第15話 振り返ると、追いかけてくる季節。
少女の季節が終わって、一年。私は高校生になった。
中学よりも高校の方が、よほど居心地がよかった。高校のみんなは距離感を心得ていて、やたらめったら干渉してこない。
より私らしく、より気楽に生きることができる。周りの同級生も、私も、おとなになったな、と思う。
そして、憧れじゃない、ちゃんとした恋もやってきた。
高校二年生の春、同じクラスになった男の子と仲良くなった。
彼の第一印象は、とっつきやすく優しそう。でもすごく知的で、話していてワクワクするような、「尊敬できるな」と思えるような男の子だった。
足尾さんに抱いたようなすごくドキドキする感覚はないけど、もっと自然に、心惹かれる感覚がある。この男の子と、仲良くなりたい。
彼と私は同じ図書委員で、毎月の活動日には、一緒に並んで推薦図書のポップを書いた。
私は、ポップを書く時、よく悩んでいた。もっと本の魅力を伝えるにはどうすればいいのかと。そんなとき、彼は決まって「もっとテキトウに書きなよ」と笑う。
私よりも彼の方がおとななんだろう。頑張っても見返りがないところに膨大なエネルギーを投下したりしない。
それでも私はあえてムキになってみて、それを諌める彼との会話を楽しんだりした。彼との掛け合いはひたすら楽しくて、そんなにおしゃべりなタイプじゃない私も、口数が多くなってしまう。
「ヤコ、やたら好きだね。虫本清張」
「好きだよ〜。圧倒的な取材力と、その取材力に支えられた世界観の確かさ!芸術的だと言えると思う!」
「あ、じゃあヤコはこの作家も好きかも。あまりメジャーじゃないんだけど、凄まじい取材力のドキュメンタリー作家なんだ。取材に時間がかかりすぎて、せいぜい2〜3年に一冊しか書けないんだけど」
「すごっ!読むから貸して貸して!」
「この最新作はまだオレが読んでるからダメ。明日この作家のオススメ本持ってくるよ」
「やった!忘れないでね!!」
彼とは趣味もテンションも合っていて、自然とずいぶん距離が近づいていた。
最初は名字に「さん」付けで私のことを読んでいた彼も、気づけば「ヤコ」と呼び捨てるようになっていた。
図書委員で一緒に仕事をしたり、本の貸し借りをしたり、肩を並べて帰ったり、彼とはずいぶん長い時間を過ごした。
彼といると、落ち着く。そして、たまにドキッとする。
「お、今日はミュージカル原作だ」
ある初夏の朝、自分の座席で本を読んでいた私に、後ろの席から彼が声をかけてきた。私はそれを受けて、この本を読み始めた経緯を説明する。
「こないだ、劇団虫季のミュージカル見て、感動したんだよね。だから原作も読もうと思って」
「へえ。ヤコ、ミュージカルなんて見に行くんだ」
「あんまりしょっちゅうじゃないけどね。お母さんが連れて行ってくれるっていうから、喜んでついていったの」
「ふーん。それで感動したんだねえ」
「キミは?見に行かないの?」
「ミュージカル、めっちゃ苦手なんだよな。なんで緊迫したシーンで突然役者が歌い出すんだよアレ。決闘の最中に歌ってたら、相手に刺されちゃうだろ」
「夢がないなあ。そういう世界観なんだよ。心中描写を歌にしてるから、歌ってる時に刺されたりしないの」
「心中描写ならそいつだけが歌ったり踊ったりしておくべきじゃない?決闘相手まで一緒に踊りだすことを考えると、説得力がないよ」
「もう、うるさいなあ。それを言うならキミが年甲斐もなく好きな少年漫画はどうなるのさ。アレ、なんで必殺技の名前を叫ぶの?」
「うっ……!いや、アレはほら……その方がカッコいいから……」
「それでよく【説得力がない】とかエラそうに言えたな……」
そこで、一緒に笑う。私たちはよく憎まれ口をぶつけあった。内容はどうでもいい。相手を論破して笑い合うのが憎まれ口を叩く主な目的だ。
そして、私に理論をつつかれて、タジタジになる彼を見るのは楽しい。どちらかというといつも冷静でおとなびている彼も、必死で何かを弁解する時は少年みたいな顔になる。
そういうふとした瞬間に、ドキッとする。
私は、おとなびた男性の、少年じみた部分が好きなのかもしれない。
これは、きっと恋だ。
夏休みの一ヶ月近くを挟んで彼に会った始業式の日、私はそう思った。
いつもの軽口のやり取りが、少年のような笑顔が、冷静な意見が、たまらなく嬉しかった。
楽しい。楽しい。図書委員業務で彼と話すのも、夏休みの間に読んだ本の話をするのも、他愛ない世間話をするのも、全てが楽しかった。
表情の変化の少ない彼だけど、たまに大笑いしたり、大げさに怒ったりした。私はそんな反応を見るのが楽しくて、あえて強めの主張をしたり、強めの追求をしたりした。
学校の外にいるときも、時々彼のことを考える。
ニュースを見たとき、彼はこのニュースに何を言うだろうかと考える。美味しいものを食べたとき、彼はこれをどんな顔で食べるだろうかと考える。
何か面白いことがあったとき、「明日、彼に話そう」と考えてしまう。
これは、きっと恋だ。
夏の終わりに吹く気持ちいい風が好きだ。暑さの残る空気を吹き飛ばして、すごく爽やかな気持ちにさせてくれる。
どこか切ないけどすごく爽やかで、一年の中で一番好きな時期かもしれない。
「恋の季節」という表現は使い古されていて、それがいつなのかという話については決着がついていない。でも、私にとっては「夏の終わり」であるような気がした。
そしてそんな夏の終わり、私は一件のメッセージを受け取った。
***
ヤコちゃん久しぶり!元気にしてますか?
実は、最近ある悩みを抱えていて、その悩みを一番相談したい相手を考えたら、ヤコちゃんが浮かんできました。
色々忙しいとは思いますが、もし可能だったら、時間を取ってくれないでしょうか?そして、ただの悩み相談ってよりは、久しぶりに遊びながら色々話したいな、と思ってます。
最近オープンした新しいテーマパーク「ソフリゾート」とかで遊びながら、積もる話をできないでしょうか?
あ、もちろん全額オレのおごりで!笑
返信、お待ちしてます。
足尾裕太
***
足尾さんからのメッセージだった。
そういえば、連絡先を交換したことがあったな、と思い出す。中学生の頃は結局、一度も使うことはなかったけれど。
卒業式で卒業アルバムに書き込んだあの日以来、足尾さんには一度も会っていないし、思い出す機会もほとんどなくなっていたから、メッセージを見て驚いた。
──さて、どうしようか。
「ごめんなさい。他に好きな男の子ができました」かな。いやいや、告白されたワケじゃないんだから。
そもそも、無下に断るのも悪い。足尾さんのことはすごく尊敬している。異性としてはともかく、友だちとしての関係を作れるのなら作っておきたいと思う。
そして、私自身の感情にも興味があった。あの時の少女の憧れは、ホントウにただの憧れだったのか。
私は今、アレはただの憧れだったと思っている。少しおとなになった今、もっと好きな相手に恋をしていると思っている。
でも、ホントウにそうだろうか。もしかしたら、足尾さんと会ってしばらく過ごしたら、あの頃のようなドキドキが湧き上がってくるのだろうか?
──それを確かめられるだけでも、行ってみる甲斐はあるな。
中学生の頃に足尾さんに抱いていた感情は本当に少女の感傷だったのか、確かめてみたい。
そして、私の今の”彼”への感情がホントウの恋であることを、確かめてみたい。
結局、私は「イエス」という意味の返事をした。文章に熱量を込めすぎないように注意する。丁寧ではあるけれど、特別な気持ちはないというニュアンスの文章になるように。
足尾さんからの再返信はすぐに来た。「やった!めっちゃ楽しみにしてるね〜!」という書き出し。私のほそぼそとした注意など全く意に介さない足尾さんらしい軽妙さだ。
その後何通かのやり取りを経て、日程も決まった。来週の日曜日、私は足尾さんと二年半ぶりに会ってくる。
少女の季節の感傷と、決別するために。
あるいは、過ぎ去った季節への懐かしさに、心惹かれて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます