『戦場』での巡り合い

せっちのインターンと報酬については久木田社長に考えがあるようで両親のことも含めてお任せすることにした。

せっちにはとりあえずはマノアハウスでの新しい生活に慣れることと生徒会長の選挙も控えているので家事と学業に専念してもらうことにした。

そして男女3人の共同生活の中で、にっちはさすが『寮母さん』、という場面がいくつも見えてきた。


たとえば、先週のウイークデーの夜、夕飯後のこと。


「にっち。わたし今日算数と理科と国語の宿題がいっぺんに出たんだ。悪いけど洗い物パスしていい?」

「そう。そんなにたくさん出たんだ」

「うん。もー、山盛りだよー。やんなるよねー」

「わかった。やらなくていいわ」

「サンキュー!」

「宿題をね」

「えっ?」

「宿題はやらなくていいわ。その代わり洗い物と、後、洗濯機回してくれるかな」

「え・・・でも・・・」

「明日先生に言って。『家の仕事が優先なので宿題できませんでした』って」


にっちの思ってもみない対応にせっちは一瞬固まったけれども、すぐに切り替えた。


「ご、ごめんね、にっち。ちゃんと先に家事するよ」

「大丈夫? できる?」

「う、うん。やる! そうだよね。家事優先だよね。申し訳ないっ!」


せっちはテキパキと『仕事』を始めた。

一通り家事を終えた後、遅い時間から宿題を始めるせっち。

にっちが深いアドバイスをする。


「せっち。人にはね、『やるべきこと』と『やりたいこと』があるのよ。さっきの家事はせっちにとって『やるべきこと』だったよね。じゃあ、今やってる宿題は?」

「あ!・・・『やりたいこと』だ!」

「せっち。あなたは本当にいい子だよ」


そう言いながらにっちはせっちの頭を撫で、そのまま背中もさすってあげていた。


僕は、ますますにっちに惹かれて行く。


そういう穏やかな時間がしばらく続いたある日。僕とにっちは県境をいくつも超えたショッピングモールにある大型店舗への出動を終え、高速に乗りマノアハウス目指しての帰途にあった。

日も落ちて土砂降りとなり視界がどんどん狭く短くなる。

フォルクスワーゲンのボンネットを助手席から首を伸ばして見ると、ハイビームにしたヘッドライトの余光でかろうじて見える水色の塗装が剥がれるのではないかというぐらいの雨粒だった。


「にっち。運転大丈夫?」

「は、はい・・・」


肯定の返事をしはするものの、ちらりと運転席を見るとにっちはシートから背を浮かせ、ハンドルにかじりつくような窮屈な姿勢で運転している。無理もない。僕だってこんな夜に100km/hで黒々と照り返す路面を走らせれば肩から背筋からガチガチになってしまうだろう。

その内に段々と車体がセンターラインに寄り始めた。


「風かい?」

「は、はい。結構煽られてます」


暗くてはっきりとは視認できないけれども助手席側の法面のりめんに被せられたブルーシートがビ・ビ・ビ・ビ、と細かく速く振動している気配が感じられた。雨ではなく、暴風雨になっている。

前方を走る先行車の赤いテールランプの列が徐々にスピードを落とし、左ウインカーの点滅が連鎖した。


「ダメだ。にっち、僕らもSAサービスエリアに避難しよう」

「はい」


カッ・カッ・カッ、とウィンカーの点滅音に合わせてにっちがSAに車を流れ込ませる。駐車場に頭から突っ込み、キーレスロックと同時に僕とにっちは建屋にダッシュした。


「はい、キヨロウさん」

「あ。ありがとう」


にっちがハンドタオルを手渡してくれた。額の雨を拭っている内にいい香りに気づき、ついそのまま鼻ですっ、と匂ってしまった。


「柔軟剤、新しくしたんです」

「う、うん・・・」


僕は、にっちが好きだ。


幾種類かの花とおそらく果実の香りもブレンドされた柔軟剤。

言いようのない幸福を感じ、それだけでなく、はっきりと自覚した。


にっちが、好きだ。


ハンドタオルを僕に渡し、自分はハンカチで首筋の雨を吸い取っているにっち。

たまらない感情と衝動が僕の胸に湧き起こったけれども、なんとか自制した。


好きだ。


その言葉を仕舞い込んで僕は別の文字列を彼女に示す。


「ちょっと見て回ろうか」


SAには漬物やお菓子といった土産物の他に、狭いけれどもご当地観光ロゴ入り文具も売られている。普通このテの文具はSAを運営する第三セクターなんかがPBプライベートブランドでパチものっぽいのを並べるんだけれども、実はステイショナリー・ファイターは各自治体の観光事業への協力も積極的でこういう商品も製造委託を受けている。

もはや職業病というか本能に近いだろう。


「キヨロウさん。『工作』しますか?」


にっちがそう言ったので、僕の中学生のような甘酸っぱい感情を宥めるのにちょうどいいと思った。


「いいね」


2人して変装する。

僕はちょっとわざとらしいぐらいの七三分けに。

にっちはバッグからジェルを取り出し、髪をアップにした。


カッコいいにっちも、かわいい。


そのままウチの商品をさりげなくベストポジションに陳列位置を直す。


僕らはなぜか浮かれていた。


それが、油断を生んだ。


「あなたがキヨロウね」


はっ、と振り返る僕とにっち。

そこには極端に長身の女性が立っていた。

黒のストライプが入ったグレーのパンツスーツ。半分が裾に隠れているけれどもこれまた極端に高いヒール。

ハイパー・ショートとでも呼べそうな刈り込まれた髪。

にっちのクロブチとは対照的なスリムなメガネ。


ハスキーな低音ヴォイスでその女性が語りかけてきた。


「ステイショナリー・ファイターの戦士2人にリアルに出会えるとは思ってなかったわ」


知ってる。

錦城きんじょうチカ。


コヨテの営業部長だ。

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