小学生を実戦配備

僕らはこっそりとハンバーガー屋の若きオーナーに連絡して、水色フォルクスワーゲンを駐車違反で警察に通報してもらった。

警察に委ねてレッカー移動してもらえば敵も手出しできないだろうから。

ほとぼりがさめた頃に反則金払って引き取りに行った。


さて、喫緊の課題。


せっちの小学校への復帰。


「しばらく休みます」


せっちは行きたがったけれども、公的なのか私的なのか、担任の先生がチカ部長となんらかの接触がある可能性が高い以上、そんなところに大事なせっちを預けてはおけない。


「みんな待ってるのに」


みんな、とはせっちが『派閥』を作った、『殴られる側』の子たちだ。せっちを中心に寄り添うことで学校の空気を一新しようと動き出していた矢先だったから後ろ髪引かれる思いだろう。何よりも『反抗』の意思を『殴る側』に見せた訳だから、せっちがいない間に報復を受けないか、自分の責任を感じているようだ。

ただ、せっちを完全に『失脚』させようという悪意に満ちた場所に置いておくとせっちの精神が潰されるかもしれない。とりあえず1週間自主休学することにした。


もうひとつ。


せっちのインターン。


どこにいてもどうせチカ部長の監視の目があるのなら3人寄り添うのが一番安全だ。

なので、休学している間、僕らの『戦場』に同行してもらうことに・・・したいんだけれども、『報酬』の問題をクリアしなくちゃいけない。

せっちが『金のなる木』だと知った途端に両親が奪い返しにくるかもしれないからだ。


僕・にっち・せっちの3人で授業参観の日からの常軌を逸した出来事を久木田社長に報告しに役員室に行くと、例の如く社食に誘われた。


「せっちを養女にしないか?」


・・・・・えっ!?


「あ、あの・・・誰が、ですか?」

「決まっておろう」


僕以外の3人の視線が僕の顔に注がれる。


「いやっ、ちょっと、それはっ!! 大体養子って子供のことが第一の制度で、しかも子供のできない夫婦とかに認められるものじゃないですか?」

「なら、にっちさんと夫婦になるか?」


・・・・えっ!?


「いやいやいやっ、久木田社長! そんなのにっちへのセクハラですよっ!」

「あ、あの・・・キヨロウさん」

「え?」

「わたしは・・・いいですよ・・・それがせっちのためになるなら・・・」

「え、ええっ!?」

「冗談はさておき」


久木田社長が苦笑しながら言った。

そりゃ、そうだよね・・・いくらなんでも・・・


「せっちの両親が当事者能力がないのは申し訳ないが事実だ。その線で押して、キヨロウさんとの養子縁組を家庭裁判所に許可してもらう。せっちの両親が拒めば提訴も辞さない」

「でも社長。独身の僕に許可が下りるでしょうか・・・」

「そこで、マノアハウス での同居の事実だ。既に3人は極めて円滑で暖かな『家庭』を営んでいるじゃないかね」

「はあ・・・」

「キヨロウさんとにっちさんは事実婚の状態にあると家庭裁判所に主張すれば許可を得られるだろう」


じ、事実婚・・・

なんだかすごく甘美な響きの語彙・・・

にっちはただひたすら赤面して目を潤ませていた。

恥ずかしいけど、かわいい・・・


・・・・・・・・・・・


せっちは淡白なもので両親・兄への思い入れは一切ないという。

いや、多分我慢している部分もあるんだろうけれども、口に出して言えるということは10歳にしてきちんと自己の始末をつけられるだけの見識があるということだろう。

なので、後はステイショナリー・ファイターの顧問弁護士を通じて家庭裁判所での養子縁組手続きを粛々と進めるだけだ。


僕も、親になる覚悟が、できた。


尾ひれの話だけれども、ステイショナリー・ファイターの顧問弁護士に相談することについて、僕らの公私混同の疑義を株主から指摘されることはないだろう。


なぜなら、せっちは即戦力だから。


もちろん、若年ながらせっちの深い人生経験という優位性もあるけれども、何よりも彼女が小学生であることが最大の理由だ。


実店舗での『工作』において、若干の変装はするけれども、素で小学生を演じられるのだ。当たり前だけど。


それと、せっちはSNSのアカウントも『工作』用に作った。


『今日は英単語用の単語帳を買ったよ。これはね、カードを繰る部分に滑り止め加工がしてある、ステイショナリー・ファイターの新製品。小学生って言ったって道具にはこだわりたいよね〜♡』


などと呟いている。せっちのこだわりとして実際に購入して使ってみてから呟いている。


「せっち。自分が使ってみて、いいと思ったら、『工作』して。ダメだと思ったら製品開発部に忠言するのよ」


というにっちの教えを守っているだけみたいだけど。


まあ、事実婚ならぬ、家族としての事実で実店舗での工作活動も真に迫ってる。


え?

事実って何かって?


重度のマザなんですよ、にっちに対して。


3人で文具コーナーに行って工作するとき、せっちは、


「おかあさーん、早く早く!」


とかなんとかにっちを呼んで、ベタベタと甘える。

にっちもおかあさん、と呼ばれてデレデレしてる。

まあ、他のお客さんから見ても極めて自然な母子と映るだろう。


それなのに僕のことは、


「キヨロウ!」


とお客さんの前で平気で呼び捨てる。


バレるぞ。

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