自衛隊や学校の先生だと思ったんだけど、耳をすますとどうやら違う。



  若い声だ。ちょうど自分の声と同じくらいの……女の子の声…って、もしかして。

  俺は気づいてしまった。近づいてくる声の中に、彼女の声も混じっている。


 

「えぇ〜、みんな危ないよ、ほんとにダンジョン入るの?」

「氷華は『王(キング)』じゃん!何かあったら助けてよね」



 ――氷菓の声だ

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