リアルの家族というものは

せっちが1週間の休学中、にっち・せっち・僕の3人は近隣県の文具店を転戦した。せっちへのOJTをメインの目的として。

けれども、せっちはもはや僕ら以上のナチュラルさで『工作』をこなしている。


せっちがこんなことを言い出した。


「コヨテのショールーム、に行かない?」


言葉の意味を今一度考えた。

1つしかない。


「せっち。コヨテ本社の隣に建ってるショールームのことかい?」

「うん、そう」


どの角度からツッコめばいいのか。


「せっち。コヨテ本社の隣の店舗で僕らの顔を晒すのかい?」

「だから変装してるんじゃん」

「チカ部長に見つかるぞ」

「大丈夫だよ」

「大体コヨテのショールームだからウチの製品も他社の製品も置いてないよ」

「それが狙いだもん」



「キヨロウさん。わたしもやってみたいです」

「え? にっちも!?」

「コヨテのショールームは高校の時に何度か行きました。すごいな、という印象しかないです」

「そうだろうね。売り上げだけでなく製品のアイテム数も圧倒的だからね」

「そういうところでするなんて、腕が鳴ります」

「うーん・・・」

「それに、にっちの小学校にまで圧力をかけるなんて絶対許せません。もしこれでにっちの居場所がなくなったら・・・」

「・・・うん。 わかったよ」

「ありがとう、にっち! キヨロウ!」

「でもにっち。チカ部長たちに今でも監視されてるかもだぞ」

「それを織り込んで準備しましょう・・・せっち。一体どうするの?」

「へへ。我ながらのアイディアがあるんだ」


一応、課長を通じて久木田社長に許可をとった。

コンプラは大事だ。

『言ったからね!』

という責任共有責任転嫁も大事だ。


・・・・・・・・


「わあ! 文具の美術館だね」


せっちがはしゃいでいる。

実際コヨテのショールームはもはやアミューズメントのレベルで見事としか言いようがない。特にせっちと同年代の女の子が家族で来ている姿が目立つ。


せっちはスパンコールでロゴが書かれたパーカーに、スカートはふわりと揺れる可愛らいしいもの。


にっちが、


「わたしのコーデです」


と自慢げに言っていた。


そのにっち自身はニットの柔らかなスカートに、襟元が大きく空いた白のセーター。


かわいい。


そして、僕もその可愛らしい白のセーター。


ペアルック。


僕とにっちの顔が火照っているのはセーターの暖かさのせいだけじゃない。


「ねえ、あれやってみたい!」


せっちがイベントブースを指差した。


塗り絵のブース。

さすがコヨテらしく、子供子供した絵柄じゃなく、女の子の背伸びしたい気持ちをくすぐるファッションデザイナーのラフスケッチのような少女画にプロのイラストレーター用パステルで色つけするというものだ。

インストラクターもついて指導し、完成したは鑑賞に耐える美しさだ。

しかもそのパステルセットも無料でプレゼントされる。

ただし、パステルは高価なもので、親子限定のイベントと但し書きがある。


そして、僕はこのブースが、顧客ニーズの最前線を把握するための重要なアンテナとしてチカ部長率いる営業部直轄の運営であることも掴んでいた。

ブースに控える、おそらくは営業部のエリート・キャリア・ウーマンであろう若いスタッフにターゲットを絞った。


「すみません、小学5年生なんですけど、よろしいですか?」


にっちが彼女に問いかけた。

その隣でせっちはにこにことただ可愛い少女を演じている。


スタッフがにっちの顔を見た瞬間、目尻をピクッ、とわずかに痙攣させた。


「ただ今準備いたしますので少しお待ちください」


ごく自然な対応を装って彼女はブース脇のビジネスフォンの受話器を持ち上げた。口を手で覆い、うん、うん、と数回の応答をした。


「お待たせいたしました。では、何かご家族連れであることが分かるものをお見せください」


かかった!


にっちがゆっくりと応対を始める。


「え? 家族の、ですか?」

「はい」

「どうしてですか?」

「え・・・とですね。その、時折お友達連れでお越しになってプレゼントのパステルをお持ち帰りになろうとする方もおられますので」

「お客全員に訊いてるんですか?」

「い、いえ・・・そういう訳では・・・」


ブースの後ろには順番を待つ親子連れが並び始めた。さわさわと話しながら待っている。


「じゃあ、どうしてですか?」

「え・・・いえ・・・」

「お客様、どうされました?」


チカ部長だ。

接客用ではなく、いつもの超ハイヒール。営業部長としてののままだ。

額に汗の粒が浮いて、心なしか息も荒い。隣の本社ビルから慌てて駆け下りてきたのだろう。

にっちはチカ部長に対峙する。


「この店員さんが家族である証拠を見せろと」

「ああ・・・失礼ですけれどもがとてもお若いので念のために、とスタッフがお問い合わせしたんです。一応、決まりですので」


『選択肢はないのだ』という冷たい表情でチカ部長はにっちを見やる。それから僕も。


「そ、それは・・・」


にっちが口ごもる。せっちはにっちのセーターを両手で軽く握り、にっちの顔を見上げ、顔を歪めた。


チカ部長が嘲笑のような笑みを口元に浮かべた。


「この子は間違いなく僕の子です」


チカ部長が眉をひそめる。

僕は淡々と、けれども力を込めて声を出した。


「正確には養子にしようと手続きしているところです。この子は実の両親からDVに遭っています。両親から避難させて、今は母親代りの彼女と一緒にこの3人で暮らしています」


一点の曇りもない。全て事実だ。


チカ部長の顔色が変わった。


後ろではこれから重要な顧客になるであろう意識の高そうな家族連れが僕らの会話を全て聞いている。おそらくは共感を持って。


「す、すみません。失礼いたしました」

「失礼、で済むような話ではないですよね」

「申し訳ありません・・・」


大勢の、娘を間に挟んだ家族たちがざわついている。

トドメだ。


「僕は今、養子縁組の手続きを弁護士に依頼しています。場合によってはこのことも名誉毀損として相談してみます」

「も、申し訳ありません!」


腰を膝にくっつくぐらいに曲げて詫びるチカ部長を一瞥し、行こう、とにっちとせっちに促した。


僕はチカ部長とすれ違いざま、


「次やったら、本気で潰しますよ」


と囁いた。


会場から出るとき、せっちがうつむいて呟いた。


「ありがとう。おとう・・・さん・・・」


せっち。

嬉しいよ。


全部君のシナリオなんだけどね。

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