喜悦の振付師
ミルキーとナユタは互いの背を相手に預け、曲に合わせて気分を高めてゆく。
やがて激しい動きへと移り、中央から端、端から中央へと目まぐるしくポジションを変えて踊り回る。
動きのほとんどを中性的な振付でまとめたメジャースは、見違えるほど生き生きとステージ上で輝きを放つ。
その正確な動作は多くの場面でチームの軸としての機能を発揮する。
リッキーとジェイツーには重厚な武術対決を模した動きを取り入れた振付で、互いに拳を合わせたり空中を蹴り上げたりする動作で要所を締める。
全員が動きを合わせる場面では彼らが両端を固め、揺るぎない安定感を演出する。
曲は中盤にさしかかり、いよいよレモニィとあたしがステージに加わる。
愛らしい動きをふんだんに取り入れ、見つめ合い、頷き合い、時には抱き上げる。
見てくれた人に笑顔を。
いかつい男たちも。
気取った青年も。
自己主張の激しい若い女も。
無邪気な少女を囲み、心からの笑顔を弾けさせる。
この出会いが喜ばしい。
この友情が悦ばしい。
この世界を喜びで満たしたい。
それこそがあたしのテーマ。
喜悦の振付師の存在意義——
領内のお披露目会で絶賛を浴びた後も、あたしたちはブラッシュアップを続けてきた。
下馬評では最下位だったのだ。あくまで追いかける立場なのだから。
そして迎えた今日、ダンスバトル本番。
この国ルブイエの中心地。四大勢力全てが交わるただ一つの場所。
ここにはいかなる存在も手を触れることが叶わない特別なクリスタル——コアクリスタルが鎮座している。
先にダンスを披露した三勢力のチームたちは、いずれも見事な虹色の光とともに各々のドラゴンを呼び出してみせた。
そんな張り詰めた空気の中、あたしたちのダンスは今日一番の、割れんばかりの大歓声を巻き起こしたのだ。
コアクリスタルは本日四度目となる虹色の輝きを解き放つ。その光の強烈さたるや、これまでの三回の比ではない。
こうしてダンスバトル会場の空に出揃った四体のドラゴンたちは、一斉に雄叫びを放つ。
――ケエエエエエッ!
いずれのドラゴンの雄叫びも打ち消し、ハニィドラゴンの声が圧倒する。
三体のドラゴンが光に包まれて消えゆく中、ハニィドラゴンただ一体が最後まで大空に居座るのだった。
エルドールの圧勝だ。
「お姉ちゃん」
「大丈夫よ、レモニィ」
傍らに佇む金髪少女の頭をひと撫でし、あたしはドラゴンに祈りを捧げる巫女の姿勢をとる。
脳裏を過ぎるのは、あの日の言葉。
入れ替わったあの日、アユはこう言った。
——あたしの考えた最適解。あたしを自由に動かせる存在。あたしが自由に動かせる身体——
今度はこちらの番だ。
あたしと僕は、世界魔法によって再び交替する。
アユは阿由知に、阿由知はアユに。
こうしてクエストは終了した。
それから間も無く、COは夏の大規模バージョンアップに向けての長期メンテナンス期間へと突入するのだった。
*****
あたしは目を開くのと同時に上半身を起こした。軽く伸びをする。
「ふう…………んっ」
聞き慣れた高い声。
「おはよ、お姉ちゃん」
「おはよ。いつも早いわね、レモニィ」
習慣よ、とことも無げに告げる妹の金髪を撫でる。
「さて、顔を洗ってご飯にしましょうか」
ベッドから降りると、床に生徒手帳が落ちているのに気づいた。
開いたままのページにはあたしの写真。
自分で言うのもなんだけど、かなりの美少女だ。
守壁鮎。女。
ちなみに、あたしには日本人母の遺伝が強く現れ、妹にはイギリス人父の遺伝が強く現れた、という設定。
望んだ通り、血を分けた姉妹となったのだ。
舞奈と二郎は、バージョンアップ後のCOも遊んでくれるかな。
そしたら一緒に会いに行こう。
より人間臭くバージョンアップしたAI、男の娘巫女のアユチに。
「ところでお姉ちゃん。そろそろだと思うから……」
「ん、何が?」
「レモニィ、知識だけはあるから、また細かく教えてあげるね」
「んん? だから何を?」
「月の日のことを」
「————」
元に戻りたい。
ほんの一瞬だけど、そう思ったあたしを許してね、レモニィ。
喜悦の振付師 仁井暦 晴人 @kstation2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます