ラムネ

阿房饅頭

白昼夢

 夏休み前の期末テストが終わり、校外学習という名のテンションの下がる遠足。

 7月の頭の苦労したテスト後の休みがあると思っていたらの田舎の遠足とか、暑さとテスト疲れで参りそうだからだ。

 正直眩暈がするのも当たり前。

 そして、中学の校外学習は近くの歴史のある町に行くことになった。

 そこは小京都と言われるような雅なところらしいが、中学生に景色の美しさとかわかるわけがない。

 昔は割と栄えたところらしいのだが、最近の少子高齢化や交通の便の悪さで昭和に取り残されかけている町にしか見えない。

 あとはセミがうるさくてたまらないところが嫌なところである。

 

「シズ行くよ~」

 

 クラスメートの女の子の声が聞こえる。

 ある橋を私は越えたところでその声に振り向いた。

 ああ、うんと私こと、稲森静は答えようとしたが、くらっと眩暈がした。

 バスを降りて、メンバーと近くの田舎の散策とレポートによるその場所のスケッチをしようということらしく歩いていたところ矢先のこと。

 ふと、ここがどこかわからなくなっていた。

 

「あれ? さっきまで橋にいたのに」


 そう。橋の上で私は課題のスケッチをしようとしていたはずだが、気づけば、古い町並みの中、長屋のような住宅が立ち並んだ場所に迷い込んでいた。

 ただ聞こえるのはセミの音だけ。

 耳をつんさくほどのセミの鳴き声だけがさっきと同じ場所である理由だと感じさせてくれる。

 

「どうして、こんな場所に私が」

 

 ふと、暑さが増したような気がした。

 肩までのミディアムヘアが汗でべたついて気持ち悪い。

 制服であるセーラー服もべたべたして、嫌な感じがした。

 仕方なく、後ろのべたつく部分をヘアゴムで無造作にまとめて、肌とセーラー服の間に制汗スプレーを吹きかける。

 少しスッとしたが、やはり気持ちが悪い。

 私は仕方なく長屋を歩くと、そこには昭和に取り残されたような駄菓子屋があるのを見つけた。

 

「すみませーん」

 木組みの古臭い引き戸から駄菓子屋に顔を突っ込む。

 頭上には風鈴とこれまた年代物と思われるタイマー機能がなさそうな扇風機とガラスの冷蔵庫が見える。

 誰の声も帰ってこなかったのだが、ふとガラスの冷蔵庫を開ける。

 そこには昔懐かしいラムネが置いてあった。

 非常に私は喉が渇いていた。

 ラムネの金額がガラスの冷蔵庫にあるのを見つける。

 50円とかいう破格の値段が書いてあった。

 ごくりとつばを飲み込む。

 持ってきたお金は200円。十分買える。

 

「おばちゃ~ん、誰でもいいから店員さんはいないの?」

 誰かいないのかと声を私は上げるが、誰もいない。私の名前の静というままにレスポンスが無い。

 ただ、近くの机に何故か50円玉が乗っているのを見つけた。

 

「青空市場とか、あり得ない。というか、この50円玉昭和50年とかあるよ。ふっるうううう」


 そして、ラムネのガラスの玉をポンと叩く。

 玉が下に落ちて、しゅわしゅわとラムネの泡がわいてきた。

 泡はひんやりとした冷気と甘いにおいがしたような気がした。

 昔、お父さんに教えてもらった通りの開け方そのままだった。


「これ綺麗なのかな。何か使いまわしにされているとか聞いたことがあるけど」


 近くに空のラムネの置き場があるので余計に気になるわけだが、まあ何となく綺麗だった。

 

「もういいやっ」

 と言いながら、喉を鳴らしながらラムネを飲む。

 しゅわしゅわという炭酸の舌触りと冷たさがかなり来る。

 

「ぷはーこれがいいのよね」

 などとオッサンのような声を出して、落ち着いた。

 そこで落ち着いた時、ふと誰かの影が見えた。

 誰何の声を上げようとするが、私の体が動かない。



 チリン

 

 と、体に染み渡る風鈴の音がする。

 何故だろうか。それは心地よくて、さっき飲んだラムネの冷たさと夏の暑さがマッチして丁度良くなっているような感覚を覚えた。

 そして、眠くなって――

 

「ねえ、また来てね。おいしいよ」


 という声が聞こえたのを私の耳ははっきりと捉えていた。

 それはあまりにもクスリとした声。

 体に染み渡る声は何か変なもの。

 

「おいしいよ」

 何がおいしいの。ここは一体どこなの。

 誰もいない。ここには誰もいない。


「だって、そのラムネはここに迷い込んだ人が洗ってくれた。炭酸水の体で洗ってくれたものだから」


 

 

「シズ? どうしたの?」


 そこで、橋の上で友達が私を呼んでいる声に気付いた。

 私は頭を振り、先ほどのことは白昼夢だということにした。


「あれ、何を持っているの?」


 友達の女の子が言って、私の左手を差す。

 そこにはラムネの空瓶が握られていた。

 とても冷えていて、私の体を冷やして、炭酸にするような。

 酷く眩暈と溶けていくような、自分の感触がするような、あ――

 

 



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ラムネ 阿房饅頭 @ahomax

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