24

「なー、音楽屋連れてってぇな」


 翌日も、浅井君はそう言ってあたしについて来た。


「…宇野君に…」


「クラブ出る言うてたし」


「終わるの待ってたら?」


「そんなん待っとったら、マノンもバイト終わるやんか」


「……」



 引っ越して来て、まだ友達と呼べる人もいなくて行きたい場所にも連れて行ってくれる人がいない。

 気の毒…だとは思う。

 だけど、あたしで良ければ一緒に……って思えるはずもない。

 ――だって、真音がいるんですもの。



「ごめん、浅井君。どうしても無理」


「なんで?そないひどいケンカ?」


「…そこには触れないで…」


「こういう時こそ、どっちかが折れなあかんのちゃうん?」


「だから…」


 あたしが浅井君と言い合ってると。


「るるるるるるー!!」


 宇野君がけたたましく走ってやって来た。


 こ……この光景は…見た事あるんですけど…



「ママママママノンが来てる!!早く!!早く!!」


「えっ、マノン来てるん?」


「な…なな何、浅井も知り合い?」


「俺は幼馴染やねん」


「有名人の彼女と幼馴染が同じクラスに…」


 ジーンとしてる宇野君の横を、こっそり抜け出そうと…


「さ!!るー、行くぞ!!」


 抜け出せなかった。



 でも…どうして?

 今日は水曜日。

 バイトだってあるはずなのに…



 またまた校門の前には人だかりができてて、その真ん中に真音がいた。

 ナッキーさんの時と違うのは…真音が少し困惑した顔だ…って事。



「ありがとな」


「いえいえ、いつでも!!」


 宇野君は、真音と話せて満足そう。


「マノン!!俺は目に入らへんの!?」


 浅井君がそう叫ぶと


「…ああ、なんや晋。もう馴染んでるんか?」


 振り向くと、浅井君は宇野君と肩を組んでた。

 …友情って、簡単に始まるもんなんだな…



 * * *



「話したくないかもやけど…」


 久しぶりの並木のベンチ。

 あたしは、まだ真音の顔を見れない。


「正直に言うで」


「……」


「今まで、色んな女と付き合うた」


 分かって…たつもりだけど、やっぱりショック。


「色んな女と付き合うてきたし…この前みたいに、キスなんかは誰とでも平気でしとった」


 さ…さすがにクラクラしてきた。

 あたしには、想像すらできない。

 誰…誰とでも…なんて…



「けどな、俺、るーと会うて…変わりたい思うたんや」


「…変わりたい?」


「愛なんかあちこちに撒かんでもええやん。一人にだけで」


「……」


「初めてだらけのるーを見て、最初は好奇心と興味、それから…だんだん好きになってく内に、俺自身の過去を顧みるようんなって、そしたら…めっちゃ恥ずかしくなった」


 真音が空を仰ぐ。


「るーを好きになればなるほど、自分がるーにふさわしくない男やって気付いて…」


「な…何言ってるの?」


「え?」


「それは…いつもあたしが思ってた事よ」


「るー…」


「あたしなんか、真音にふさわしくないって…」


「ちゃうわ。俺な、言い訳にしか聞こえへんかもやけど…るーを守りたい思うたら、言いなりになるしかないとも思うた。俺と付き合うたら、るーにマイナスな事しか起きんのちゃうかな思うたら、どうしたらええんか分からんかった」


「……」


「けど、これだけは信じてくれ。俺は、るーを大好きやし、守りたい思う。るーにふさわしい男になれるよう、努力したいとも思うとる」


 夢のような言葉が聞こえてくる。

 本当に?

 真音、本当にそんな事思ってくれてるの?



「それと、約束してくれ」


「…何?」


「俺、この前みたいな事があっても、もう絶対受けん。その代わり、るーに何か起こるかもしれん。その時は、俺に隠さず全部言うて欲しいんや」


 その言葉を聞いて、あたしはポロポロと泣き始めてしまった。



「えっ、る…るー?どないしたん?」


「うっうっだだ…だって、あたし…」


 真音がおろおろしてる。

 ハンカチを探してるようだったけど、ポケットから出てくるのは小銭や、べっこう柄のピックだった。



「も…もうダメになるかと…思って…」


 あたしがそう言うと


「…俺は、ダメになんかせぇへんよ」


 真音はマジメな声で答えてくれた。



 世界が違う。

 あたしなんか似合わない。

 そう思ってたのに。

 あたしに近付こうとしてくれてる。

 それが、すごくすごく嬉しくて…



「真音…」


「ん?」


「…大好き」


 あたしは、やっと気持ちを口にできた。


 すると真音は


「…これ。あん時渡せれんかったやつ…」


 そう言って…封筒をくれた。


「…?」


 それを開けると、中には…


 頼子とあたし。

 真音とあたし。


 そしてー…



「…ど?」


 真音があたしを覗き込む。



 …あたしが欲しかった一枚。

 少し照れくさそうに…

 だけど、とびきり…優しい笑顔の…真音。



「…宝物にする…」


 そう言って、写真を胸に抱くと


「…俺も」


 真音は、胸のポケットから。


 あたしの写真が入ったパスケースを…ちらつかせたのよ…。



 1st 完

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いつか出逢ったあなた 1st ヒカリ @gogohikari

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