第3話 KINGs

 

 初めて、自分のステータスを見た時は、現実を信じたくなかった。

 職業は『奴隷(スレイヴ)』だし…能力値も最底辺レベルだからな。


 皆になんて言えばいいんだよ……


 俺は無理やり笑顔を作ってはいたが、心の中では酷く落ち込んでいたんだ。––––何も考えられない……心の何かが折れたような、そんな喪失感に襲われた。



 しかし、現実は待ってはくれない……日常は、すぐにやって来る。それを思い知らされたよ。今日、平日だったんだ。

  パジャマ姿の俺に向かって、母さんが顔をしかめている。



「ちょっと蓮、何ボーッとしてるのよ。学校休みなの?」

「あっ…そうか」



 リビングで突拍子なニュースを聞いていると、現実から遠のいてしまうが…そうだ、今日は平日であった。



 〈ピンポーン〉



 いつもの朝と同じように家のベルが鳴った。この時間から考えると、恐らくベルを鳴らしたのは幼馴染の氷華だろう。俺は何故か、氷華の事を考えると心が軽くなるんだ。

  気持ち悪い発言だと思うから、本人には行った事ないけどね。



  そんな事はどうでいいか…とりあえず、俺は制服に着替えて階段を駆け上がったよ。

  母さんに、玄関に出てと伝えて。



「やべ!母さん、制服に急いで着替えてくるから。玄関に出て、氷華にちょっと待ってって伝えといて」

「はーい。早く着替えなさいよ」



 急いで階段を駆け上がり制服に着替えた。いつもの日々と何一つ変わらない。

 先程までのニュースはドッキリなんじゃないかって思える程、普通だ。



 ただ、ゲーム世界と混じったことが事実なら、1つ気になることがある。氷華の『職業』だ。

 現実世界で優秀な人物の『職業』は、誰もが気になるだろう。俺も、その1人になる。



 『騎士(ナイト)』…いや『魔導師(メイジ)』かな?……様々な想像を膨らましていると、どうやら時間が経過していたらしい。一階から母親の怒鳴り声が、頭に響く。



「早くしなさいよ!蓮!」

「分かってるって母さん」




 〈ガッガッガッ〉



 今日も、いつものように階段を降りる。そして、幼馴染と玄関で合流して一緒に登校するのだ。


 いや、いつもと違う所はあった。今日は母親がなぜか見送ってくれたんだ。俺が来る前に氷華と何か話してたんだろうか、なぜか笑顔である。



「気をつけていきなさいよ〜貴方達〜」


「はーい!」

「ありがとう、おばさん」


 2人でいつも通りの道を歩いていく。何も無いさびれた商店街、ここは公園で、ここは2人して通った中学校………ってあれ?…いつもと変わらないじゃないか

 そうだ!きっと今日の会話だっていつもの…



 俺が氷華の方を向くと、彼女もこちらを向いていた。

  まるで、何かを伝えたいかのようにニコニコしている……嫌な予感がした。話したくない話題を振られる前触れだ。



「あのさ蓮。私……『王(キング)』だったの」

「え…」



 俺は思わず足を止めてしまった。

 だって、そうだろ!職業が『王(キング)』ってだけでも驚くのに、なんでそんなにサラッと言えるんだよ。



 動揺を隠す為に、彼女と逆方向を向きながら、平静を装うと努力はしたさ。だけど……言葉の節々に動揺が出ちゃったからさ、多分バレてると思う。



「へ、へぇ〜。ステータスどうなってたの?」

「大体、全部500越えかな」



「そっか…」

「どうしたの、蓮?調子悪い?…」



「い、いや大丈夫だよ!」

「良かった。あ、そう言えば、おばさんから聞いたけど蓮は『村人(ヴィレジャー)』だったんだよね」



「う、うん。そうだよ」


 また、俺は嘘をついてしまった。でもしょうがないだろ、好きな人に職業が『奴隷(スレイヴ)』だった、なんて言えるわけない。



 俺は、惨めな気持ちを押し殺して笑顔で振る舞ったよ。会話の話題を変えようと努力もしたさ。

 でも…結局、話題は朝のニュースに戻るんだ。

  ま、ゲームの世界と現実の世界が混ざるなんてあり得ない話なのだから、話したい気持ちは分かる。



「氷華は、やっぱりすごいな。『王(キング)』だなんて…」

「でもさ、職業とか能力値って何か意味あるのかな?」


「確かにな。ただの意味のない数字かもしれないね」



 盲点であった。

 ステータスとか職業とかいう言葉に踊らされていたが、今のところ影響は何も感じない。

 もしかしたらステータス表示なんて意味ないんじゃないか?



 そう思うと、顔の筋肉が緩くなっていく。

 その変化に先程から俺を見ている氷華が気づいたようだ。

 肩を少し叩いて、からかってきた。

  彼女のこういう所が俺は好きなんだ……



「あれ、元気になった?もしかして私が『王(キング)』だからって嫉妬してたんじゃないの〜?」

「ち、ちがうから、、ほ、ほら分かれ道だよ。また明日ね」

「うん!また明日ね〜」



 少し元気になった俺の足取りは、軽くなった。

 高校へ到着してからも、その気持ちの軽さは続く。なぜなら、いつも虐めてくる鮫島と松尾が今日は欠席していたからだ。


 どうしたんだろうか……いや、あの2人が学校をサボる事は、珍しい事ではない。

 何はともあれ、今日は虐められる事は無さそうだ。ゆっくり授業でも聞こうかな。



 俺は椅子に座ると、頬杖をつきながら先生の方を見る。すると、いつもの様子と違う事に気付いたんだ。

 いきなり授業を始める先生が、大人しく教壇の前で一枚の紙を見つめている。

  何が書かれているだろうか?…そうやって紙に視線を向けると、赤字で『重要』と記されている文字を確認できた。

  事件でも起きたのかな?……俺は、不審者情報かと思ったが、どうやら違うらしい。事件は事件でも、俺の想像とは違うあれだった。



「はい!注目!みんな聞いて〜 今日のニュースで知ってると思うけど、一人一人にステータスが表示されるようになりました」



 うん、知ってる知ってる。確認か?



「皆さんお気づきかもしれませんが、ステータスとは別に、様々な空間から巨大な塔や大穴が出現しています。政府はこれを『ダンジョン』と名付けました」



 ダンジョン?… 確かにニュースで言ってたような気は、するな。自衛隊を派遣したんだっけ?



「現在、我が国では自衛隊を派遣して内部調査を行なっておりますので、絶対に立ち入らないようにして下さい。――また、未確認のダンジョンも多数あると思われますが、発見次第必ず警察に連絡して、その場からすぐに立ち去って下さい。――との事だ。みんな絶対にダンジョンを見つけても入るなよ」



 先生の目は、いつにも増して真剣なものである。

  危険だと言うことを強く認識しているのであろう。しかし、その後すぐに顔を綻ばせると笑顔で生徒たちに朗報を伝えた。



「あと、みんなにもう一つ報告だ。政府からの要請で今日は帰宅指示が出た。家に帰ってゆっくりしてろ」



 先生は、教室から出て行ってしまった。突然の出来事に俺は動揺して固まってしまったが、徐々に理解する。あ、帰っていいのか…と。



 ん?… 学校は休みって事だよな……やった!今日は、のんびりFPSでもやろうかな。

 と、気持ちよく背伸びをしたその時だ。後ろから聞き覚えのある鋭い男の声がした。



「おい。蓮、お前の職業なに?」




「え!さ…鮫島君…!?」


 振り向くと、鮫島がニヤニヤしながらこちらを見つめていた。しかも、後ろに松尾までいるじゃないか、なんで高校に来ているんだ…



 俺は、まるで狼に囲まれた子羊のように震えながら質問に答えた。怖かったけど、答えないと殴ってくるかもしれないし……もちろん、嘘をついたけどね。



「お、おれは『村人(ヴィレジャー)』だったよ」



 鮫島達に本当の事は言えないよ…バレたら、サンドバッグにされる……殴られる姿を想像すると自然に顔がこわばる。

  それを察知されてしまったのだろうか。鮫島は顔をニヤつかせながら、俺の額に手を置いてきたんだ。


「本当か?… よし、おれが見てやろう」


「見る?見るってどうやって…」

「王の神眼キング・アイ



 何か呟くと掌の周りが急に青白く輝き出し、鮫島はクスクスと笑い始めた。何をしているのか、検討もつかない。

  俺は、彼の顔を見つめる事しか出来なかった。



  混乱している最中、鮫島は突然大声を張り上げた。俺の学校生活を揺るがしかねない、重要な情報をクラス中にバラしたのだ。



「みんな聞けよ!蓮の職業、『奴隷(スレイヴ)』だぞ!!」


「おいおい、マジかよ」

「奴隷ってwww」



 鮫島は、クラス中に聞こえるような大声で皆に『奴隷(スレイヴ)』だとバラしてしまった。

 クラスの人にもちゃんと聞こえていたようで、全体がざわつき始める。



 終わった……絶望感で胸がいっぱいだ。–––でも、なんで分かったんだ?

 俺は、真顔のまま鮫島に顔を向けた。他人のステータスを覗く事なんて出来っこないだろ…と言わんばかりの表情で。


「鮫島君、なんで分かったの?…」



 その表情を見て、後ろから松尾が近づいてきた。

 彼女は、こちらを見ながらニヤニヤとしている。やはり、職業が『奴隷(スレイヴ)』という事を馬鹿にしているのだろう。

 事あるごとに『奴隷』という単語を会話に混ぜてくる。



「彼が、魔法を使ったからよ『王(キング)』にしか使えない魔法をね。ちなみに私は『魔道士(メイジ)』、よろしくね奴・隷・君・」



 彼女の発言に再度、教室がざわつき始めた。皆んな俺を指差して笑っているし、鮫島を尊敬の眼差しで見つめて畏怖している。



  最悪だ……世界が変わっても………俺は何も変わらないのか。



 顔を下に向け、目が死んでいる俺。そんな悲壮感漂う人物を目の当たりにしたからだろうか。

  鮫島が、こちらに向かって声をかけてきた。励ましのつもりらしいが、俺をバカにしているようにしか聞こえない。



「そう落ち込むな!奴隷!!特別に俺のステータスを見せてやる。驚いて死ぬなよ」



  そう言うと、鮫島は自身の胸に手を置き、王が王たる所以を俺や他のクラスメイトに見せつけた。



 –––––それを見て思ったよ。一生、勝てないって…


 ―――――――――――――――――――――――

 ●基本ステータス

 ・名前…鮫島弘樹

 ・性別…男

 ・年齢…17歳


 ●能力ステータス

 ・Lv.1

 ・職業→『王(キング)』

 ・魔法攻撃→『500』

 ・物理攻撃→『900』

 ・魔法防御→『500』

 ・物理防御→『500』

 ・知力→『100』

 ↓↓↓↓↓

 ―――――――――――――――――――――――



 なんであんな奴が……王なんだ………いや……ああいう奴だからこそ、人を馬鹿にするからこそ人の上に立てる、だから王なのか。



  俺は、真理に辿り着いた気がした。なんで俺が虐められて地位も低いのか。皆んなに馬鹿にされるのかが……そう…

 ––––俺は、優しすぎるんだ。



 地べたにうなだれる俺に向かって、鮫島の笑い声が聞こえてくる。でも、その後に俺に向かって放った言葉は想定外の言葉だったんだ。



  この後の出来事は、忘れる事が出来ない。

  いや、この言葉自体を忘れられない。



  俺と鮫島の地位を変える……そんな機会を作った、大切な言葉なのだから。



「おい奴隷!今からダンジョンに行くぞ」

「え……」


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