1-2 沢田さんの正体(3)

「あれ、なんかまずいことしちゃった?」


 沢田さんは見事なポーカーフェイスを決めている。一方で俺の顔とはんでもないことになっているに違いない。昔の俺だったらうまくいっていると思い込むだろう。しかし、俺は客観的に自分を見るという能力を手に入れたのだ。今の俺は間違いなくばれる顔をしている。


「お兄ちゃん、これ何にも入ってないけどなんでそんなに焦っているの?」


「え、何も入ってないの?」


 これには沢田さんもびっくり。明らかに位置が不自然だったので絶対に重要なものだと思っていた。しかし、何も入っていない。ならば何故こんな変な場所に置いていたのだろうか。


「ねぇ、何か隠してるでしょ」


 もちろん、勘のいい日向にこれ以上の嘘は重ねられない。きっとこのまま隠し続けるとこいつの逆鱗に触れるかもしれないから。怒らせたこいつを止められるのは、一人もいない。


「あぁ、隠してるよ」 「いや、何でもないわ」


 ―――え? なんで、ここまで来て隠すの? こいつ怒らせたらヤバイべさぁ~!


 沢田さんの目をじっと見続けようとしているが、この感じだと多分気付いてくれい。彼女、こいつと目を合わせてから一度もこっちを見ないもの。というより、日向に目線をもん。


「ねぇ、沢田さん。お兄ちゃんは白状したけど、まだシラを切るつもりですか?」


「白状? 何のことかしら」


「しらばっくれても遅いです。カプセルのことと言い、完全に動きが怪しいですもん」


 初めてこんな緊張感を体験したかもしれない。二度と体験したくはないが、とりあえずここから逃げ出したかった。とりあえずトイレにでも行こうかと、そっと音を立てないように椅子から腰を上げる。しかし、プロと妹は騙せなかった。二人からの視線がこちらに向く。特に日向からの視線が怖い。


「お兄ちゃん、座ってなさい」 「佐木君、そこにいて」


「ちょっとトイレに……」


 どう考えてもこのタイミングでは行けない。完全にやらかした。選択肢を完全に間違えた。完全に目が据わってるもん、狩人の目をしてるもん。そのまま目を合わせること数秒間、俺の精神は瀕死であった。


「……いってらっしゃい」


「お、おう」


 俺はトイレに入った途端に足の力が抜けた。しばらくはここから出るのは無理だろう。ただ、あまり長居していても怪しまれるだろうし……。とりあえず、もう少しだけ……もう少ししたらここから出よう。だが、この間の会話も少し気になる。耳を扉に密接すると、かすかに聞こえてきた。


「沢田さん、このまま問い詰めても答えないんでしょう?」


「答えないも何も、秘密がないんだから当たり前でしょ?」


「まぁいいや。とりあえず朝ごはんだけ食べちゃいましょうか」


 やだ、この空間。めっちゃ出にくいんだけど。

 ———ねえ、沢田さん、そこまでして隠さないといけないものなのかよ。相手、普通の中学生だぜ? ばれたって大した痛手にはならないだろ―――


 と思っていても、声に出せないのが俺の……いや、世の男ならわかってくれるはずだ。この欠点と言えるであろうこの現象を。いつまでもこのままというわけにはいかない。腹をくくり、最後の気力を振り絞りながら食卓に戻った。


「ちょうどよかった。お兄ちゃんは何食べる?」


「お前に任せるわ」


「わかった」


 いつものように朝ごはんを作った日向だったが、やはり先ほどの沢田さんの嘘が気に入らないらしい。食べる速度が段違いに早いのである。沢田さんと長くいたくない、という感情がこっちにまで伝わってきた。いつもとは段違いのスピードで食べ終わった日向は、自分の部屋に閉じこもってしまう。


「沢田さん、日向を巻き込みたくないのはわかるんですけど……」


 俺が〝日向にはもう説明してもいいんじゃないんですか?〟と言おうと思っていたが、沢田さんが人差し指を俺の口の前に寄せてきた。いつの間にか日向は音を立てないように階段を下りている。音を立てないということは―――盗聴器がある?


 ここで、一つの疑問が生じる。もし仕掛けられているとして、誰が仕掛けるのだろうか。家に侵入できるのは、家族を除けば沢田さんくらいであろう。しかし、その沢田さんは今の動きで仕掛けていないことが分かる。彼女がもし仕掛けたのであれば、俺たちに声を出さないように指示をするはずがない。


 沢田さんは、リビングの大きな窓を静かに開けなぜか家の裏にある、地面に隠れた道に俺たちを押し込んでくる。いつの間にこんな場所を作っていたのか。最初俺は残るつもりだったが、沢田さんが強く背中を押してきたのでそれは出来ない。俺たちが入ったのを確認した沢田さんは、ハッチのようなものを閉めようとしている。


「沢田さん! 一緒に行きましょう」


「ごめん、それは出来ないわ。日向ちゃんを頼んだわよ、お兄ちゃんっ」


 その声は今までで一番明るく、沢田さんにしては不気味なやさしさであった。閉じられたハッチは俺たちの声だけを響かせる。


「お兄ちゃん、とりあえず行こ?」


「あぁ。なんか沢田さん隠してなかったか?」


「う~ん。あんまり感じなかったけどなんで?」


 真っ暗で方向がほとんどわからない。上か下か、北か南か。かすかに見える光の方向に、足元を石橋をたたくかのようにゆっくりと……。進んでいくと光がだんだんと強くなっていく。今まで暗い場所にいたからなのか目がチカチカする。ずいぶんと開けた場所に出た気がする。慣れてくると、目の前には白い絨毯が敷き詰められていた。


「お兄ちゃん、これって……」


「なんだろうな、この花」


「エーデルワイスっていうんですよ」


 なぜか聞き覚えのある声だった。なんで、こんなところでこの声が聞こえるのか。その真相は誰かが知っている。

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エーデルワイス 〜最後の思い出〜 囲会多マッキー @makky20030217

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