東北の御坊

道なき道を走るという表現を体現できたのは僕の人生においてプラスだったと考えるべきなのか、それとも避けるべきことだったのか。

最初はハイウェイを巡航していたけれども、途中から山の中を走った。

山道ではない。単なる山だ。


『わ、ぶつかる!』


というぐらいの木と木の隙間を課長は驚くべきドライビングテクニックで疾走した。はっきり言ってスピードもどれだけ出ているのか判らない。

勾配も急なんてものじゃない。気がつくと断崖絶壁のような場所を登っていたりした。


「ポルシェってこんなところ走る車なんですか!?」


ガタガタの振動の中で不安になって何度も質問したけれども、


「チューンしてるからな!」


の一言で済まされた。


出発が夕方だったので日は完全に落ちていたけれども、驚異的なタイムで東北のその地に到着した。


「やっと街に到着ですね」

「何言ってる、キヨロウ。ここはもう御坊の家だ」

「え、家って・・・課長、今通り過ぎたのって交番ですよね?」

「そうだが」

「じ、じゃあ、まだ街なかじゃないですか。道路も幅員の広い道路ですし」

「違う。これは自宅敷地内の通路だ。その交番は『御坊邸内交番』だ。24時間特別警戒のために敷地内に設置されてる」

「え」

「敵の多いお方だからな」

「・・・海援御坊って何やってる人なんですか?」

「ウチの大株主だ。それ以上の情報は要らぬ緊張を増すだけだぞ、キヨロウ」

「・・・なんとなく分かりました」


それから何分走っただろう。

ようやく交番や消防署、病院、といった邸内に設置されている公共施設以外の建物が見えてきた。

平屋か、と思ったけれども、平城ひらじろと呼ぶべき堅牢な日本家屋だった。もっと言うとアブない方のお住まいのような。


課長はポルシェを家の生垣に沿って走らせる。しばらくして時代劇に出てくるお白州のような作りの場所に出た。

無造作にポルシェを停め、ダム・ダム・ダム・とドアを閉めると、


「御坊! 課長です!」


と、大声で呼びかけた。


すると、ゾロゾロとノータイでダークスーツのいかつい男たちがお白州の傍から歩いて出てきた。


「御坊はお食事中だ!」

「課長が来たと伝えてくれ」

「はあ? 課長だと!?」


男たちは殺気立っている。

にっちが反射でファイティング・ポーズを取ると一気に場の緊張感が高まった。


「にっち。いいわ、下がってて。わたしがやる」


そう言って一歩前に出たのは鏡さんだった。


「か、鏡さん。にっちに任せた方が・・・」


僕の呼びかけを無視して鏡さんは男たちを睨んだ。そして、何やらライターのようなものを取り出す。


「3箇所、仕込ませてもらったわ。わたしお手製の手榴弾パイナップルよ。これはそのリモコン」


え? 爆弾!?

しかも、いつの間に?


「てめえ! ハッタリだろ!?」


カチッ、と鏡さんがスイッチを押すと、シュバン! という音がして屋根の軒先が崩れ落ちた。


「・・・・・」

「え?」


男たちは無言になった。

僕らも。

はっきり言って、引いた。

僕ら、サラリーマンだよね?

これって、犯罪じゃ?


「おお、課長!」

「御坊!」


大柄で白髪顎髭の男の人がお白州の奥の広間から姿を表した。


「課長、よく来た。コヨテがえらいことになっとるな!? もしかしてそのことと関係あるのか?」

「さすが御坊。その通りです」

「まあ、上がれ」


僕らはきちんと履物を揃えて畳敷きの広間に上がった。客人としての扱いだけれども、ダークスーツの男たちはまだ敵意むき出しのままだ。僕らも警戒を解くわけにはいかない。


「まあ、茶でも飲め。おーい! きんつばがあったろう!? お出ししろ!」

「御坊、お構いなく」

「課長。久木田は元気か?」

「はい。相変わらず流れるような決裁をされています」

「ふふ。久木田らしい。しかし、『有明の戦争』で飯野会イイノカイ井伊世会イイヨカイを相手に課長が敵の50台のベンツをスクラップにした激走が昨日のようじゃのー。鏡もあの時ゃあ派手にドッカンドッカン爆破しとったしのー」

「御坊、課員の前ですので・・・」

「おおそうじゃったすまんすまん。ガハハハハハ!」


戦争? 50台のベンツをスクラップ?

鏡さんもドッカンドッカン?

・・・深く突っ込まないようにしよう・・・


「御坊、実は、コヨテを追い込んだのはこの3人なんです」

「何!?」


ギロ、と僕・にっち・せっちは御坊の視線に射られた。さすがに大物感満載だ。射すくめられて動けないぐらいの圧迫感がある。


課長は御坊に僕らのの真相を話した。

途端に不機嫌を露わにした。


「つまりは、んじゃな?」

「やむを得ない選択でした」

「課長、事実だけ言え。嵌めたんじゃな? コヨテの部長を」

「うん、そうだよ。だから?」


せ、せっち!?


「嬢ちゃんか。せっちと言ったな? 小学生のクセに間尺に合わん小賢しいことをしおって」

「先に仕掛けたのはコヨテの方だもん!」

「関係ない。ワシはなあ、若者の素直さを愛する人間だ。おのれのような捻れた根性の子供を見ると限りなく嫌な気分になるんじゃ。株の売買以前の問題じゃ。それになあ、コヨテの高瀬はなかなかの男じゃ。のう、課長」

「はい。私もそう思います。まさかこんな素早く経営判断を下すとは・・・」

「そういうことだ。ステイショナリー・ファイターがコヨテの軍門に下るのも、結果としてこの国の経済にプラスになるのなら、ワシは大義の方を取る」

「お言葉ですが」

「なんだ。にっち」


御坊が今度はにっちを威圧する。

にっちは負けていない。


「御坊はせっちを子供とおっしゃいました」

「だからどうした」

「せっちは子供ではありません。この中の誰よりも大人です」

「何を!?」

「せっちの生い立ちは苛烈です。大人たちに虐げられ翻弄され続けて生きてきました。そして、チカ部長もその大人たちと全く同じ卑怯なことをしたんです」

「ふむ・・・」

「せっちは知恵を振りしぼったまでです。生き残るために。それも自分だけでなく、わたしとキヨロウさん、それからステイショナリー・ファイターの存亡すらかけて。子供じゃありません」

「大人でもなかろう」

「ならば言い方を変えます。せっちは、まさしく、元服した武家の娘です。いざとなったら懐刀ふところがたなで自分の喉を突く覚悟を持った」

「ほう・・・」

「チカ部長のやったことが個人的な暴走なのかコヨテという大組織の意思なのか知ったことではありません。ただ、せっちのことを見くびって舐めた対応をした。せっちを才覚も人格もほぼ完成した大人として扱わなかった。コヨテとチカ部長こそこの重大な結果を見越すことのできなかった甘っちょろいではないですか? そして御坊もせっちをそういう風にしか見れないではないですか!?」

「なるほど」


あ。

まずい。

にっち、多分、この人を本気で怒らせたぞ。


「おい、梶田」

「はい」

「どうだ。このお嬢さんと手合わせしてみんか?」

「御坊の意のままに」


ダメだ!


「御坊!」

「なんだ、キヨロウ。ようやく口を開いたか。男のクセにビクビクしおってからに」

「・・・御坊。その梶田という人は相当の方でしょう」

「うむ。元プロボクサーじゃ。東洋チャンピオンまでいった」


やっぱり。


「だが、それは公式の格闘の記録じゃ。そのあと傷害事件を起こしてワシに拾われてからはありとあらゆる状況に対応してきた。対拳銃、サブマシンガン、さっき鏡が使った手榴弾。それからな、古風なガトリング砲から最新式のハンディ・バズーカにも対峙したことがあった」


御坊の表情が嬉々としてきた。

間違いない。御坊のこれが本質だ。


「梶田はすべて勝った。素手で、だぞ。蹴りすら使っておらん。左右の拳だけでだ。なあ、各々方。武士がどうして最後まで刀を武器として捨てなんだか判るか?」


御坊はきっと国の施策や経済にすら関わる大物なんだろう。

でも、今のこの顔は、マニアのそれだ。


「刀はな、白兵戦の、それも至近戦の究極の武器なんじゃよ。倒す際の手応えをよりダイレクトに、リアルに確認できる。槍よりはリーチの短い刀。狭い日本式建築の中での殺戮にもってこいなんじゃよ。さらに言えば短刀。それこそさっきにっちの言った懐刀は自害にも使うかもしれんが暗殺にこれほど最適な武器はなかろう。それでな。もっと優れたのが、拳よ。梶田は究極の武士なんじゃよ」

「わたしも拳を使います」

「ふふ。実はなあ、お前さんがデパートでストーカーを殴り倒すネット動画を見てたんだよ。美少女ファイターとか言われとったな? 女子ながら天晴れ、と思った。アンタもまさしく武家の娘、女武士だよ。まさかこんな形で梶田との対戦を見ることができようとは」

「にっち、ダメだ!」

「ほう。キヨロウ。なら、お主が梶田とやるか。そして、コンマ以下の秒数で屍と化す覚悟があるのか」

「・・・・っ!」

「キヨロウさん」


にっち。


「わたし、やります」

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