第5話 破壊力

あの後帝王やエメラから仕事の詳細や聞ける範囲の情報を聞き、俺は玉座の間を後にした。その際。

「タクハ、いつものように闘技場で兵士たちの相手をしていけ」

「…はーい」

これもいつも通り。最初来た時にした不敬を耐えかねた近衛らが俺に喧嘩を挑んできて、

帝王も許可し、俺も鼻っ面をへし折りたいという愉悦心で引き受けた。当然あっさり返り討ちにしたのだが、ここがどこかということを俺が失念していた。ここはよくある腐った国家ではなくキモチワルイくらいに正しい国なのだ。つまるところ…


最初はこちらが気に食わなくてかかってきた奴が次回以降同じ大義名分で挑んできた。喜々として。

加えてそれが来るたびに増え続けこの一年で100以上の兵士が俺に挑んでくるのが行事みたいになった。


あの時愉悦として安請け合いした過去の自分を時間操作で遡り殴ってやりたいが、約束してしまった以上放り投げなれない。というか、俺自身向上心を持って挑み吸収しようと努力する相手を本心で嫌えないのだろう。自分がそうじゃなかった分、彼らがまぶしくて断るに断れないのだ。

(櫻なら一瞬で看破して弄ってくるだろうな)

だからあいつとは帝都に来たくないのだ。

「あーユリアに会いに行きて―」

気配を探ると綾里と共にどっかの部屋にいるらしい。一刻も早く会いに行きたいのはやまやまだが、帝王に釘を刺された以上先に闘技場に行くことにした。



「はっああ!」

胴体に向け迫るのはスピアを用いた突き。薙ぎと異なりパリィが困難であり一定のリーチと貫通による攻撃力を備えた基本にして優秀な攻撃方法。青年が気合と共に吐き出した声と共に繰り出された一撃は、しかし俺が持った同じ長槍ではじかれる。

「ほらほら、当たんないぞ。もっと頑張れよ」

「しっ!」

次は横薙ぎ。遠心力を最大限活用したそれは先端部が音速を突破し風を切り裂きながら振るわれる。突きと同じく一切の機をてらわないゆえに高い完成度。基本技は最も優秀な技であるということを理解しているものの動き。一挙一動にたゆまぬ努力の跡が見え、帝城の近衛としては若いが実力は十分なようだ。

しかし、足りない。

筋肉の動きと彼のこれまでの行動から予想される次の行動を莫大な経験則から引き出して対応する。俺には直感的に近接戦での判断ができるほどのセンスはない。ゆえにやっているのはただの間違い探し。何度も何度も、幾星霜でも繰り返し網膜に焼き付いたといっていい数京年を超える経験則からの型通りの対処が素面の俺の限界だ。

「ほい」

しかし、それでも形になるものだ。

身体能力に任せるのではなく、覚醒者としての力を使うまでもなく。常識的な速度と力加減で振った槍の柄で側頭部を叩く。時間加速を用いた経験量は無才の俺がそこそこの近接戦ができるほどは成長させている。

「えいっと」

戦闘不能になった青年の首根っこをつかんで後ろに投げる。

「ぐぇ!」

カエルがつぶれたような声が投げた方向から聞こえる。既に積み重なった数十人の死屍累々の兵士の山にまた一人の追加が完了した。槍の尻を地面に着けて眼前に残る50は超える兵士に向けて挑発するように一指し指を前後して告げる。

「ほら、次だ次。こいよ、まとめて来てもかまわないぞ。お前ら早く片して俺はユリアに会いたいんだから。あれ?羨ましい?あーお前ら彼女いないのかーへーふーん…ふっ」

最期は鼻で笑い煽り倒すと軽く青筋立てた若い連中がグループで槍を構えて近づいてくる。

それに対して槍を手元で回転させながら肩に掛ける。

(まだまだかかりそうだな…)

どうやらユリアに会えるのはしばらく後らしい。



一時間後

「おーおーうん、頑張ったぞお前ら。雑魚なりにな」

兵士数人を積み重ねて作った椅子に座り煙草を吸いながら嘲笑と共に言葉を吐いた。晴れやかな青空の下、積み重なった帝国兵士の成れの果て。俺の煽りに言葉を返していた奴らもだんだん殺意のみを言葉として武器に乗せてくるようになり、一度やられた奴らも順次復活して確殺コンボを俺に向けて試してきたが

「はあー十年はええ。てかお前らごときじゃ一生届かねえぞー」

まあ、その程度ではまだまだ足りない。時間は裏切るが自分がその時間で形作った経験は裏切らないのだ。才覚は俺なんぞよりある人物しかここにはいない。

「んーそれを煽りつつ踏みしめるのたのしー」

ああ、煙草が愉悦で美味い。

「うわぁ…」

ドン引きした声が闘技場の入り口から聞こえてくる。そこには眼前の光景に対して苦笑いをこぼした渡辺綾里がいた。

「よっ」

「いや、爽やかな笑顔で挨拶されても…煽り倒した後にいい笑顔でそいつらを踏みしめながら煙草を吸う同級生の姿に私はドン引きだよ。何だろうなぁ…わかってはいるけどやっぱり違和感だよ」

「それはお互い様だろ。こんな世界でまともでいるようなことのほうが難しいよ」

「…まあね~」

そんな言葉と共に投げられた水をありがたく受け取り喉を潤す。

「さあ、こんな雑魚のことはいいんだよ。ユリアのとこまで案内のために来たんだろ?さっさと行くぞ」

『雑魚』の辺りで屍の山が過ごしざわつき殺気が増えた気がしないでもないが無視。

その気配を把握している綾里はそれはもうなんとも言えないような苦笑いを浮かべながらも案内はしてくれるらしい。

俺も踵を返し進む彼女について歩き出した。



「私の知ってる君はもっとこう…物静かだったよね」

「まあ陰キャだったな」

「まあ否定はしないけど。いまだに君の豹変についてクラス内では話題になるし?でも私の印象はちょっと違うかな…」

城の廊下を歩きながら世間話に興ずる。

「多分本質は変わってないよ。それに方向性も。突き抜けてインフレしてるだけで豹変とは感じないかな。『タガが外れた』っていうのかな」

「…他人の変化にそうして記号で区分したがるのは趣味が悪いな」

「はは、相変わらず厳しいね。そうだね、言葉で表現して型にはめるのは陳腐かな。でもね、周りに君が『豹変した』なんて評する子たちがいるからどうもね」

脳裏にかつて出会った元クラスメイトの姿が浮かぶ。

「結局、設計位階にはわかないよ。それが悪いことではないしね」

「まあな…」

「だからこそ、覚醒位階同類としてはその評し方には思うところがあってね。気分を害したなら謝るよ」

「…気を遣わせたな」

「いやいや」

前を歩く綾里は楽しそうに返事をした。彼女は一般に潜り込んだ異常者だ。俺みたいな頭パッパラパーの覚醒者とばっかりいるのと違った心労があるのだろう。

そう思うと同類として、同郷のよしみとして付き合ってやる気もしてくるが…

「ところでユリアちゃんとはどこまで行ったのよ、話し付き合ってあげたんだから教えてくれるくらいいいでしょ?」

「…ばーか、教えてやるかよ」

こうやって茶化してる風を装って水に流してくれるのもありがたい。多分本当に聞きたいのだろうけど。

「やっぱりお前コミュ力高いな」

「それに気が付いて言っちゃうのが低い証拠だよねー」


王城の一室。ユリアの気配があるのはそこで、綾里が案内している先もそこだ。

綾里はなんだかんだ既に交流をしているようですれ違う兵士やらメイドやらから話しかけられたり話しかけたり。俺をみてひきつった笑みを浮かべるものもいるがにこやかに綾里が話しかけると会話が成立するし、一応は帝国に敵対してるともいえる彼女がここまでの関係性を構築するのはそれこそ天賦の才というものかもしれない。

(少なくとも俺には無理だな)

「おい、立ち話なら後にしてくれ。今は…」

「あら…ごめんなさい、またあとでね」

話していたメイドさんはこちらの声がかかると少し体を震わせたが、綾里の言葉と共に仕事に戻っていった。

「もうここだろ。一応案内の役割を果たそうという気概を見せろ」

「はーい」

そのままユリアのいる部屋に入ろうとドアノブに手を掛けると綾里がその手を上から押さえてくる。

「…」

捻る。反対回転に力を咥えられる。

「…離せ」

「いや、多分ね……ユリアちゃーーん!!!託羽入るよーー!!」

扉の向こうで驚く気配と少しのドタバタ音。思わず半眼で綾里の方を見る。

「お前、何した」

「大丈夫、君が嫌がることでも彼女が嫌がることでもないって。むしろ感謝してほしいかな」

「はぁ。で、開けていいのか?これ」

「いいけど心の準備をするのをお勧めするかな。私もしばらく硬直しちゃったし」

「だから何をしたお前…」

綾里の気配も、部屋の中からの気配も鬼気迫った感はないのでそう大ごとではないだろうが…あ、そうだ

「あ、未来観測をこんなあほなことに使わないでね。流石にそれは止めようがない」

「…はーい」

ここは折れておかないと話が進まなそうである。

「タクハ?ちょっと待ってくれない…かな?」

「ああ、もうじれったいな。さっさと覚悟決めなさいって」

ユリアの声に対応する間もなくさっさと綾里がドアを開けてしまう。

「…お前があけるのはいいのかよ」

そんなことを思ったが何となく上げた目線の先にあったものを見た瞬間世界にそれしか存在しなくなった。

「え、あ…」

そこにいたのはディスオベイの学園組の軍服、つまり“学生服を着たユリア”だった。

すぐに扉を開けられるとは思ってなかったのか手をこちらに伸ばし前のめりになりながら硬直している。

「……」

「あれ?託羽?あ、やば本気で固まってる。まあ気持ちはわかるけど」

ディスオベイのさらに日本より転移してきた元勇者たち、いわゆる『勇者組』は元の学生服を軽く改造して軍服としての側面を再び表したものを身に着けている。男性は学ランを、女性はセーラー服を改造した軍服となっているのだ。

綾里も身に着けているそれは膝上十センチほどの紺のプリーツスカートに同色の襟や袖に白のセーラー。襟に入った三本の白線に胸元には暗い色の赤のリボン。ここは人によってはネクタイだったりする。

それに加えアウターとしてセーラーに合うよう専用設計されたロングコートがおそらく軍服への再設計時に一番変化した部分だろう。

それぞれのデザインが実用性を重視しつつ特に『勇者組』の女子が積極的に再設計に参加してスタンダードながらカッコかわいいものとして完成している。

正直当時は

(何やってるんだこいつら)

と思っていたが…

「…綾里」

「ん、はい」

「…ナイスだ」

「当然よ」

「え…あ…」

めっっつちゃかわいい。

素晴らしい。

金髪ロングがサイドポニーによって落ち着いた印象を与えるため着せられたセーラーにすさまじく似合っている。

あばばばばばばば

「ああ、バグってる」

「え…似合ってる?のかな?」

「うん、今は多分処理が間に合ってないだけだし,しばらく待ったほうがよさそうだね。感想はそのときに」

焦った様子のユリアと馬鹿を見るよな眼をした綾里が見える気がするがすまないがしばらく待ってほしい。

網膜に焼き付ける。時間操作により年単位でこの刹那を味わうという重大な任務が俺にはあるのだから…

「とりあえず今の君はいつものすかしっぷりが見る影もないよね」

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