ヘッドハンターが狙うのは・・・?

「にっち、キヨロウ、お待たせー!」


せっちが元気いっぱいで、ご飯・玉子焼き・シャケの塩麹焼き・切り干し大根とひじきの煮物・白菜と麩のお味噌汁、をテーブルにずらっと並べた。

なんとも豪勢な、けれどもこれが日本が世界に誇る朝食だ。


「せっち作は?」

「へへ。ご飯」


がくっ。

まあ、米を研いで炊飯器で炊くのも小5の女の子にしたらひと仕事だろう。せっちはいっちょまえにエプロン姿。

そして、にっちもエプロン姿。

出社前で三つ編みでない髪を三角巾代わりのスカーフでまとめ、ひよこ絵柄のエプロンをつけたその姿はまさしく『寮母さん』。


『かわいい・・・』


という心の声を実際につぶやいてしまわないように僕はゴホゴホとわざとらしく咳払いした。


「では」


テーブルに3人揃ったところで合掌する。


「いただきます!」


わいわいと雑談しながらけれども手早く朝食を済ませて、3人で後片づけと食器洗いをして・・・トイレもそれぞれ済ませて・・・

地階駐車場のにっちの水色のフォルクスワーゲンに乗り合わせた。


さあ、記念すべきマノアハウス 最初の朝の出動だ!


「にっち、キヨロウ。今日はどこの『戦場』へ直行?」

「隣の県のアウトレットよ」


ハンドルを握るにっちがバックミラー越しに後部座席のせっちに答える。

にっちは入社以来随分運転が上手くなった。凹みやキズも全部直し、以来どこにもぶつけたりコスったりしていない。僕のOJTの賜物だろう。


「行ってきまーす!」


せっちを小学校で下ろした。自動車での送迎許可は学校にも会社にもとってある。まあ、帰りは必ず迎えに来られるとは限らないからせっちには時間をかけてゆっくりマノアハウス まで歩いて貰う日も多くなるだろう。


「あ・・・あの子ら・・・」


昨日神光神社のお祭りでせっちと決闘した高身長少女とその仲間たちも校門をくぐって行った。

運転席からにっちが睨みを効かせる。


「おはよっ!」


思いがけずせっちが大声で彼女らに声をかけた。


「あ、ああ・・・おはよ・・・」


相手5人の方がうつむいてボソボソ言っている。


「・・・せっちって、いい子ですね・・・」

「ああ。ほんとだ」


ほんとにあんな子が僕らの子だったら・・・

って、いやいや! って誰と誰だよ! あ、頭を冷やそう。


・・・・・・・・・・・


「ねえねえにっち、キヨロウ、聞いて!」


せっちのお迎えは無理だったけれども比較的早く仕事が終わったのでマノアハウスで3人揃って夕食にできた。せっちがはしゃぎながら報告する。


「わたし、生徒会長に推薦されたよ!」

「え? 生徒会長!?」

「わあ! せっち、すごいすごい!」


話を聞いてみるとこうだった。


『派閥』を作ったのだと。

その名も、『BPBI』


高身長少女たちが自分をこのままで済ますわけがないと踏んだせっちは、片端から学年問わず学校内で声をかけて回った。


同じようにいじめられている子、自閉症の子、吃音のある子、キモいと蔑まれている子、背が低くてコンプレックスを抱いている子、勉強の苦手な子、スポーツの苦手な子・・・・


「最大派閥になっちゃった」


びっくり、というか、唖然とした。


この子、突き抜けてる!!


にっちは感動してうっすらと涙すら浮かべている。


「せっち、『BPBI』の意味は?」


僕が訊くとせっちは流暢な発音で答えてくれた。


「『Beated People, Beat It !』 ・・・『殴られるみんな、ぶちのめせ!』だよ!」

「せっち・・・それって・・・」

「そう。にっちの格闘の先生の流派って『Beat It !ぶちのめせ』でしょ? それにあやかって。でもほんとにそんなことできるのってにっちやにっちの先生みたいにトレーニングしないと無理だからみんなで声を上げよう、っていうのが『ぶちのめせ!』の意味」


なんだろう。

年甲斐もなく僕もワクワクしてきた。

せっちって、もしかしたらとんでもない人間かもしれない。


・・・・・・・・・・


翌日は『出社』の日。

課内ミーティングで僕とにっちがせっちの『BPBI』のことを話すと鏡さんが興奮気味で反応した。


「課長、これは『報告案件』ですね」

「うむ。鏡くんの言う通りだ。『報告』しておこう」


それだけでやり取りは終わり、僕とにっちは顔を見合わせて疑問符いっぱいだったけれどもそのままミーティングは終わってしまった。


夜、マノアハウス に戻り、風呂上がりに3人でホットココアを飲んでいるとインターフォンが鳴った。せっちが応答する。


「誰だった? こんな夜遅くに?」

「クキタ、って言ってるよ。おじいちゃん」


クキタ? おじいちゃん・・・?


「せっち、お、お通しして!」


まさかの久木田くきた社長だった!


「どうぞ。粗ココアですが」


せっちがホットココアをテーブルにとん、と置くと久木田社長が噴き出した。


「ふ、はははっ! か。おもしろい!」


ウケている。

それはいいとして僕はこの急襲が良い事態なのか悪い事態なのかを社長に確認する。


「社長、御用なら明日『出社』しましたのに・・・」

「いやいや。キヨロウさんとにっちさんにじゃないんだよ」


久木田社長はにっちを『近藤さん』ではなく『にっちさん』と呼んでくれている。にっちは偉く恥ずかしそうだけど僕はなんだか嬉しい。にっちは照れ隠しのつもりか僕の代わりに質問を続けてくれた。


「キヨロウさんでもわたしでもないとするとせっちですか? どのような御用向きで?」

「ズバリ言おう。せっちさん、我が社にインターンに来ませんか?」


一瞬、『インターン』の語彙を頭の中で整理した。『就職を目指す学生が実業を体験し、会社と学生をマッチングする試み』という意味を確認した上で僕は叫んだ。


「え、ええっ!? せっちはまだ小学生ですよ!?」


久木田社長がニヤリとする。


「だからだよ。『BPBI』の話は報告を受けた。間違いない。せっちさんは『逸材』だ。年齢など関係ない」

「久木田社長」


せっちが自ら社長に話しかける。


「なんですか、せっちさん」

「あの。敬語じゃなくていいですか? それからわたしのことはさん付けじゃなく、『せっち』でいいです。それと、わたしもニックネームの方が呼びやすいので・・・久木田さんですから『クーさん』って呼んでいいですか? あまりにも年上なんで呼び捨てはちょっとどうかと思いますので」


げっ。

僕は非礼スレスレかと焦ったけれども杞憂だった。


「ああ、まったく構わんよ。私もその方が話しやすい」

「クーさん、ありがとう。んで、インターンって何するの?」

「放課後とか土日にできる範囲で我が社の業務をまずは見学して欲しい」

「それだけ?」

「ふふふ。見学するというか同行だな。キヨロウさんとにっちさんの『戦場』を2人と一緒に回って欲しい」


僕とにっちは同時に「!」という感情で見つめあった。


「どうしてわたしを」

「せっち。申し訳ないが君の生い立ちから現在の境遇までをある程度調べさせてもらった。キヨロウさんやにっちさんが知らないことも含まれている」

「・・・・・」

「君は2人に決して劣らない『逃げなかった人間』だ。そこへ来てこの『BPBI』だ。是非とも君が欲しい。一日、いや、1秒でも早く。青田買いというやつだ」

「社長、そういう『死語』はせっちの世代に伝わりません」

「そ、そうか? キヨロウさん。ならば・・・先行投資というか、そう! ヘッドハンティングだな!」


ヘッドハンティングも微妙に意味が違うと思うけど語感は伝わる。

久木田社長はこの間の演説のように熱く語り続ける。


「せっちのやろうとしていることは自分の都合での行為ではない。他者のためにもやむにやまれない切迫感でのことだ。そして、そういう人間を正しく理解し・守り育てるパトロンのような者が庇護してやらないと間違いなく潰される」


そう言った後、久木田社長はため息のように付け加えた。


「世間、ってやつにな」


せっちは社長の話をきちんと聞き終えてから、にこっ、と微笑んで返事した。


「わかった。にっちとキヨロウと一緒に仕事したい」

「おお! ありがとう! もちろん報酬もきちんと払う。当然のことだが」


『報酬』か。小学生だろうがボランティアでないきちんとした『仕事』である以上当然の話だけれどもちょっとまずいな。同じ事を考えていたにっちが口を開いた。


「久木田社長。せっちのご両親は自分の子供が『お金だけかかる存在』と思っているのでわたしたちと暮らす事を同意したんです」

「なるほど。子供は金銭的収入などなくともそれ以上のものを親に与えるものだが」

「残念ながらせっちのご両親はお金という尺度しか持っていません。ですのでせっちが収入を得る・・・『お金になる』と知ったらきっとわたしたちからせっちを『奪おう』とすると思います」


ではなくという言葉を使うところににっちのせっちに対する愛情が見てとれる。そういうにっちの気持ちも汲んでか社長は静かにつぶやいた。


「分かった。なんとかしよう」


せっちが唇をきゅっと結んですがるように久木田社長を見つめていた。

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