「唸れ! 秘剣グラノワール!」

呑竜

第1話「抜剣!」

「総員! 傾注けいちゅうー!」


 薄い板壁越しに聞こえてくるのは敵の指揮官の声だ。

 指示を受けているのはラグナ帝国の第一師団の先備さきぞなえ。

 対敵する際に最前衛を務める、つまりは国の威信をかけて鍛えられた最精鋭ってことだ。


「眼前の廃屋の中に潜むは憎き敵の首魁しゅかい! レジスタンスの頭目たるグラスフレートである!」


 おお! と先備えたちが歓声を上げる。


「バングラッド集積所襲撃! ディラッジ大橋爆破! 長きに渡って我ら帝国の栄達の妨げとなってきた彼奴らの頭脳であり、心臓部である!」


 おおおおお! 先備えたちの歓声が、耳をろうせんばかりに響き渡る。

  

「されば総員、着剣せよ! 銀弾にて彼奴の手足を撃ち抜き、銀剣にて喉笛を斬り裂け! そしてこう申し渡すのだ! 貴様の血によって同胞の無念は晴らされると! 親愛なる帝国軍兵6千万の血の涙は報われると! ヴァルハラに待つは喜びだけではないぞと!」

 

 ガチャガチャという音は、筒先に銃剣を装備する音だろう。

 一斉射撃の後、全身で突撃してくる腹積はらづもりだ。

 

 対するこちらは――


「……徒手空拳で?」


 思わず口元が緩んだ。


「そもそもここへ来てることは誰にも伝わってなくて? だから増援なんか来るはずもなくて? つまりはひとりで打開するしかなくて?」


 形勢不利すぎて、笑ってしまうほどだ。


「ちぇっ……まさかここで終わりだとはな……なあ、笑うかマギ?」


 廃屋の持ち主に呼びかけた。

 

 マギノワール・アリスト。

 同じ村で育った、そしてずっと一緒に育ってきた幼なじみの名を呼んだ。


「リーダーなんだからちゃんと部下に申し伝えとけって? そうだよな。まったくもってその通り。でもさあ……言えなかったんだよ。弱っちい自分の決意を固めるために、おまえにもう一度触れたかっただなんてさ。そんなの女々しいじゃん。みんなにどう思われるかって考えたらさ……なあ?」


 マギはこの家で死んだ。

 反逆者の息子をかくまったという罪で、村ごと皆殺しにされた。

 ここに残ってるのはせいぜい骨片程度しかないだろうけど……でも俺は、それが欲しかったんだ。

 肌で触れて、感じたかったんだ。

 もう一度、あいつを。


「……なあ、もしおまえがここにいたら怒るか? 今さら何を弱音を吐いてんだって、第一師団の先備えだろうがなんだろうがぶっ飛ばすしかないだろうがって、背中を蹴っ飛ばしてくれるのか?」


 自分で言ってて、自分で笑っちまった。


「……そうだよな。答えてはくれねえよな。そもそもいねえし……何を言ってんだかって話だよ」


 俺はふらりと立ち上がると、廃屋の中を見渡した。

 帝国兵の手によってさんざん引っかき回された家の中を。


「蹴っ飛ばしてもくれねえよな? そりゃまあ、死者だもんな?」


 家具は無かった。食器や雑貨の類も一切無かった。

 帝国兵が接収したのか、それともコソ泥が入ったのかはわからないけど。

 

「死人に口無しなんて言うけど……でもさ、俺は思うんだ。意外とそうでもないんじゃないかって。なぜなら思いってのは蓄積していくもんじゃんか。人の口から口へ、心から心へさ、そのつど濃縮していくもんじゃんか」


 台所の床下、食材の貯蔵所の扉を開けた。

 

「おっと……さすがにここはそのままか」


 一家三人が冬を過ごすための食糧貯蔵所。

 その隅に一か所だけ、取り外し自在の板がある。


 溜まった野菜カスを払うと、それは見えた。

 俺とマギノワールが何度も開けたせいで、他より明らかにくたびれた床板が。


「……ま、こんな床板一枚、どうとも思わねえだろうしな」


 はがすとそこには、一本の剣が横たえられていた。

 鞘から柄まで黄金造りの、いかにも煌びやかな剣が。


 それは昔、村の近くの遺跡からふたりで持ち出した剣だ。


「……」


 この地をかつて納めていた王様のものじゃないかって、ふたりで盛り上がったのを覚えている。

 その真贋を確かめるよりも先に俺が見つかり、そして結果的にはおまえと、村のみんなが殺された。

 俺は逃げるしかなくて、だから今日まで、確かめる余裕もなかった。


 ドドドン!


 銃声が鳴り響いた。

 衝撃音と軍靴の音が続いた。

 ハンマーのようなもので扉が打ち破られ、先備えが踏み込んで来たのがわかった。


「はあーあ……もう来たのかい」

 

 ため息をつきながら剣を手に取った。

 左手で鞘を持ち、右手を柄に添えた。

 貯蔵所の扉の、真下に立った。


「なあ、覚えてるか? この剣に名前をつけたの。俺とお前の名前をとってグラノワルって。ほーんっと、バカだよな。俺らって。ほーんっと、ガキ」  


 先備えの足音が近づいて来るのがわかった。

 五歩、四歩……。  


「でもさ……楽しかったよな? んでさ……これはマジで……悪かったよ」


 俺さえいなかったら、みんな幸せに生きてたはずだもんな。 

 ……なんて、言ったらおまえはマジギレするだろうから言えないけど。


 三歩、二歩……。


「はい、謝罪終了ー。謝るのも反省するのももう終わりっ」


 つぶやくと、左の膝を折り曲げるように腰を落とした。

 右足を踏ん張り、同時に剣を抜いた。

 そのまま垂直に斬り上げた。

  

「あとはあぁぁぁぁ……知らねえぇぇぇぇぇっ!」


 目標は貯蔵所の床板。

 今しもこちらを覗きこもうとする先備えの鼻っ面を想定して、全力で振り上げた。


「てめえらまとめてぶっ飛ばす、それだけだあああああっ!」






 ――彼は知らない。


 この世界の節目節目において出現する武器の名を。

 ある時は剣、ある時は槍、戦車としてすら出現する遺物の名を。

 その名はグラノワール。  

 時代時代を変革する、切り開く武器の名を。




 

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「唸れ! 秘剣グラノワール!」 呑竜 @donryu96

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