第39話 懺悔


「致命傷ではないようですね。良かった」


 救急車内で隊員の人たちにいろいろ剥かれている中でユウがぽつりと呟いた。

 所々擦りむいて出血しているらしいけれど、どうやら大したものではないらしい。死ぬかと思ってたのになんだか恥ずかしいなあ。心の中で救急隊員の人たちに謝った。


「血は出てますが、擦り傷と、右足の爪が剥がれてるだけで命に別状はないですよ。安心してください」

「これから症状が出てくる可能性はありますが」

「ありがとうございます……」

「まだ起き上らないで寝ててくださいね」


 右足も完全にイカれたと思ったのに爪だけなのか。安心したら痛みもそこまでひどくなくなってきた。

 まるで今生の別れみたいにユウにあいさつしちゃったのになあ。急に恥ずかしくなってきて顔が熱い。


 手際よく処置がされ、隊員がどこかの病院へと連絡をしている。そして「どこか痛み出したらすぐ教えてください」と言った後、私に積極的に話しかけることは無くなった。

 聞こえてくるのは機械の音や業務連絡の会話、サイレンの音。私以外の人間はてきぱきと素早く仕事をこなしている。


 なにもすることがない。そして疲れかケガか緊張か、体も指一本すら動かせないくらいだるい。

 ぼんやり天井をみていると、ばつが悪そうにしているユウと目が合った。


「奈々子さん。声は出さなくていいので、このまま聞いていてください」


 私はまばたきで応えた。ユウは理解したのか少しはにかむ。


「もう誤魔化すことはやめました。人に暴かれてしまうなら、その前に自分で言おうと思います。僕自身の事、謝らなければならない事、ぜんぶを」


 じっとユウを見つめると、こちらに近づいて覆いかぶさってきた。何かをためらうかのようにユウの三白眼の小さな黒目が少し泳ぐ。


 ……やっぱりそうか。やっぱり隠してたんだな。

 うすうす気づいていたけれど、私はずっと見て見ぬふりをしてきた。だからユウの告白も大して驚くこともなかった。




「僕の本当の名前は迫間悠一はざまゆういちといいます。記憶喪失なんて嘘だったんです。すみません」


 私は何も言わずに、ただユウの言葉にじっと耳を傾けた。


「ただ僕が死ぬ寸前の記憶はとてもあやふやで、なぜ、いつ、どんな風に死んだのかは覚えていない。そこだけは本当でした」


 周りの音がすごく遠くに聞こえる。視界もユウが近すぎてユウ以外は何もみえない。

 誰かが私のケガを処置する手や器具の感触だけがはっきりしている。


「生前から貴女のことをこうして見ていたんです。幽霊になって想いが通じるなんて思わなかった」

「……なんで、」

「ふふ、声は出さないでと言ったでしょう」


 されるがまま、身動きがとれないのをいいことにユウは私の頬にキスしながら笑った。


「まあ、貴女は僕に気付きませんでしたね。でも覚えてはいるようでしたよ?」


 ユウはいつものようにニヤニヤしている。けれど、不安げな様子は隠しきれていない。

 私は再びまばたきで返事をした。


「僕は昔から人と関わらずに生きてきたんです。その方が向いていましたし、これからもそうするつもりでした」


 まあそうだよなあ。私以上に社会不適合そうな雰囲気はあったし。


「幸い一人で生活できるだけのお金はあったので、何年もそうして細々と過ごしていたんです。貴女に会うまではね」


 私はユウが生身の人間だった時に会っていたらしい、けれどまったく記憶にない。会っていたら忘れないような気がするんだけど。


「いつ会ったか知りたそうな顔をしていますが教えませんよ? その頃の僕は恥ずかしい格好だったのでイメチェンしたんです」


 イメチェン、ねえ……


「死んでから貴女のそばに来たのはまったくもって偶然ですが、貴女と仲良くなりたくて記憶喪失を演じたのは謝ります。ふふ、すみませんでした」


 ほんの少しも反省の色が見えない謝罪だ。ユウらしい。


「さて、今回のことで僕がたちの悪い悪霊だということが知れてしまったので、今後僕をどうするかは貴女に任せます。徐霊しても恨みません」


 一瞬だけ反らされた瞳に影が落ちる。けれどすぐにもとの薄ら笑いに戻った。


「……でも、もし」


 ひとつ、深呼吸。ユウの呼吸の音が少しだけ震えている。


「もし貴女が許してくれるのなら、もう僕は貴女を騙したりしません。傷付けたりもです」


 本当かなあ。

 呆れ笑いでユウを見つめる。もはや私の中で答えは決まっていて、ユウもそれに気付いているようだ。


「ええ、愛していますから。この魂に誓って」


 ずいぶん勝手で、どうしようもない悪霊だ。でもそんな悪霊を疎むことができない私も相当なバカだなあ。

 こんな悪霊でも隠し事をしているのは罪悪感があったのか、すべてを吐き出したユウの顔はとても晴れやかだった。その笑顔につられて私もはにかんだ。


 まあ、いっか。

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