公開処刑

課長が久木田社長に成功の電話を入れると堰き止めていた動きを役員たちが一気に放出した。


新聞社への逆スッパ抜き。

一面の大見出しはこうだ。


『コヨテ、ステイショナリー・ファイイターの敵対的TOBを画策も失敗』


それから他の株主たちの動静把握、顧客説明のためのHP・SNSの更新。


せっちがことを訊いた。


「政治家には?」


課長が鼻で笑う。


「他者依存のひとたちは不要だ」


これでようやくマノアハウス に帰れる・・・とはいかなかった。


「社長が朝のニュース・ワイドに出演する。我々もテレビ局に向かうよ」

「え!? わたしらがテレビに出るの!?」

「我々は出ない。社長がテレビで話すための情報をじかにお伝えしに行くんだ」


行きよりも更に過激な攻めで走る課長のポルシェをテレビ局の駐車場に滑り込ませたのはオンエアの30分前だった。


「みんな、よく無事で戻ってきてくれた。辛い思いをしたろう」


僕ら5人は、ただ微笑んで社長への答えとした。


そのまま出演者の控え室で社長にあった事実をすべて伝えた。

久木田社長はさすがで、僕らが話す内容に全くの平常心で受け答えした。

そして最後に一言。


「よく分かった」


と僕ら全員に握手を求めた。

手を握り合いながら、スタジオに久木田社長を送り出そうとした。


「おはようございます」


控え室の入り口を鋭い輪郭を持った男性がくぐってきた。


「高瀬くん!?」


久木田社長がそう呼んだ相手は、コヨテのトップ、高瀬社長だった。


「ほう。久木田社長はお付きが5人もいらっしゃる。私は孤軍奮闘ですね」

「あなたが出るなんて聞いておらん」

「それはそうですよ。たった今出演のOKを取り付けたところですから」

「プロデューサーさん!」


久木田社長が呼ぶと現場の差配を全て預かる美しい女性プロデューサーが真顔で答えた。


「お二方で出ていただいた方が面白いと判断しました」



それが基準。


僕は愕然とした。


「さ、生ですからね。スタンバイ、お願いします」


いい度胸はしているんだろう。このプロデューサーは。あるいは、ということが信念なのか。


正しくない信念は害にしかならない時もある。


そして、正しき信念を追い求める課長が、手を口元に当てて目をぎゅっと閉じ、黙考していた。


それが、解けた。


モニタリング課員に課長は問いかける。


「みんな。晒されても構わないかい?」


・・・・・・・・・・・


「では、今日の朝刊一面を独占したお二方。コヨテの高瀬社長と、ステイショナリー・ファイターの久木田社長でございます〜」


お笑い芸人だけれども漫才もコントもやらない男のMCが業界ツートップの2人をお馴染みのトーク調でこの上なく軽く紹介する。

こんなもんか。所詮僕らの仕事は文具業界という内輪ウケでしかないのか、と思わせるぐらいの軽薄さだった。


「それででございますね〜。ステイショナリー・ファイター・サイドの5人さんは久木田社長の片腕チームでございますか〜? 小さな女の子もいますけど〜」

「片腕どころか全身です」


さすが久木田社長。

切り返しが年齢を感じさせないユーモアとスマートさだ。


けれども、という意味ではコヨテの高瀬社長は空恐ろしいぐらいだった。


「高瀬社長〜、今朝の朝刊ですが。一般紙4紙は『コヨテ敵対的TOB失敗』、経済紙3紙が『コヨテ、ステイショナリー・ファイターを子会社化か』と、二律背反する記事のぶつかり合いなんですが。真相はいかにっ!?」


MCを心の底では軽蔑しながら高瀬社長はゆったりと答えた。


「TOBというスキームは一旦白紙にしました。したがって前者の記事は事実です。その代わり当社からステイショナリー・ファイターへの事業提携提案・・・それも当社主導の提携交渉に入る予定です」


・・・え!?


「高瀬くん!?」

「この公開トークが交渉の端緒です。でしょう?」

「それはっ!!」


あ・・・!

卑怯!!・・・いや・・・なんて資質だ!!


高瀬社長は、ほとばしるこの才能で業界老舗のコヨテを老体の機能不全に陥らせることなく、トップをひた走らせてきたのか。


このゲスなMCを完全に手玉にとっている。


「どうですか、久木田社長。斬新でしょう? わたしとあなたとで文具業界の覇権をかけたショーを視聴者・・・いえ、文具をお使いいただいているお客様方にお見せする。大注目ですよ。それとも私のような若造と茶番を演じるのはお嫌ですか?」


高瀬社長はそう久木田社長に叩きつけたんだ。


「提案です」


課長?

え!?

このタイミングで何を!?


「ここに私共がインターンで受け入れている小学校5年生の女の子がいます。彼女は若く独創的な発想で顧客目線の社内提案をいくつもしてきました。そして驚いたことにそれを自ら実践したんです。どうせフレッシュな議論をするなら彼女と高瀬社長の交渉にしたらどうでしょう?」


課長は一気に言うと落ち着き払ってテーブルの上のアイスティーをちゅー、とストローで吸い込んだ。

そして言った。


「その方がもっとのではないですか!?」

「それ、行きましょう!!」


MCはどうでもいい。

重要なことは、


!!


と、課長が高瀬社長に言い放ったという事実だ。


「せっち。できるかい?」

「やるよ、課長」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る